journey
「大丈夫か?」
【エクシード】の装着を解いた男は少女に向かってそう言った。少女は顔も上げずに横に首を振った。なにしろ左肩脱臼に加え、ろっ骨も何本か折れている有様なのだ。早急に処置をしなければならない。
「ちょっと待ってろ。医療キット持ってくるから」
コクン、と少女が頷いたのをみると男は急いでその場を走り去った。一分もしないうちに赤い十字の描かれたアタッシュケースを持って帰ってくる。それから一本の注射器を取り出す。針のないタイプで皮膚に当て、本体を強く握るだけで内容物が摂取できる。なお、服の上からでも可能だ。白味の強い赤色の内溶液を少女に見せると少し表情が和んだ。内容物は医療用ナノマシン。損傷箇所をただちに修復し、二、三日程度であらゆる怪我を完治させる。さらに治療終了後には排泄物と一緒に体外に出されるという代物だ。
左右脇腹に一本づつ打ち終わると、男は少女の肩に手をかけた。痛みに思わず声を出してしまう。
「ちょっと痛いが我慢してくれ。すぐに終わる」
少女は男のやろうとしていることを理解し、歯を食いしばった。少女の左腕を前ならえさせる様にあげていく。するとグキッ、という音と共に元に戻った。素早く三角布で首からつって固定しておく。
「よし、これで終わりだ。絶対に左肩は動かすなよ。空軍基地までの辛抱だ」
「あの」
「なんだ?」
「誰なんですか、あなたは」
根本的な質問だった。男は寝ぐせのようにしか見えない乱雑な髪をがりがりと掻いてからその問いに答えた。
「そうだったな。俺は門矢ユウマだ。君は?」
「瀬音志奈って言います」
「瀬音志奈・・・覚えた。というかここ中国だが日本語がわかるのか?」
「所長が日本人なので」
「所長・・・旧四川省研究所のか?あ、なるほど。だから白衣を着てるわけか」
「それはいいです。私が知りたいのはあなたの正体です」
「しがない旅人だが何か?」
「・・・【エクシード】の装着方法を知っている旅人なんて存在しません。国家機密ですからね。真実を言ってください。怪我の治療をしてくれたのは感謝しますけど、場合によっては」
瀬音は拳銃をユウマの眉間に突きつけた。慣れてないことをしているのははっきりわかる。
「・・・射殺します」
「可憐な女の子が物騒なもんを持っちまう時代になったとは・・・泣けるぜ」
「・・・撃ちますよ」
「わかったわかった。これ見せりゃあいいんだろ」
ユウマは着ていたライダージャケットから革の手帳を取り出した。瀬音はそれを受け取れないのでユウマに開くように言う。そこにあったものに瀬音は驚きの声を上げた。
「【エクシード】ライセンス!?」
「この驚かれるリアクションが嫌いなんだよ俺は」
【エクシード】ライセンスとは全人類にほんの少ししかいない【エクシード】の連続装着が可能な人間のみが持つ免許のことだ。永続的な戦力。それはある意味首相や大統領なんかよりも偉い。実際戦いというのは采配を振る将も大事だがそれと同じぐらい兵士も大事だ。一般の兵士も【エクシード】の装着はできるがそのかわり装着を解除すると死ぬ。故に【エクシード】の連続装着が可能な人間は生きた宝といっても過言ではないのだ。
「す、すすすみません!こんな狼藉を働いてしまって」
「いいんだよ。いきなり現われた俺も悪いから」
「はあ・・・そうですか」
「後、敬語やめてくれないか。型っ苦しいの苦手なんだよな」
「すみません、気を付けます」
「だからそう言うのをやめろって・・・」
ユウマはまたぐしゃぐしゃと寝ぐせの酷い髪をさらに酷くした。
「ということは、まさかユウマさんが所長の言ってた護衛ですか!?」
「ああ。ここら辺って【汚染区域】に近いだろ。君の所の所長もたかが300人のただの歩兵であんたを守れるとは思っちゃいなかったんだろうな」
「だったら早く来てくださいよ!!」
突然、瀬音が叫んだ。明確な怒りが籠ったその声にユウマは困惑の表情を浮かべる。キッ、と瀬音はユウマを睨みつけて話し出す。
「なんでもっと早くこれなかったんですか?あなたがもう少し早く来てくれればあの人達は・・・軍の皆さんは死ぬことなんかなかったっていうのに!爆発で粉々になって、頭から引き裂かれて、崖から突き落とされて・・・あんないい人たちがそんな目に遭わずに済んだのに!」
「・・・」
「ユウマサンは連続装着しても大丈夫なんでしょ!【エクシード】なんでしょ!惜しむ事なんかなしに来ればいいじゃないっ・・・!」
泣きじゃくる瀬音に困惑しつつもユウマは一言告げた。
「【エクシード】だって人間だ」
瀬音はぼろぼろ涙をこぼしながら顔をあげた。
「確かに早く来れば犠牲は少なかっただろうな。言い訳をするようで悪いが、連絡があったのは今日の朝の七時だ。その時俺はロシアのモスクワにいた。瀬音の出発時刻と同じだ。そっからバイクを飛ばしてきて二時間であんたと遭遇できたのは奇跡つっても間違ってない。なにしろあんたは当初の予定ルートを120キロ北にそれてたんだからな」
「でも・・・でもっ・・・」
「仮に早く到着できたとしても全員を助けられる保障はないぞ。俺はロボットなんかじゃない。人間だからミスをする可能性がある。さっきだって、爆発音が聞こえなければ俺はそのまま素通りしたかもしれないんだ。・・・結局言いたいのは、瀬音だけでも助かったことをありがたく思いなってこと」
「・・・わかり、ました・・・」
「それと、覚えておいてくれ。軍の連中は瀬音を守るためだけに戦った。つまり、瀬音のために命を捧げたってことだ。一生懸命に生きていかないとかなしむぞ?」
瀬音はしゃっくり上げながらうなづいた。
「安心しろ。これからは俺が瀬音を守る。連中の遺志を継いでな」
ユウマは瀬音が泣きやむまで側に付き添い、落ち着くのを見計らってインカムのスイッチをいれて喋り出した。
「これより新型【エクシード】輸送任務を再開する。『ワイバーン』、来い」
言い終わると同時に一台のバイクがユウマの前に停車した。ハーレーをベースにして改造しているようで全体に装甲が施されている。それから感じるオーラはまさしく竜である。深い青色を基調にあちこちに白いラインが走っていて、エンジンは竜の呼吸のように空気を轟かせている。
「こ、これに乗るんですか?」
「ああ。それに―――――」
『わたくし、超高性能AI”メティス”が同伴しまーす』
「「・・・・・」」
『ユウマさま、わたくし変なこと言いました!?』
「気にせず乗ってくれ、瀬音」
「は、はい」
『ちょっ、ちょっとぉ!』
ユウマは瀬音を後部座席に座らせるとしっかり掴まるようにいった。その際、いきなり腰に手をまわされたユウマがびっくりしたのには誰も気づかなかった。文句を並べ立てるメティスを適当にいなすと、ユウマはおもむろにバイクを走らせた。
その夜。比較的汚れの少ない廃墟のビルにユウマ達はバイクを乗り入れ、そこで野宿することにした。バイクの積み荷である寝袋に入って、ビニールシートをしいた地面に寝て睡眠をとっている。見張りはメティスに任せてある。メティスは常時索敵レーダーを起動していて万が一にでも危害が及ぶようであったならすぐに警報を鳴らし、足止め程度に機銃を撃つ。そのすきにユウマが【エクシード】を装着して戦闘開始といった具合だ。
「さむい・・・」
瀬音が寝言でそう呟いた。寝顔が険しい。きっと悪夢を見ているのだろう。ユウマは寝袋の外に出ている瀬音の右手を優しく握ってやる。するとその表情が少しずつ和らいでいった。安らかな寝顔を見てユウマにも自然に笑みが宿る。その時、インカムに通信が入った時の音が鳴った。
「こちら門矢ユウマ。どうぞ」
≪旅はいかがかな?≫
「あんた・・・何故まだ二十歳も迎えていないような女の子を輸送任務に出した!」
≪相変わらず暑苦しい男だ。嫌われるぞ≫
「とっとと答えやがれ糞ロボット人間」
≪やれやれ・・・瀬音志奈という娘の才能がこの研究所にはもったいないからだ≫
「んだと?」
≪君の使用した新型【エクシード】、あのシステムを作り上げたのは彼女だ。それに装甲も彼女が考案したδ―チタンモリブデン鋼でできている。まさしく天才だろう?だから比較的安全な日本に送ることにしたんだよ≫
「言ってることはわかった・・・だがな、彼女のために散っていった兵士300人はどうなんだ」
≪必要な犠牲だ。あの才能の前には一億の命を捧げても釣り合わない≫
「ざけんじゃねえ!命ってのは――――」
≪瀬音志奈を無傷で送り届けろ。それが君のミッションだ≫
「おい!おい!・・・あの糞ロボット人間め・・・」
ユウマは通信の切れたインカムを投げ捨てると八つ当たりするようにねっころがった。
アイデア等はシュウマイの皮さんからいただきました。文章は私が打っていますが、相変わらずシュウマイの皮さんのアイデアはすごいです(中二病が)。でも楽しいのが本音ですね。ではこれからもボーダーラインをよろしくです!