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エグラネルの召喚により、巨人トールを何とかしてもらっている。
準上級天使と中級巨人では、ランク的にも種別的にもエグラネルの方が有利だ。
偵察に行っていたデュラハムは、デュラのピンチに颯爽と現れ、同じ中級悪魔であるデュクロの相手をしている。
こっちは絶対的に有利って言えねぇけど、モチベーションの高さから何とかなりそうな気がする。
最悪、エグラネルの時間稼ぎになればと思っている。
それじゃあ、メアリーが召喚した3つ目の契約者は?
「絶賛、惹き付け中だ! バカ野郎!!」
一角獣は、しつこく俺を狙って突進してくる。
俺は、それを必死に避けている。もう、単なる体力勝負だ。
攻撃が直線で単調だから何とか避けてるが、一撃でももらうとヤバくなる。
「はぁ……はぁ……」
エグラネルは、まだか!? もう俺の体力が、ヤバイんですけど!?
大声を出して呼びたいところだが、そんな体力すらおしい状況だ。
「ネグ君……諦めが悪いですよ……」
魔王(メアリーのこと)が、虚ろな目で睨んでくる。
……めっちゃ怖い。
「だぁあ!!」
こんなところで、死んでたまるかぁああ!!!
恐怖を気合いで振り切り、これで何度目になるか分からない一角獣の突進を右に移動してギリギリで避ける。
だが、--ゴキッ!
「っ!」
ヤベェ……右足を捻った。
俺が踏ん張ったおかげで転倒は免れたが…………状況は最悪だ。
次の突進は、衝突することを覚悟しないといけなくなった。
「え、エグラネル! まだか!?」
「もうぉ~少しぃ~!」
相変わらずのマイペースさと巨人トールを圧倒する速さで攻撃しているが、なんせ巨人族。体力が半端ない。
向こうの攻撃はエグラネルに効いていないが、エグラネルの攻撃も手数で攻めるタイプなので時間がかかっている。
デュラハムも、相手が同じ種族だからか、倒すのに時間がかかっている。
……万事休すだな。
「仕方ない……最後の作戦を使うか」
店長直伝ってほど教わってねぇからなぁ……不安しかねぇや。
だが、
「どうせ負けるなら、華々しく散ってやるよ!」
……今の台詞を背中で眠っているデュラに聴かせてやりたかった。
方向転回して、再度突進してくる一角獣。
俺は、背中におぶっていたデュラを木陰に降ろしてから、一角獣の突進コースのど真ん中に立った。
色々と災難はあったが…………まぁ、今回はツイてるほうだ。
今から俺が、やろうとしている技は、店長直伝だ。
その店長から教えてもらった技をやるには、色々と条件があるんだが、……今回は一番難しい条件を除いて全部揃っている。
あとは、タイミングだけだ……。
俺の横を通りすぎた一角獣は、大きくUターンし、これで何度目になるか分からない突進をするため、地面を思いっきり蹴って走ってくる。
俺は両手を広げて、ちょっとでも体を大きく見せる。
その間にも、ドドドって地響きが大きくなってくる。
そのけたたましい音が、俺の緊張を煽ってくる。
失敗したら痛てぇだろうな………………だけど、勝つためだ!
仕方がない、男なら腹をくくるか。
俺は、目を離さないように一角獣を睨み付ける。
一角獣はトップスピードに入り、俺との距離が凄い勢いで縮まっていく。
「…………今だ!!」
一角獣の突進を俺は、右足の痛みを我慢して、小さく左に回り込み、一角獣の背中に飛び乗る。
突然の加重に驚き、その場で跳ね回る一角獣。
ここで振り落とされたら、マジで終わりだ!
「暴れるなっ!」
俺は、一角獣の横腹を脚でバシバシ叩く。
……が、一角獣は一向に大人しくならない。店長ところなら、もうすぐ大人しくなるのによ!
数分の格闘の末。メアリーの召喚した一角獣は、大人しくなった。
「よしよし! いい子だ」
「そ、そんな!?」
大人しくなった一角獣を見て、メアリー怒りを忘れて驚いていた。
俺がやったのは、店長直伝の獣系を大人しくさせる技術だ。
前提条件として、対象の契約者が獣系であり、その背中に乗れることが必要だ。
これを店長から教えて貰ったときには、自分で召喚したヨルムンガルドで実践してやがった。
俺が一番ツッコミたいのは、ヨルムンガルドは獣系じゃなくて魔獣系だぞってところだ。
……神獣系だったかな? まぁ、なんでもいいや。
「よし! これで形成逆転だな」
「そ、そんなぁ~」
俺は一角獣の背中から降りて、ついでに『退喚』してもらった。
大人しくなったのは、こっちが上だって事を認めたからだ。って、店長が言っていた。
……準上級クラスの大物に認められる店長って、本当に人間なのか?
今更ながら、疑問に思った。
「終わりましたぁ~」
エグラネルが巨人トールを倒して『退喚』させる。
これで2対1。しかも、デュラハムの方が優勢と来ているから、あと少しでメアリーに勝てる!
「これで終わりだな? メアリー・カールさんよぉ~?」
「うぅ……」
余裕になってきたので、メアリーにさんざん怖い思いをさせられた俺は、その仕返しを開始する。…………大人げねぇ。
さっきまで強気でいたメアリーは、今にも泣き出しそうな顔になっていく。
「あっ、いやっ、そんなっ、泣くなよ! これは授業での試合なんだから、泣かれたら困るぞ!?」
俺の必死の説得のおかげか、メアリーの顔が泣き出しそうな顔で止まった。
あともう一押しは必要だな。
「あっ、そうだ! これが終わったらクレープでも食べに行こうぜ! なっ?」
これが項をそうしたのか、メアリーの顔に笑みが浮かんだ。
「よかっ「貰ったぁ!!」た……」
--ドンッ!!
後ろからアリスの鉄拳を受けて、俺は気絶してしまった。
「どうですか? 女の子にやられた気分は?」
ロバート先生がニヤニヤしながら、俺に聞いてくる。
未だに後頭部のタンコブが、ズキズキする。
アリスの鉄拳で気絶した俺は、召喚術式を保てなくなった。そのため、エグラネルとデュラハムは『退喚』。契約を全て使いきったので俺とデュラのチームは負けが確定。
アルフレッド先生にステージから退場させられて、今は敗北チームのベンチに二人して座っている。
ちなみに、メアリーとアリスのチームは、未だ戦っている。
デュクロ1体しか居ないのにもう3チームも敗北に導いている。
「ごめんね、ネグ君。僕が気絶してなければ、もう少し戦えたかもしれないのに……」
俺の横でショボーンとしているデュラが、そんなことを言ってくる。
「いや、そんなことねぇよ。仮に起きていたとしても、結果は変わらなかったと思うぞ?」
「な、なんで?」
「だって、俺らの切り札であるゴーレムが、一撃で沈んでいったんだぞ? エグラネルと相性の悪い契約者も居るから、万能タイプのゴーレムは、俺らの盾であり矛だった訳だ」
だから、一撃でってのが不味かったんだけどな。
せめてあと2ヒットくらい耐えて欲しかった……ってのが正直な気持ちだ。
「武器のない戦士は、戦場では生き残るのが精一杯なんだよ」
武器のなくなった俺達は、数多くの負ける要素を抱えた上で、あそこまで善戦したって考えれば、まだマシなもんだな。
「う~ん……そういうものかな?」
「そういうもんなんだよ。この世界は……」
そう言って、デュラも納得させる。
「ですが、貴方達は結構頑張ったと思いますよ?」
突然誉められたため、ポカンとしてしまった。
「それでは、先生は他の生徒も見てきますんで」
そう言って、かたまって座っている生徒たちの方へと歩いていった。
まさかロバート先生に誉められるとは……正直、思ってなかった。
「優勝は、メアリー・カールさんとアリス・ワンダーさんのチームです」
結局、中級悪魔のデュクロ一体で残るチームを蹴散らした。
むしろ、そんな状況に追い込んだ俺達って凄いんじゃねえかと思う。
なんせ、普通に戦っていたら、さらに巨人トールと一角獣までついていたわけだからな。
「では、メアリーさんとアリスさんから一言ずつもらって、閉めたいと思います。では、メアリーさん」
ロバート先生は、手に持っていたマイクをメアリーへと渡す。
「え、え~と、何とか優勝できました。ありがとうございます?」
何を話そうか迷ったあげくにお礼を述べちゃったってところかな? 彼女らしいっちゃ、らしいな。
「あっ、それと、ネグ君」
「うん?」
突然マイクで俺の名前が呼ばれる。
すると彼女は、
「きょ、今日の授業後に……」
照れ臭そうに
「一緒にクレープを食べに行きましょうね!」
第2ラウンドのゴングを鳴らした。
ちなみに対戦カードは、ネグ・ディザイア対デュラを除く男子全員だ。
ちくしょう! 疲れてるけど殺ってやるよ!!
……まぁ、本当に殴り合いが始まる前にロバート先生が止めてくれたけどね。
俺に対する野郎共の視線が鋭くなったのは、気のせいじゃねぇだろうなぁ。
メアリーには、授業後に校門で待ち合わせることにした。
俺は、ロバート先生に色々と聞きたいことがあったからだ。
「失礼します。ロバート先生は、いますか?」
職員室の扉を開いて、目的の先生を呼び出してもらう。
「すまない、今、手が離せないから、こっちに来てくれ」
そう言って、俺を手招きするロバート先生。……いつぞやも、同じ様なこと言ってたよな?
手招きされた俺は、しぶしぶロバート先生の机へと歩いていった。
まわりの先生から、冷たい視線のシャワーを浴びせられる。いや、本当に冷たすぎて、風邪でもひいたんじゃないかって疑っちまうよ。
「それで? 何か用だったかな? ネグ君」
「第3試合について質問があるんですよ。ほら、メアリーだけが無傷で終わった試合」
「あぁ、アレね。だけど、君には無理だよ?」
「無理なのは知ってるけどよ。今後のためにも知識として知っておきたいんだよ。……なぁ、メアリーは、何をしたんだ?」
契約者に契約以上のことをさせる……ってのは、ちょっとした裏技みたいな方法で出来るのは知っている。
ただ、今回の場合はそんな方法じゃない。そして、それが分からねぇからこうしてロバート先生に聞きに来たって訳だ。
「う~ん……どうせアルフレッド先生の授業でも教えられることだから別にいいかな。…………ネグ君」
話すかどうか迷っていた先生は、考えがまとまったのか、真剣な表情で俺の顔を見てくる。
「な、なんですか?」
「他の先生の授業範囲を予習することになるので、この話は二人だけの秘密ですよ?」
「大丈夫ですよ。喋らなきゃ良いだけでしょ?」
楽勝、ラクショウ!
だって俺、…………喋る相手いないし。
「メアリーさんが使ったのは、『追加契約』です」
「へぇ? 『追加契約』って……アレですよね? 召喚した契約者に新しい契約を重ねるっていうやつ」
正確には、追加の報酬を出すから、新しい契約を結んでくれってやつだ。
「はい、そうです」
「ロバート先生……さっき俺には出来ないって言いましたよね?」
「はい、言いました」
「『追加契約』なら、俺にも出来ますよ! バカにしてるんですか!?」
魔力以外でも報酬は渡せるんだから、それなりの物を用意しておけば問題ない。
あとは、交渉力しだいだ。
「そうだったんですか!!?」
おどけたように言うロバート先生。こ、この野郎……。
「メアリーさんのように無意識で、契約時以上の報酬を一括で渡すことが出来るなんて、ネグ君は化け物じみてますね」
い、今、何て言った……?
「メアリーが、化け物じみている……?」
「いやいや、彼女は女神級ですから。可愛らしさは、化け物じみてますがね」
「先生……生徒のエコヒイキは、良くないと思うんですよ。個人的に」
もっとも、俺がエコヒイキの対象なら文句言わねぇけど。
「ネグ君。これでも私は、君のことも、結構、贔屓にしてると思いますよ?」
「嘘つけ」
贔屓の定義を辞書で調べてから言ってもらいたいもんだ。
「話を戻しますが、……メアリーさんは、巨人トールに契約報酬として、自信の魔力を50M渡す予定でした」
「50Mって、結構な量の魔力ですね」
「はい、ネグ君10人分ですね」
「……………………」
ぶん殴ってやりたい!
「ですが、召喚された時に渡された報酬は」
倍なら、100Mかな?
「500Mだったようです」
「………………………………」
「ネグ君100人分です」
「先生……」
「はい?」
「わざわざ、魔力の物差しを俺にするのは、どう考えてもイジメだと思いますけど、……その事について何か言うことはありますか?」
「君の最大魔力が、5Mであることは、とても分かりやすくていいと思いますよ」
「他の生徒でも俺を物差しにしてねぇだろうな!?」
俺が喧嘩腰に聞くと
「そんなことしませんよ」
っとあっけらかんと答えやがった。まぁ、いいけどよ。
そっから先は、特に面白い話もなく、俺は先生と世間話をして職員室を出た。
校門前では、壁にもたれかかったメアリーを見つけた。
「すまんな、遅くなっちまった」
「う~ん……そうですね……」
ロバート先生の雑談が長かったのが原因だな。うん。俺に何の罪もない。
「それじゃ、クレープを食いに行くか」
「はい!」
何日かぶりに、彼女の笑顔を見た気がした。