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魔法と科学と月の詩《更新停止中》  作者: 和瀬きの
SPELL 1 【1】
15/62

深夜の話――召喚幻獣




「そもそも、召喚幻獣ってなに?」


 シエルが最もな質問をぶつける。召喚幻獣という言葉の意味はわかっても、それが一体何であるかはわからない。

『勇者の日記』を幾らか読んだであろう二人の喋り方からも、正体がそこに書かれているわけではなさそうだ。


 二人が答えるより先に音を立てたのは、先ほど三人が入ってきた扉の錆びた音。僅かに入ってきた月明かりが、訪問者を知らせる。


「召喚幻獣。エーアデ最大の魔力を持ち、その力は契約した者だけが使える。正体は龍です」


 ランタンの灯りが届かない場所にいた彼は、更に続ける。月明かりが逆光になり顔は見えない。


「龍は属性の数だけ存在しています」


 全員が立ち上がり、警戒してその人物が歩いてくるのを待つ。

 こんな所で『勇者の日記』のコピーを前に密会をしていることが知れればただでは済まない。

 二人の緊張がシエルにも伝わる。


「警戒しなくても大丈夫です」


 ランタンの明かりが届くと同時に、シエルは驚きで目を見張る。

 長身。学生服。柔らかい表情。昼間に会ったばかりの彼はマールだ。


「どうしてここに?」


 姿が見え、警戒を解いてすぐにジュビアが質問をぶつける。


「ジュビア先生、わざとじゃないんですか?」

「なにがだい?」

「昼間にシエル先輩に意味深な言伝を頼んで、気にならない方がおかしいです」

「だとしても、一人でここまで来るなんて。余程、シエルのことが気になるんだね」


 マールの言う通りであった。ジュビアがシエルに言伝を頼んだのは、マールにも来て欲しいと願ってのことだ。

 あれだけシエルを心配していた彼のことだ。シエルを必ず良い方向へ導いてくれるだろうと考えていた。


「しばらく立ち聞きでもしていたのかい?」

「ごめんなさい」


 申し訳なさそうにマールは答える。


「魔法訓練施設に入るのが見えました。それで、なんだか出るタイミングが……」


 エストレジャはため息をつく。ジュビアの行動にも、マールの登場にも。特にこの話し合いの場を提案したエストレジャ自身が、知らなかったことに腹を立てる。


「後戻り出来なくなるぞ」

「わかっています。でもぼくもシエル先輩の役に立ちたいんです」


 エストレジャの強い言葉にも、マールは動じない。睨み合う二人の間にジュビアが立つ。


「まあ、いいじゃないかエス」


 ジュビアが助け船を出し、エストレジャを止める。不本意ではあるが、彼は息を吐き出しながら座る。申し訳なさそうにマールも隣に腰かける。


「勝手に話、進めないでくれる?」


 蚊帳の外。いつの間にか三人で話を進めていたことに、シエルは頬をふくらませる。


「すみません」

「いきなりマールくんが来るから」

「わかってたんだろうが!」

「だから、わたしの話じゃなかったの?」


 一瞬黙った後、全員が頭を下げる。しかも声を揃えて謝罪。心がこもっているのか、いないのか呆れ顔のシエル。


「いいから話、続けて」


 シエルが静かに座ったのを見届けてから、ジュビアが切り出す。


「さっきの話。詳しく聞かせてくれないかい? マールくん」


 ジュビアは先を促す。全員がマールの言葉を待つ。どことなく照れた様子の彼は、一度シエルの横顔を見てから話し始めた。


「今、必要な情報は召喚幻獣の正体やいる場所。召喚する方法ですよね」

「ああ」

「さっきも言った通り、召喚幻獣の正体は龍だとはわかったのですが――」

「待ってくれ。その話、なぜマールくんが知っているんだい?」


 伝説の大戦。勇者、魔王、巫女のことはもちろん、召喚幻獣のことを知る方法は滅多にない。

 多くは隠されて、表に出されることはない。エストレジャが手に入れた『勇者の日記』のコピーでさえ、禁書の棚に隠されていたのだ。


「君はどこから知ることが出来たんだい?」

「校長室です」

「校長室だあ!?」


 誰よりも早くエストレジャが叫ぶ。慌てたジュビアが彼の口を塞ぐ。


「静かにしてくれないか」

「いや、でもな」

「とにかく、詳しく聞こう」

「は、はい」


 再びマールに注目が集まる。


「校長室って秘密が多いんですよ。校長は隠してるつもりみたいですけど、いくつか知ってるんです」


 マールは校長室を思い浮かべているのか、嬉しそうに答える。


「校長室の隣に通じる扉。あそこは禁書と同じようなものがあるんです」

「校長室の隣? そんな扉があったの?」


 シエルは何度も校長室に出入りしたことはあるが、廊下へ出る扉以外のものを知らない。


「隠し扉です。そこにあった本に書いてあったんです。召喚幻獣は龍だって」


 みんな黙り込む。笑顔でさらっととんでもないことをマールは言ったのだ。思わずシエルはマールの頭を思い切り殴っていた。


「痛いですっ」

「なに校長室に忍び込んでるの!」

「しかしよく見つけたね」

「信じられん」


 口々にマールの話の感想を言い合う。その間も、マールは涙目になりながら頭をさする。


「忍び込むなんてしてないです。あれも勝手に入って読みはしましたけど、校長室への出入りはいつものことです」

「いつものこと?」


 シエルの問いに、マールはこくりと頷く。


「隠すつもりはなかったんですけど。校長が出来るだけ言うなって」

「なにを?」

「ぼく、校長に引き取られたんです。幼い頃に両親を亡くして孤児になって」


 シエルはもちろんのこと、ずっと教師をしているエストレジャも、病院で何人もの町人を診てきたジュビアも、マールのことは何も知らない。校長に引き取られた話は初耳だ。


「……マールくんが」

「マールがっ?」

「校長の息子?」


 唖然として次の言葉が出てこない。


「たまたまさっき召喚幻獣の話を聞いて。校長室にあった本を思い出したんです」


 みんなが黙り込んだままで不安になったのか、マールの声が小さくなる。

 マールが退学にならない訳が何となくわかったシエルだったが、あえて口に出さなかった。


 ――召喚幻獣。


 召喚幻獣は龍。属性の数存在し、契約した者だけが使えるエーアデ最大の存在。

 まさかそんなものを捜すことになるとは思わなくて、情報を持ってきたマールをまじまじと見つめる。


 ――本当に行くの?


 見つかるはずがない。いくら昔の本が出てきて、存在が認められたとしても、すぐに腰を上げることは難しい。


「マールくん。それは本当に本物なのかい?」


 やっと返ってきた声に、マールはぱっと目を輝かせる。


「印がありました。あの書類は大図書館のものです」


 そこでやっとエストレジャが喋り出す。


「大図書館というと中央都市プルプだな。今も校長室にあるのか?」

「いえ、すでに返却されています」


 ヴェス国のちょうど中央にある都市・プルプ。

 特徴は大図書館という、国最大の図書館があること。国王がいて、それを守る魔法騎士団がいる街だ。

 この間も、グリューン町であった騒ぎの時に来ていたのを見かけたばかりだ。


「ということは、中央都市プルプか。調べる価値はあるな」

「なんとか方向だけは決まったようだね」


 ジュビアは立ち上がり、シエルを見下ろす。


「後はシエル次第だ」

「わたし?」

「まず治療に専念すること。回復したら、行くのか行かないのか。自分で決めなさい」


 ジュビアの言葉にシエルは緊張する。


 ――本当に行くの?


 再び自問自答する。


 ――違う。勇気がないだけなんだ。


 魔力喪失のままグリューン町にいても何をすればいいのか、考えれば考えるほど気持ちは外に向かう。

 何か見えない手が背中を押し、旅立てと言っているようにシエルは感じた。


 悩んでいる暇はない。何よりも頼りないと思っていたマールでさえ、シエルを心配して旅立ちの手伝いをしてくれた。彼の心が本当に温かくて、シエルはただ嬉しかった。それだけで勇気が湧き出るようだった。


 行くのかと問うような問題ではない。行かなければ、何も変わらないのだ。



「考える時間はたっぷりある。決断は焦らずにするんだ」


 エストレジャの言葉は聞こえていない。シエルの気持ちはほとんど決まっていたのだから。

 どうしても魔法を取り戻さなくてはならない。何が何でもやるしかない。シエルには他に道がないのだ。


 シエルの瞳に強い光が宿る。久しぶりに生気を取り戻した瞬間だった。



2016/05/30

修正、ここまで終わっています

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