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その壱

 とある世界にとある国がありました。

この国には人という種族と獣人という種族がいました。

獣人は一見人と一緒なのですがどこかしら獣の証があり、頭に獣の耳がある者、お尻に尻尾がある者、あるいは身体が毛深かったりなどさまざまでした。

獣人たちは人よりも力が強く強靭な肉体をもっていました。

そしてこの国で獣人は、人の奴隷として扱われていました。


 はるか昔、人が群れてこの国ができた当初、獣人たちはそれぞれ森の中で穏やかに暮らしていました。

しかし獣人の獣由来の特性に目をつけた人間たちは、獣人たちの穏やかな気性を利用して人質をとったり騙したりして次第に獣人たちを奴隷にしていったのです。



 さてこの国にはお姫様がいました。

金色の波打つ髪は暁の光に照らされた雲のよう、澄んだ青い目は深海の海のようと歌われる彼女の名前はマリアンナ姫、この国の次期女王でした。

彼女も専属の獣人奴隷を持っており、犬型の女奴隷フェリシアといいます。

獣人奴隷としては見た目がよく、こげ茶色の髪はクルクルと遊ぶようにはね、同じ色のピンとたった犬の耳とクルリと巻いた尻尾は愛嬌がありました。


 奴隷は労働用、愛玩用などいくつもの使い方があり、貴族や王族は見た目のよい獣人奴隷を飼うことが一種のステータスとなっていました。

マリアンナ姫が生まれる前から奴隷制度はこの国に根付いていたので、獣人を奴隷として扱うことも冷遇することもなにも疑問に思うことはなく、ときに罵声をあびせ、ときにムチをあびせながら日々を過ごしていました。




 ある日、いつもどおりマリアンナ姫は奴隷のフェリシアに首輪をかけ、つないだ鎖を持って二人だけで王宮の庭園を散歩していました。

今日のマリアンナ姫は、お気に入りの小さな花飾りを散らしたピンクのドレスにリボンのついた赤い靴、フェリシアには花柄のピンクの布を合わせた獣人奴隷用の簡素な服を着せていました。

一般に飼われている獣人奴隷にしては豪華な装いですが、森で暮らしていた頃の獣人たちからすれば屈辱以外のなにものでもない格好です。

もちろんフェリシアは裸足でした。


「今日も良い天気…と言いたいところだけど、あいにくの曇り空ね。こんな日はお前の獣臭さが特に鼻につくのよね!」

マリアンナ姫は可憐な声で歌うように後ろをついてくるフェリシアに話しかけます。

フェリシアはもちろん人語を理解し人語を話すことができますが、マリアンナ姫の許可が出るまでは口をきくことを禁じられていたので黙って鎖を引かれるまま歩いていました。



 庭園も半ばにかかり、そろそろ王宮に戻ろうとしたときです。

「きゃぁあああぁぁああああ!!」

耳をつんざくような雷鳴と同時に、二人の近くに立っていた木に目をくらませるほどの光の柱が落ちました。

二人は落雷の衝撃で吹き飛ばされ、そのまま気を失ってしまいました。


「姫様!姫様ぁ、ご無事でございますか!!」

王宮庭園の入り口で待たせていた警護の騎士と、姫の傍使えのメイドが庭園に駆けつけたとき、姫と犬型獣人の姿はどこにもなかったのでした。




「…さま、マリアンナ様、起きてください。マリアンナさま」

マリアンナ姫は夢うつつのなかでハッとしました。今の声は間違いなくフェリシアの声です。

マリアンナ姫が許可を出していないのに勝手に話しているのです、これはどういったことでしょう!

マリアンナ姫はフェリシアを折檻するために、いつもベッドの横に置いてあるムチを手に取ろうとしました。

しかしどんなに手探ってもムチがありません。

そこでマリアンナ姫はしっかりと目を覚ましました。


「…ここはどこ…?」

フェリシアを罵倒しようと勢いよく身を起こしましたが、開いた口からは弱々しい声しか出ませんでした。

そこは、マリアンナ達が気を失う前にいた王宮の庭園とは似ても似つかぬ風景が広がっていました。

周りには手入れなど一切されていない藪が広がり、二人が座っている地面は何の趣もない砂や砂利が散らばっているだけでした。


「お前っ、私が気を失っている間に王宮の外に連れ出したのね!!お前なんか死罪よっ!!」

「ち、違いま…!」

マリアンナ姫はフェリシアを詰ると同時に、絹の手袋をした手でフェリシアの頬を思い切り叩きました。

深窓の姫君に叩かれたぐらいでは、人より強靭な肉体をもつ獣人には傷ひとつつきません。

マリアンナ姫はヒリヒリと傷む手をさすりながら、ここにムチがないことを恨みました。


「あの女、お犬様に手をあげたぞ!!」

「捕まえろ!」


野太い男の声が突然聞こえ、マリアンナ姫とフェリシアは小さく悲鳴を上げました。

そこには、薄汚れた全く見たことのない珍妙な格好の男たちが数人いたのです。


 マリアンナ姫の知っている男性といえばはまっさらなシャツに派手な色のベスト、その上に階級をあらわす色のコートを羽織っています。

しかし目の前の男たちは薄汚いボロ布を前で重ね、腰を布紐で結んでいます。

しかもその下は…。


「いやあぁぁああああ!何て下品なの!!」

マリアンナ姫はたまらず顔を両手で覆い隠しました。

男たちはボロ布で膝上まで隠していましたが、ズボンをはいていなかったのです!

一応男たちはフンドシと呼ばれる下着を着けていましたが、マリアンナ姫はそんなこと知りませんし泥で汚れた脛毛だらけの脚を露出していることに愕然としました。


 しかもあの頭! 罪人なのか頭のてっぺんを剃っているようで、毛がない部分の中央に、冗談のように髪を棒状にまとめて乗せているようでした。

それはこの世界、日ノ本の国で「髷」と呼ばれるごく一般的な髪型でしたが、マリアンナ姫には知る由もないことでした。


「何だこの女、気が触れているのか?」

「見ろよあの頭と目の色!天狗か?」

「この奇妙なかっこう、見世物小屋から抜け出したのではないか?」

「どんな事情であろうが、お犬様に手を上げたことにはかわりねぇ。犬奉行に突き出せば褒美がいただけるで」


 日本が鎖国状態になってから年月が経っており、江戸近辺の村人は異人を見たことがない人ばかりでした。

男たちは話しながらも、ジリジリとマリアンナ姫とフェリシアに距離を縮めてきます。

マリアンナ姫は男たちの話している言葉はわかるのですが、言っている意味がさっぱりわかりません。

しかしマリアンナ姫を睨みつけるその視線と態度から、男たちが決して好意的ではないことだけは伝わってきて、マリアンナ姫はフェリシアを盾にして男たちから少しでも隠れようとしました。


「フェリシア!あの下賎な連中からわたくしを守りなさい!!」

「あの女、血迷ったか!この期に及んでさらにお犬様に無体なことをするとは!!」


 なぜか男たちは、マリアンナ姫がフェリシアに命令をするたびに険しさを増していきます。

(獣人相手には当たり前のことをしているのに、平民だってそうでしょう!?)

マリアンナ姫はもう訳がわからなくなり、男たちに向かってフェリシアを突き飛ばしました。


「きゃああぁぁああああっ!!」


 それを合図とばかりに男たちはマリアンナ姫にとびかかり、哀れ高貴な姫君は汚い農民の男たちに取り押さえられてしまいました。

「いやあぁっ、離してえっ!! あなた達何なの!? こんなの不敬罪で死刑よっ!」

「黙れこのアマ!!」

「きゃああああああ!!」


男の一人がいきなりマリアンナ姫の頬を容赦なく殴りました。

姫は突然の暴力に、なすすべもなく地面に倒れこんでしまいました。

「姫様っ!!」


フェリシアは悲鳴のように叫びながらマリアンナ姫に駆け寄ろうとしましたが、男の一人に優しく止められました。

「何てこった!お犬様と思ったが、娘っ子じゃねえか!…もしや、犬神さまか!!」

「はぁ~、ありがたや、ありがたや」


 マリアンナ姫が地べたに顔をつけ押さえ込まれている屈辱的な状況なのと対照に、フェリシアは男たちに拝まれていました。 

戸惑うフェリシアに男は頭を下げながら話しかけてきました。

「犬神様、ご足労とは存じ上げますが、わしらと犬屋敷までご一緒してはいただけないでしょうか」

その言葉と態度から、男たちがフェリシアを敬っていることがひしひしと伝わってきます。

しかしフェリシアは奴隷として扱われることしか知らないため、この状況に戸惑いマリアンナ姫に救いを求め視線を送りました。


「ひっ!」

マリアンナ姫は今まで見たこともないような憎々しげな目で、まるでフェリシアを視線だけで殺そうとするような目つきで睨んでいたため、フェリシアは思わず悲鳴を上げてしまいました。


「生意気なアマだなっ、さっさと立て!行くぞ!」

「何をするの!?わたくしにこんなことをするなんて!うんとひどい拷問にあわせてあげるわ!!」

「黙れこのアマァッ!!」

姫はまたもや容赦のない平手打ちをくらい、今度はもう悲鳴をあげる気力も残されていませんでした。


 そのまま男たちにどやされるままに、姫はとぼとぼと頭をたれ連れて行かれます。

フェリシアは突然の状況についていけず、またいつも命令をしてくれる姫が黙ったままのため、自分も促されるまま一行についていくのでした。





 一行は街道を通り関所を抜け、江戸にある犬小屋奉行所までやってきました。

いくつもの犬が叫ぶ喧騒の中、マリアンナとフェリシアは、男たちがなにか役人のような男に話をしているのを呆然と見守っていました。

そして気が付くと、マリアンナ姫は薄暗い牢屋に紐で縛られた状態で入れられ、フェリシアは上等な着物を着付けられ役人の部屋にお茶とお菓子を出され上座に座らされていました。

フェリシアが着物に着替えさせられたのは、その格好が露出の多いものであったためです。


 ただただ戸惑うフェリシアの前に、侍の男が手ぬぐいで顔をしきりに拭きながら座っています。

この侍は柿家庄之助という名で、犬小屋総奉行という役職でこの犬屋敷の総取締りでしたが、付近の村人によりいきなり連れてこられた見慣れぬ二人組みの対処に困っていました。


 お犬様を虐待していたとして牢に放り込んだ娘は話にきく異人の特徴にそっくりでしたし、目の前に困った顔で座っている娘は明らかに人外の者で、どちらも厄介ごとに変わりはありませんでした。

ちなみに厄介ごとをはこんできた村人たちには、お犬様を虐待していた罪人を連れてきたという名目で賞金を与え、すでに帰しています。


 柿家とフェリシアは互いに黙ったまま長い時間を過ごしました。

柿家は人外の娘になんと声をかければいいのかわかりませんでしたし、フェリシアは自分から誰かに話しかけることをしたことがなかったためです。


「え~と、犬神様…」

柿家が少女に声をかけると、フェリシアはビクッと身を震わせました。

そのフェリシアのあまりのおびえように柿崎は頭を抱えたくなりましたが、このままでは埒が明かないとばかりに思い切って話を続けます。


「牢につながれております女子は、お犬様に手をあげた罪人とされております。普段であれば私ども犬小屋奉行が裁くのでございますが、今回のご裁量はお犬様にお任せできぬでありましょうか?」

それはこの厄介ごとの全てを、フェリシアに押し付けてしまいたい柿家の案でした。


 フェリシアは「口を利いてもよい」という姫の命令を受けたわけではありませんでしたが、目の前の男が自分の返答を求めていることを察し、おそるおそる口を開きました。


「…あの、姫様はわたしのご主人様です。…ですから、牢から出してください」


 フェリシアは生まれたときから姫に尽くすように教育、いえ洗脳されて育ったため、姫からどのような仕打ちを受けていても見捨てるといったことはできませんでした。






最後まで読んでいただきありがとうございました。

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