8(れべる38~42)
れべる38
お兄ちゃんの直属の配下がいるというお城まで、あと一日と少し、というくらいの所までやってきた。
偶然、小さな村を発見したので、私たちは今晩、その村に宿泊することにした。
小さな村なので、宿屋はない。だから、私たちは村長さんの家に寝泊まりさせてもらうことになった。初めは寝床を借りるだけだったけど、お金を渡したら、村長さんの奥さんが喜んで、ご飯もごちそうしてもらえることになった。
手作りのご飯が食べられるなんて、久しぶりだ。私は飛び上がるくらいに喜んだ。
食卓に通してもらって、六人で向かい合ってご飯を食べる。
こんなに大勢でご飯を食べるなんて、初めてのことだから、何だかわくわくする。
「それにしても、こんな村までやってくるなんて、奇特な人たちだねえ」
白髪の村長さんが、のんびりとした口調で言った。
それに呼応するように、白髪交じりの奥さんがはきはきとお喋りを始める。
「しかしねえ、あんたたちも変わった顔ぶれだね。剣を持った男が二人に、女一人に子供一人かい。どこかの良い所の娘さんと護衛っていうならまだ分かるけど、どっちかというと、男のあんたたちの方が身なりが良さそうじゃないか」
「私たちは、もともとは近衛兵を務めておりましたので。今は……どこぞの厄介者のせいで、魔王を倒す旅に出ています」
珍しいな、リーハルトさんが敬語を使ってる。
ご飯をもぐもぐと頬張りながら、私はリーハルトさんの方をちらりと見た。それから気付いた。
あれ? 私いま、厄介者って言われた?
抗議しようとした時、私の声は、奥さんのどでかい声にかき消された。
「魔王を倒す旅だって!?」
耳が、じーん、となった。奥さん、驚きすぎだ。
「そりゃあ、ありがたいねえ。ほら、近くに魔王の部下が住み着いてる城があるだろ? この村は小さいもんだからまだ無事だけど、あたしらも気が気じゃなくてねえ。もしかして、これから魔王の部下を倒しに行ってくれるのかい?」
「はい、そのつもりです。必ずや討伐しますので、ご安心ください」
大真面目な顔で、リーハルトさんが答える。なんかリーハルトさんがすごくマトモに見えるぞ。というかむしろ、まるでリーダーだ。
「おや、それじゃあ、そこの小さい女の子も、魔王を倒しに行くのかい?」
おもゆを飲みながら、のほほんと村長さんが私を見る。
話をふってもらって、私は自信たっぷりに頷いた。
「はい。私は魔王を倒す勇者なんです」
「そうかい。勇者なのかい。すごいなあ」
ほっほっほ、と笑う村長さん。
その横で奥さんが慌てた声をあげた。
「ちょっとお待ちよ。こんな小さい子が魔王を倒しに行くだなんて、冗談だろ?」
「冗談ではありません。非常に残念なことに、事実です。しかし、見た目に反してこいつの中身は化け物ですから、問題ありません」
残念なことに、は余計だと思いながら、私はにこにこと肯定した。
「はい。大丈夫です。安心してください。魔王は私が倒してみせます」
「そ、そうなのかい……」
怪訝そうな顔の奥さんは、本当なのかというように、ハンスさんとアンゲラさんの方を見たけど、二人は気付かないふりをして、黙々とご飯を食べていた。どうやら説明するのが面倒らしい。
そうだよね、私が魔王の妹だなんて知れたら、ちょっとした騒ぎになってしまう。
「しかしだなあ、おちびちゃん。お父さんとお母さんは、おちびちゃんのことを心配していないのかい?」
村長さんに聞かれて、私はちょっとだけ考えた後で、答える。
「お父さんとお母さんは、私が魔王を倒す旅に出ていることは知らないんです。だから、平気です」
「そうかい。なら良かったねえ」
ぼけた返事をしながら村長さんが微笑んだ一方で、今までずっと、会話に入らなかったハンスさんとアンゲラさんが、急に私のことを見た。驚いているみたいだ。
「お前、両親がいたのか」
リーハルトさんも、目を丸くして私を見た。
「はい。本当のお父さんお母さんは死んでしまいましたが、血の繋がらないお父さんお母さんはいます。でも、ずっと遠くに住んでいるので、しばらく会っていません」
そう言って、私は、奥さんが作ってくれた野菜のスープの汁を、くーっと一気飲みした。
くはあ、おいしい。
ご飯を食べ終わると、寝床で私はごろんと寝転んだ。お腹いっぱい、幸せだ。
私はお腹をさすりつつ、わらぶきでできた寝床の上で、ごーろごろごろと転がる。
周りを気にせず、ごろんごろんと転がっていたら、がす、と何かにぶつかった。リーハルトさんの足だった。
がし、とリーハルトさんの足に蹴られた。ちょっと痛かった。
仕返しとは大人げないぞ。
寝転んだまま、立っているリーハルトさんを見上げると、悪びれない顔で、リーハルトさんが私を見下ろしていた。
「悪い。仕返しというわけではないが、邪魔だったから足がすべった」
……一応、謝っているから許してあげよう。
しかし、邪魔だから足がすべったとは、如何なものか。
今のは一応私も悪いけど、普段からリーハルトさんの私への対応がことごとく酷いので、そろそろ何かしらの対策を講じねばなるまい、と私は思案した。
そうしていると、アンゲラさんが話しかけてきた。
「さっきの話ですが、妹ちゃんには、血の繋がらないご両親がいたのですね。遠い所と言っていましたが、どちらに住んでいらっしゃるのですか?」
ごろんごろん。転がりながら、私は頑張って記憶の中を掘り返した。
……どこだったっけ。
大好きなお父さんとお母さんが暮らしている場所なのに、思い出せない。
「勇者さんのご両親だということは、魔王にとっても両親になるんですか?」
ハンスさんに聞かれて、むくりと起き上がって座り込むと、首をふった。
「お父さんとお母さんは、私だけのお父さんとお母さんです。お兄ちゃんは、違います」
答えながら、他にも思い出せないことがあることに気が付いた。
いつ、私はお兄ちゃんと離れて、血の繋がらないお父さんたちと一緒に暮らしていたんだろう。
私はずっと昔から、お兄ちゃんと一緒に暮らしていたのに。数年前にお兄ちゃんがいなくなってから、私はずっと一人で暮らしていたのに。
でも、私にはちゃんと、血の繋がらないお父さんとお母さんがいる。それは間違いない。
何で、思い出せないんだろう。ちょっとだけ、不安になる。
「……思い出せません。お父さんたちが、どこに住んでいるのかも、私がいつお父さんたちと一緒に暮らしていたのかも」
思い出せないと分かると、急に お父さんたちが恋しくなる。
私は消沈して下を向く。
ぽん、と頭に何かがのった。それは、頭を優しく撫でてくれる。アンゲラさんの手だった。
「元気出してくださいな、妹ちゃん」
小首を傾げて、アンゲラさんは心配そうに微笑んでいる。
胸がほんわかと、温かくなる。
「アンゲラさんは、優しいですね」
アンゲラさんにつられて、ふわあ、と微笑んだ。
「私、アンゲラさんのこと、好きです」
つい告白してしまった。
その時、ちょうど視界の端っこで、リーハルトさんがこっちを見ていた。
そっちに目を向けてみると、明らかに馬鹿にした顔をしていた。
「……もしかして、リーハルトさん。いま、私のことを馬鹿にしてますか?」
「言いがかりはよせ」
言いがかりじゃありませんってば。
文句を言うと、リーハルトさんは嫌味な顔で笑った。
「馬鹿は幸福だと思っただけだ」
「リーハルト」
怒ったように、ハンスさんが語気強く言った。
あまり怒ったところを見たことがないから、ちょっと恐い。
怒られたリーハルトさんは、恐がる様子もなく、ただ肩を竦めた。
その様子を、ぼんやりと眺める私の顔のすぐ目の前に、アンゲラさんがしゃがみこんだ。ハンスさんとリーハルトさんの姿が、アンゲラさんの後ろに隠れて見えなくなる。
「妹ちゃん。眠くなるまで、お話しましょう」
アンゲラさんはとびきり優しい顔をして、鈴の鳴るような綺麗な声でそう言った。
れべる40
「ついに、れべるが40まで上がりました! これで、私もかなり強くなりました」
ぴょんとはねて、みんなに報告をした。
アンゲラさんは不思議そうに、ハンスさんは無表情で、リーハルトさんは、何言ってんだこいつ、という顔で、それぞれ私を見た。
「れべるって、何なのですか?」
アンゲラさんに聞かれて、私は、こほんと咳払いをして答える。
「戦うと、前よりも強くなったという感じがする時があるんです。そういう時、レベルが上がったって私は思っています。レベルというのは、戦いの強さの尺度のことです」
ちなみに、戦いの後でレベルがどれくらい上がるかについては、私が何となく勝手に想像している。つまり、架空のレベルなわけだ。
でも、実際に、前よりも体力も筋力もついてきているから、架空のレベルもそれほど間違ってはいないと思う。
今度はハンスさんが質問する。
「れべるの意味は分かりましたけど、そのれべるという言葉は、どこから出てきたんです?」
「RPGの用語です」
「あーるぴーじー? それは何だ」
「四角い箱の中にいる人を操って、戦ったりお金を稼いだりしながら、冒険する遊びです」
とっても楽しい遊びなんですよ。
自分が発明したわけではないけど、私は自慢げに胸を張った。
リーハルトさんには胡乱な目を向けられた。
「どこでそんな遊びを覚えてきた。お前の頭の中か」
「私の頭の中ではなくて、どこかにそういう遊びがあったんです。でも……どこでしたっけ?」
「俺が知るか」
私は時々、変なことを言いだすので、リーハルトさんは、またかという顔をした。
「何でも良いが、その物騒な遊びに俺たちを巻き込むなよ。箱の中に入るのも、操られるのも御免だ」
リーハルトさんの言葉に、私は戸惑いの声をあげた。
「え」
あの、違う。そういう遊びじゃないです。
箱の中にいるのは、実在しない人だと教えるのを忘れていた。
「魔王の妹は、やはり普通の子供とは違うな」
待ってください、誤解です。
誤解を解こうと、リーハルトさんに一生懸命になって説明したけど、真面目に聞いてくれなかった。
ハンスさんは興味がなさそうだったので、アンゲラさんにせめてもの弁明をした。アンゲラさんは、うんうん、と相槌をうちながら、きちんと聞いてくれる。何て良い人。
もうすぐ、お兄ちゃんの配下がいる城につく。アンゲラさんと、ハンスさんのことは、私がしっかり守ろうと決めた。
リーハルトさんは余裕があったら助けてあげよう。
れべる42
今日も今日とて、リーハルトさんに引きずられる。見下される。嫌味を言われる。罵倒される。暴力はふるわれないから、まあ、よしとする。
でも、私もちょっとだけ、嫌味を言いたくなる。だから、リーハルトさんに言った。
「リーハルトさんは、お兄ちゃんよりも意地悪です」
「……何が言いたい」
冷ややかな目で、リーハルトさんは、私を見た。
この時点でやめておけば良かったけど、ついつい続きを喋ってしまった。
「リーハルトさんはお兄ちゃんよりも意地悪。つまり、お兄ちゃんが魔王なら、リーハルトさんは大まお」
私はリーハルトさんの剣を溶かした。切りかかってくる気配を察したためだ。
リーハルトさんは、水たまりなってしまった剣を見下ろして、忌々しそうに吐き捨てた。
「二度と言うな」
思っていたよりも、逆鱗に触れたらしい。
最後まで言っていないからセーフです。ということに、してくれないかな。してくれないよね。
そういえば、お兄ちゃんは、私にとってはお兄ちゃんだけど、リーハルトさんにとっては悪逆非道の魔王なんだ。
反省。
私はぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい。悪ふざけがすぎました」
顔を上げると、リーハルトさんは、害虫を見る目をしていた。
そんなリーハルトさんを見て、私は、しばらく悪乗りした冗談は控えようと思った。




