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9(れべる43)

れべる43

 ついに、お兄ちゃんの配下がいるお城についた。

 アンゲラさんは戦えないので、近くの安全な場所で待っていてもらおうと思ったけど、「妹ちゃん、私のこと守ってください」とお願いされてしまった。

 お安い御用だ。張り切ってアンゲラさんを守ることにする。なんだか私、勇者っぽい。


 辿り着くやいなや、待ち構えていたかのように、青く長い髪の毛に、褐色の肌の男の人が現れた。人の姿をしているけど、魔力を感じる。魔物だ。

 すぐに襲い掛かって来ないところを見ると、多分、この男の人が、お兄ちゃんの配下なんだろう。

 リーハルトさんとハンスさんは警戒して剣を構え、か弱いアンゲラさんはささっと私の後ろに隠れた。ああ可愛いよアンゲラさん。


 初対面だし、言葉が通じそうだったので、とりあえず私はお辞儀をした。

「はじめまして。私は魔王の妹です。あなたは、お兄ちゃんの仲間ですか?」

 青い髪の魔物は、口元で薄く笑う。私のことを知っていたのか、魔王の妹と言われても、少しも動じなかった。

「魔王の妹が、何故、われわれに歯向かう? お前の兄は、人間をひどく憎んでいるぞ」

 ゆったりと歌うような、でも冷たい声だった。


 お兄ちゃんが人間を憎んでいることを、私は知っていた。

 私たちのお父さんとお母さんは、故郷の人に殺されてしまったから。

 私はその現場を見ていなくて、お兄ちゃんから口で聞いただけだから、ぴんとこない。でも、お兄ちゃんは、二人が惨殺されている現場を見たらしい。

 怒り狂って、お父さんたちを殺した人間を、殺したと、淡々と教えてくれた。

 その日から、前から憎かった人間のことが、もっと憎くてたまらなくなったとお兄ちゃんは言っていた。

 でも、まだその時は、世界を滅ぼそうとは、お兄ちゃんは思っていなかった。多分、お父さんとお母さんに、絶対に人を殺してはいけないと、厳しく教えられていたからだと思う。

 そのお兄ちゃんが、のちに世界を滅ぼそうと思った理由。私はそれを、何となく理解していた。

 理解しているからこそ、私はお兄ちゃんを倒さないといけなかった。


 私は、青い魔物に言った。

「私は、お兄ちゃんが大好きなんです。世界を滅ぼしたら、お兄ちゃんは不幸になります。お兄ちゃんにそうなってほしくないから、私はお兄ちゃんを倒すんです」

 お兄ちゃんを倒すことが、お兄ちゃんにとって良いことなのかは分からない。

 でも、魔王になって世界を滅ぼしたら、お兄ちゃんは、世間の人たちにとって、永遠の悪者になってしまう。私も、永遠に、悪い魔王の妹になってしまう。


「お前は、人間が憎くないのか? お前と、お前の兄を迫害した人間を」

 魔物がせせら笑う。

 あ、この可愛くない笑い方、リーハルトさんにそっくりだ。

 そんなことを思って、私はリーハルトさんを見た。冷たい氷のような目で、魔物を睨みつけていた。

 この目を、私は知っている。時々、こういう目で、リーハルトさんは私を見るのだ。

 リーハルトさんてば、人間の私と、魔物を同一視しているんじゃないのかな。まったく、もう。

 ふてくされながら、私は魔物に語った。


「お兄ちゃんは、人が大嫌いだけど、私は人が大好きです。確かに、いじめられたこともあったし、本当のお父さんとお母さんは人に殺されました。それはとっても悲しいことです。でも、本当は、人はみんな、優しいんです。本当の意味で酷い人に、私は一度も会ったことがありません」


 誰かにいじめられても、誰かに殺されそうになっても、本当の本当に、酷い人だとは、私は一度も思ったことがない。

 みんな、酷い一面もあれば、優しい一面もある。こっちが心を開けば、いつかきっと、相手も心を開いてくれる。

 お兄ちゃんは、そのことを知らなかった。誰も、お兄ちゃんに優しくしてくれなかったから。

 でも私は、そのことを知っている。心から優しくしてくれた人が、昔、数えきれないくらいにたくさんいたから。

 だから、どんな目にあっても、私は人間のことが大好きだった。


「お前のような者が、人間が優しいと言うのか。奇特な子供だ」

 透き通った声で、魔物が囁く。

「お前の言ったことは、全て本心であるということを、私は、知っている」

 耳に心地いい、明瞭な声だった。聞かざるをえない声だ。たとえ耳を塞いでも、隙間をすり抜けて入ってきそうだった。

 ゆっくりと紡がれる言葉は、自然と頭の中に入って来る。


「何故、私は知っているか。……それは、私は、人の心を読むためだ」

「え……?」

 心を、読める。それを聞いて、私の体がぶるりと震える。

 この魔物は、全部知っている。私の心も――リーハルトさんたちの心も。

「そうだ。お前の心も、そこにいる人間共の心も、全て見えている」

 魔物があざ笑う。


 次の瞬間、私の頭の中に声が響いた。私だけに、話しかけている。

『魔王の妹よ、お前の決意、お前の望み、それらを全て理解している。その上で、私は、あのように聞いたのだ。……そこの人間共の目の前で、お前に、あのように話をさせた。明らかにした。お前の本心を、本当のお前というものを』

「ほんとうの、わたし?」

 とても透き通った綺麗な声なのに、とても恐い言葉だった。

 きもちわるい。吐き気がした。

 誰かに言われた言葉で、ここまで気分が悪くなるなんて、いつぶりだっけ。

 私が口元を覆ってうずくまると、アンゲラさんが、心配そうに背中をさすってくれる。ああ、優しいなあ。


 そんな私を見下ろして、愉快そうに、魔物はうたう。

「さあ、魔王城への扉を開こう」

 目の前に、大きな闇が口を開いた。その中に、小さく、お城が見える。

 お兄ちゃんが、いる。闇の中のお城からは、お兄ちゃんの気配がする。


「無為に我らの同胞の数を減らすことはない。魔王を倒すことができるのは、妹であるお前だけ。妹であるお前を倒すことができるのは、魔王だけ。ならば、さっさと決着をつけろ」


 そして、また、頭の中に声が響いた。

『私は傍観させてもらう。そして、その時、人間が優しいと思おうとする、お前の心の真偽も分かる。ああ……楽しみだ』

 そう言い残して、青い魔物は消えていく。


「…………」

 気分が悪くて、その間も私はずっと、うずくまり続ける。

 青い魔物は消えてしまって、空間にぽっかり開いた丸い闇だけが、そこに鎮座していた。


 しばらく、みんなは私の気分が良くなるのを待ってくれた。

 その丸い闇は、本当に魔王城に続いているかと聞かれたので、私はこくりと頷いた。闇の中から、お兄ちゃんの気配を感じる。呼ばれている気がする。


 後から元気になった私は、魔物の出した丸い闇を調べてみた。

 すると、本当にただ、魔王城に繋がっているだけだった。罠も仕掛けもない。

 今すぐお兄ちゃんのところに行くかで少しもめたけど、結局、事態は緊急だからということで、今すぐ向かうことになった。

 私はまだちょっと不安だったけど、これ以上被害が増える前に、お兄ちゃんを止めたかった。


 この先に、お兄ちゃんがいる。

 これから、魔王城に行くことになる。お兄ちゃんを倒すことになる。

 これで、リーハルトさんたちとは、お別れだ。

 私は、さっき魔物に言われたことを思い出しながら、ゆっくり深呼吸をした。

 それから、リーハルトさんたちに向き合った。

「あの、お話をしても良いですか?」

 落ち着いて、落ち着いて。

 自分にそう言い聞かせながら、話をする。

「私が仮に、何かの事情で、私の命とリーハルトさんの命を、天秤にかけたとします」

「何だその例えは」

「そしたら、私は迷います。散々迷って、最終的にリーハルトさんを殺すことにすると思います」

「おい」

「私も、命は惜しいですし、死にたくないですから」

 これは冗談じゃないんですよ、と、私は真顔を意識して、リーハルトさんを見上げた。

「でも、その結論を出すのには、すごく時間がかかると思います。私は、結論が出るまで、どちらも選べません。……もしも、制限時間があったら、きっと、タイムオーバーになります」

 リーハルトさんは、もう横やりを入れてこなかった。

「天秤にかけたのが、ハンスさんや、アンゲラさんでも、私は迷います。でも、リーハルトさんの時が、きっと一番たくさん迷います」

 三人が顔を見合わせる。すごく微妙な顔だ。

 暗に、リーハルトさんのことが三人の中で一番好きだって主張してるようなものだからかもしれない。

 たしかにリーハルトさんは、意地悪だ。だけど、私のことをすごく嫌っていることを、隠さない。私のことをすごく嫌っているのに、私を避けたりしない。

 だから、私は、ハンスさんやアンゲラさんのことも好きだけど、リーハルトさんのことが、やっぱり一番好きだった。


 私は、頭を下げる。

「だから、みんな、それを考えた上で、お願いします。もしも私が、お兄ちゃんを殺してしまったら、その時はお願いします。私はその時、とても疲れていると思いますから、きっと、上手くいきます」

 そこで話を終わらせると、私は魔物が作った丸い闇まで、てくてくと歩いて行く。

 そこで、「……あ、でも実行する前に、作戦をよく練ってくださいね」と付け加える。

 三人とも、是とも否とも言わずに、私のところまで歩いてきた。私はにっこり笑いかける。

「それでは、魔王城に向かいましょう。万が一何かあっても、私の魔法はすごいですから、安心してください」

 そして、私たちは闇の中へと足を踏み入れた。


 私は、知ってた。全部知ってた。

 いつも硬い表情のハンスさんが、私のことを異物扱いしていること。いつも優しいアンゲラさんが、内心では私のことが嫌いで、優しい素振りをしていたこと。リーハルトさんは……そのままだけど。


 みんなが私のことをどう思っていたとしても、いつものことだから、全然気にならなかった。

 だって、故郷の人たちは、みんな、私を嫌ってた。

 故郷の人たちは、私のことを、化け物だと思い込んでいた。だから、嫌ってた。

 でも、私は平気だった。

 化け物だと誤解されているから、嫌われている。みんなが嫌っているのは、本当の私じゃない。私のことを嫌いなわけじゃない。

 だから私は、平気だった。みんなに何をされても平気なつもりだった。


 だけど、青い魔物が、私の心の中の、根っこの大事な部分を喋らせた。私の気持ち。本当の私。

 本当の私の気持ちを知った上での、みんなのする決断が、今はちょっとだけ悲しい。


 お城の人たちが、リーハルトさんたちに何を命令したのか、私は察しがついている。

 魔王を倒したら、勇者を殺せ、と。そう命令したはずだ。



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