6(れべる32~33)
れべる32
「魔王の妹と呼ぶのはやめてください。何も知らない人が聞いたら驚くではないですか」
私のことを、魔王の妹、魔王の妹とばかり呼ぶリーハルトさんに、私は抗議した。
「名のない者の言うことではないな」
鼻を鳴らして、リーハルトさんは私をぎろりと見下した。
「名前がないのなら、魔王の妹としか呼びようがないではありませんか」
アンゲラさんにもそう突っ込まれる。
「結局、何と呼べば良いんです?」
ハンスさんに言われて、私は言葉に詰まった。
「…………」
困った。何て呼んでもらえば良いんだろう。
黙り込んで考え込んでしまった私に、三人とも溜息をつく。
「そもそも何故、お前には名がない」
「ずっと昔には、ちゃんと名前があったような気がするんです。でも、いつのまにか、なくなってしまいました」
「名前とは、なくなるものなのでしょうか」
はい、アンゲラさん。もっともな突込みです。
「やっぱり、魔王の妹と呼んでください……」
諦めてそう言うと、ハンスさんがそれなら、というように提案してくれる。
「魔王の文字を抜かして、ただ、妹とだけ呼べば良いのでは?」
さすが、名案だ、ハンスさん。真面目そうな顔をしているだけある。
そういえば、お兄ちゃんも、私のことを「妹」と呼んでいるのだから、他の人にも「妹」と呼んでもらえば良いのだ。何で気付かなかったんだろう。
私はそう感心したのだが、ハンスさんの折角の提案に、リーハルトさんが、あからさまに嫌そうな顔をした。
「妹と呼べというのか? この、妹でも何でもない、得体の知れない生き物を?」
あまりにも憚りのない言い草である。
リーハルトさんは、私の扱いがけっこう酷い。全く、私に恨まれて寝首をかかれるのが恐くないのか。……やらないけど。
「私は良いと思いますよ。ね、妹ちゃん」
にこやかに笑ってそう言ってくれるアンゲラさんに、私はすごく癒された。アンゲラさんは私の天使だ。
調子にのった私は、リーハルトさんに「私のことは妹と呼んでください」と言い張った。
「馬鹿らしい。それなら勇者と呼べば良いだけの話だ」
「あ、確かに。気付かなかった」
とぼけた顔で、ハンスさんは成程と言いながら感心していた。
妹と呼べと言い張った私の立場がなくなった。でも、一度言った以上、後には引けなくなった。
「それでも、私は勇者と呼ばれるより、妹と呼ばれたいです」
「ハンス。例の城塞まであと何日ほどかかる?」
無視された。
「恐らく、三日もすれば到着するかと」
「なら、それまでは野宿になるか」
うむむ、リーハルトさんてば。私を何だと思っているんだ。
一応、私って勇者だったと思うんだけど。勇者の扱いってこういうものなのかな。
「妹ちゃん。目的地まで三日かかるらしいですが、歩けますか?」
無視されていた私を気遣ってか、アンゲラさんがそう声をかけてくれる。
優しい。なんて優しいんだろう、アンゲラさん。
「大丈夫です。体力はないですが、歩くのには慣れていますから」
今、私たちは、魔王ことお兄ちゃんの直属の配下がいるという城を目指していた。
昔は人間のお城だったんだけど、お兄ちゃんが国を滅ぼした後で、その国のお城を自分の配下に与えたらしい。
「それにしても、人のものを我が物のように扱うなんて、お兄ちゃんは非道ですね」
私がそう言って、ぷんすか怒っていると、それを聞いたハンスさんが「でも、持ち主が死んでしまったら、それはもう誰のものでもないんですよ」と言ってきた。
真面目そうなハンスさんが言うことだから、正しいのかもしれない。
そういうものなのかな。
「妹ちゃんには、まだ難しいかもしれませんね」
アンゲラさんが、首を傾げながら、ふんわりとした栗色の髪を揺らして言った。
ふと、思う。
「直属の配下っていうことは、つまり、仲間なんですか?」
「まあ、そういう捉え方をしても良いと思いますよ」
ハンスさんに言われて、私はちょっと恐くなる。
今、私がこうして仲間と一緒にいるんだから、お兄ちゃんにも、仲間がいて当然なんだ。
お兄ちゃんは魔王だから、お兄ちゃんの仲間はモンスターとか魔物のはずだ。
つまり、今までモンスターや魔物を殺してきた私は、お兄ちゃんの仲間を殺してきたわけで……。
そこまで考えたところで、ぐいっと後ろから首回りの服を引っ掴まれた。
ぐえ。またか。
「何をするのですか……」
私の服を掴んで引きずろうとするリーハルトさんに控えめに抗議すると、リーハルトさんは恐い顔で言った。
「さっさと歩け」
言われて、気付く。私はいつの間にか、立ち止まっていたらしい。
アンゲラさんとハンスさんは、すでに少し前の方を歩いていた。
いつのまに。きちんと付いて行かなくては。
私はリーハルトさんと並んで、二人の後ろをてくてくと歩く。
「そういえば、何でリーハルトさんは、私について来てくださるんですか?」
私は、リーハルトさんと初めて会った時を思い出した。
真っ先に私に切りかかって来て、翡翠の瞳で私をじっと睨んでいた。
「命令だからだ。俺だけではなくて、ハンスも、アンゲラという女もそうだ」
淡々と答えるリーハルトさんに、私は重ねて聞く。
「ただ命令だからという理由で、リーハルトさんたちにとっては危険かもしれない旅に?」
「ああ、そうだ。危険な旅だ。だから、お前は、俺たちが死なないように、迷いなく敵を殺せ」
睨むように語気強く言われて、私は思わずうなずいた。
「はい、分かりました。殺します」
折角仲間になってくれたらリーハルトさんたちが死んでしまったら困るから、やっぱり私は、お兄ちゃんの仲間だとしても、殺すことにした。
仕方がない。だって、私はやっぱり、世間様にご迷惑をおかけしたくないから。良い子だと思われたいから。
「分かりました。リーハルトさん」
にっこりと笑ってみせても、リーハルトさんは笑い返してはくれない。
目線だけで私を見下げると、苛々したように早足になった。
「待ってください、リーハルトさん。置いて行かないでください」
てくてくと追いかけるけど、歩幅がかなり違うので、歩いていると追いつくのが大変だった。
仕方がないので、私は走った。
転んだ。
私が転んだ音で、リーハルトさんはこちらを振り返ったけど、私が転んだと知るや否や、興味なさそうに、ふいとそっぽを向いて、また歩いて行ってしまった。
私は思った。
リーハルトさんは仲間のはずなのに、すごく厄介な敵だ。
れべる33
「弱点は何ですか?」
道すがら、ハンスさんに聞かれて、うーん、と私は考えた。
「えっと、体力と筋力がないことです。私は背も低いし、まだ小さいから、よわっちいのです」
「そうですか。それなら、体を鍛えないといけませんね。他には?」
他に弱点と言えば、一つしか思い浮かばなかった。
「あとは、不意打ちに弱いです。魔法には集中力が大事ですから、咄嗟のことに対応してすぐに魔法を使うのは大変です」
「それなら、不意を突かれたら攻撃を受けてしまうということですか?」
「それもあるかもしれません。私は体力がないですし、弱いので、攻撃を受けたら死んでしまいます。……でも、どちらかというと、私は相手を殺してしまいそうになるのです」
どういうことか説明しようと思って、私はちらりとリーハルトさんの方を見た。腰には立派な剣がある。
えい、と魔法でその剣をとった。
すると、リーハルトさんが一瞬で反応して、ぱっと剣を掴む。
……正確には、掴もうとした瞬間に、剣は私の魔法で溶けて、あの時のような鈍色の液体になって、地面に水たまりのように広がった。
ハンスさんとアンゲラさんが、興味深そうにその水たまりをのぞき込む。
「こういう風に、私は以前、リーハルトさんの剣を溶かしました。ただの攻撃魔法なら簡単なのですが、こういう風に剣を溶かしたりするのは、不意打ちされた時はちょっと大変です。あの時は何とか間に合いましたが、もし駄目だったら、私は多分、リーハルトさんを殺してしまっていました。不意をつかれると、何かと大変なのです」
そんなことをつらつらと説明していると、剣を溶かされたリーハルトさんが、仏頂面で、私の眼前に立った。
「おい、今のはわざわざ剣を溶かす必要があったと言うのか」
「その方が分かりやすく説明できると思ったのです」
「何故、ハンスの剣ではなく、俺の剣を溶かした」
「リーハルトさんの剣は、前に一度溶かしたことがありますから、一度溶かすも二度溶かすも同じだと思ったので」
「何が同じだ。屁理屈をこねるな。良いから、早く剣を元に戻せ」
やれやれというように、私は剣を元に戻して、私の手まで持ってきた。
何でだろう。私は世間様にご迷惑をおかけするのが嫌いなので、人様にはできるだけ親切にしようと思っている。
でも、リーハルトさんには何でかちょっと悪戯をしたくなる。不思議だ。
「はい、どうぞ」
「……もう二度と、こんなことはするな」
「何でですか?」
「何でもだ」
リーハルトさんの翡翠色の瞳には、本気の殺気が宿っていた。
お兄ちゃんは、私に悪戯をされても本気で怒らなかったけど、リーハルトさんは怒るんだな、と私は思った。




