7(れべる35)
れべる35
「魔王の弱点は何ですか?」
またしても道中のこと、ハンスさんはそう聞いてきた。
私は間髪入れずに答えた。
「人間不信なところです。お兄ちゃんは人間嫌いで、人様に会っても挨拶はしないし、会釈もしないし、お話もしないし、全然駄目なお兄ちゃんです」
「妹ちゃん。それは、弱点ではなくて、欠点だと思いますよ」
なぬ。確かに。
アンゲラさんに言われて、私はもう一度考え直した。
「それなら……やっぱり、弱点は私だと思います」
考えたすえ、ぽつり、とそう呟く。
お兄ちゃんは、昔から、いっぱい私のことを守ってくれた。
まだ二人で一緒に住んでいた時、お兄ちゃんと違って小さい私は、故郷の人たちによく虐められていた。
そういう時、いつもお兄ちゃんはすぐにすっ飛んで……はこなかったけど、ちょと遅れてやって来て、助けてくれた。
ちなみに遅れてくるのは、わざとじゃなくて、お兄ちゃんが留守にしているのを目ざとく察知して、そういう時に私を狙ってくるからだった。
虐められる私が心配だったのか、魔法を使いこなせるようになるまで、お兄ちゃんは、ずっと私のそばにいてくれた。
魔法を使いこなせるようになったら、お兄ちゃんは時々家に帰って来ない日があった。
完璧に魔法を使いこなせるようになったら、お兄ちゃんは二度と家に帰って来なかった。魔王になった。
お兄ちゃんに言われて魔法の練習をしたけど、やるんじゃなかった。
まあ、それはともかく、お兄ちゃんは間違いなく、私のことを大切にしている。そのことを、私はよく知っている。
それを説明すると、ハンスさんは無表情に言った。
「勇者さん、聞いても良いですか」
ハンスさんは、いつのまにか私のことを勇者と呼ぶようになっている。
「はい、何でしょう」
「魔王に対して、ご自分を人質にとることはできますか?」
「え。それはつまり、私の命が惜しかったらお兄ちゃんは私に倒されなさい。もしお兄ちゃんが私に倒されてくれなかったら、私は自害する。……と、言えということですか?」
「はい」
何だその滑稽な台詞は。
絶対にいやだ。格好悪い。
実際に自分が言うところを想像してみて、私は鳥肌がたった。
大真面目なハンスさんに、私は何て言って断ろうかと考える。
と、その時、背後からリーハルトさんが話に割り込んでくる。私の頭に腕をのせながら。
大人の男の人の大きな腕をのせられて、私の頭がぐらりとした。
ぐお、何をする。
「違うな、ハンス。こいつが、自らの意志で、俺達に人質にとられれば良い」
むむむむむ。
重い。頭にのったリーハルトさんの腕が重い。
この人、いま、テーブルに腕をのせるみたいにして、私の頭に腕をのせている。
リーハルトさんの中の私って、何なの。私は勇者じゃなくて、テーブルなの。
「でも……妹ちゃんは我々よりも強いですから、魔王に見透かされそうです」
アンゲラさんの発言に、リーハルトさんは自信ありげに言った。
「魔王にこう言う。『こいつは自分の意志で人質になった。勿論、こいつは俺たちよりも強いが、こいつは魔王を倒せなかったら、俺たちに切られて死んでも構わないと言っている。そして俺たちも、躊躇なくこいつを殺すつもりだ』とな」
長々と喋りながら、その腕は相変わらず、私の頭の上だ。
もう少し、勇者を敬わないか。リーハルトさんめ。
うむむ、頭が重い。首が苦しい。
「そんな嘘、すぐに見破られる」
もっともな指摘をするハンスさん。
「ならば、嘘でなければ良い。おい、魔王の妹」
リーハルトさんは、相変わらず私を、魔王の妹と呼んでいる。
相変わらず、私の頭をテーブル扱いしている。
あああ、頭が重い。首が苦しい。
「……」
「聞いていただろう。返事をしろ」
「……返事をしてほしくば、今すぐにその腕を私の頭の上からどかしなさい。さもなくば、私の鉄拳が飛ぶぞ」
「お、良いな。魔王の妹らしい生意気な口調だ」
珍しくも楽しそうに、やっとリーハルトさんが腕をどかしてくれる。
文句を言おうと、リーハルトさんを見ると、口角が上がって、ほんのすこしだけ、笑っていたので、私は文句を言えなくなってしまった。
「…………」
黙ってじっとリーハルトさんを見る私に、リーハルトさんは臆することもなく、偉そうに言った。
「良いか。これは魔王を倒すための重要な作戦の一つだ。真面目に聞け」
こっくりと頷く。
ハンスさんとアンゲラさんも、何を言い出すのかと興味深そうにリーハルトさんを見ていた。
「魔王の妹。お前は、魔王を倒したいんだろう」
「はい。私は、何があっても、絶対に、魔王を倒すと誓いました」
「なら、魔王を倒すのは、お前の中で確定事項なんだな」
「そうです」
「なら、俺に殺されろ」
「え」
あの、話が飛躍してませんか?
「リーハルトさん。まだ小さな十二歳の私にも分かるように、分かりやすく説明してくれると、嬉しいです」
私の言ったことに何故だか眉をひそめると、リーハルトさんは説明してくれた。
「さっき俺が言ったことは聞いていたな。魔王に向かって、こう言うんだ。『こいつは魔王を倒せなかったら、俺たちに切られて死んでも構わないと言っている。そして俺たちも、躊躇なくこいつを殺すつもりだ』と。それを真実にしてしまえば良いということだ」
言葉をいったん切って、リーハルトさんは繰り返した。
「だから、お前は俺に殺されろ」
え。あの。ごめんなさい。やっぱり分からないです。分かりたくもないです。
「ああ、確かにそうですね。勇者さんが本気で殺されても良いと思っていれば、嘘ではないですから、魔王に見破られません」
「えええ。私、お兄ちゃんを倒せなかったら自害するなんて、そんなことは思えません。無理です」
「自害じゃない。俺に殺されるんだ」
「えええ」
リーハルトさんに殺されるなら、自害じゃない。そうなのかな?
でも、私はリーハルトさんより強くて。リーハルトさんに殺されようと思わなければ、リーハルトさんに殺されることはないわけで。
わたしは、こんらん、した。
「と、とりあえず、最終、手段として、考えておきます」
そう言って逃げることにした。
リーハルトさんは、恐い顔で私を見たけど、仕方がない。
私はリーハルトさんから逃げて、アンゲラさんの体の後ろに隠れる。
「妹ちゃんも困っているみたいですし、ひとまず、この辺りにしておきませんか」
アンゲラさんのその言葉で、この話は中断した。
ああ、アンゲラさん、ありがとう。貴女は紛れもない天使です。
「妹ちゃん。無理をすることはないですよ」
そう言って、私の頭をよしよしを撫でて、微笑みかけてくれるアンゲラさん。
砂糖菓子みたいに、ふわふわな可愛い笑顔だった。
それから、また、てくてくと目的地に向かって歩き始める。
アンゲラさんとリーハルトさんが先導して、私とハンスさんはそのすぐ後ろを歩いていた。
歩いている間、私はさっきのことをずっと考えていた。
もし、私の力ではお兄ちゃんを倒せなかったら、その時は、そうするべきなんだろうか。
お兄ちゃんを倒せなかったら、私はリーハルトさんに切られると。
でも、お兄ちゃんは察しが良い。だから、嘘だったら、見破られてしまう。
だから、私は本当に、リーハルトさんに殺されても良いと思わなければならない。
……私を人質にとられて、お兄ちゃんはちゃんと、倒されてくれるんだろうか。
うーん、これは難しい問題だ。
また混乱しそうだったので、私は気分転換にお話しをしようと、ハンスさんを見上げた。
すると、ハンスさんも私と同じで、何か考え事をしていることに気付いた。
深刻な表情で考え込むハンスさんを眺めながら、私はぼんやり、ハンスさんのことを考えた。
ハンスさんは、やっぱり表情が硬いと思う。
私と話している時、ぴくりとも笑わない。無表情というほどではないけど、ずーっと、笑いも怒りも泣きもない。
お兄ちゃんと年齢は同じくらいなのに、性格はお兄ちゃんと全然違う。
お兄ちゃんは、私と話している時、笑うし怒るし泣き……はしなかったけど。
でも、そういえば、私以外の人に対して、お兄ちゃんは笑いも怒りも泣きもしなかった。ずっと無表情だった。
その意味では、ハンスさんはお兄ちゃんに似ているのかもしれない。
私と、その他の人に対する態度が違うから。
その一つとして、ハンスさんは、私に対して、ずっと敬語だ。
これはアンゲラさんもだけど、アンゲラさんは誰に対しても敬語で話す。
それに対して、ハンスさんは、私にだけ、敬語で話す。
私は、そのことが気になっていた。
だから試しに、お願いしてみることにする。
「ハンスさん。お願いしたいことがあります」
考え込んでいたハンスさんは、はっとしたように、私を見る。
「はい、何ですか」
「私に敬語で話すのを、止めていただきたいのです。代わりに、私も敬語で話すのを止めますから」
硬い表情のまま、ハンスさんは言う。
「勇者さんは、勇者であり、魔王を倒すことになる英雄ですから、そんなことはできません」
「まだ倒していません」
「いずれ倒します」
「なるほど」
私は納得した。そうか、そうか。
私は英雄になるから、敬語で話さないといけなかったのか。
そんな私を見て、ハンスさんは、珍しくも表情を面に出して、呆れた顔をした。
「勇者さんは、何というか、見た目通りの性格ですね」
子供っぽいということ?
褒められたのだろうか。
探るようにハンスさんを見ると、「褒めました」と言うので、喜んだ。
わーい、褒められた。
調子にのった私は、前にいるリーハルトさんに後ろから話しかけた。
「私は勇者であって、いずれ英雄になります。だからリーハルトさんも、私に敬語を使って、敬ってください」
えっへん、といばってみせる。
すると、仏頂面のリーハルトさんに頭を、ぱん、と、ぽん、の中間くらいの強さで叩かれた。
地味に痛かったんだけど、ぱん、のつもりで叩いてきたのか、ぽん、のつもりで頭に手をのせてきたのか、分からなかった。
だから私は、文句を言いたいのをぐぐぐと我慢した。
もしや、これを狙っていたのか。リーハルトさんめ、案外策士だな。




