5(れべる31)
れべる31
晴れてこの国の勇者となった私は、王族貴族国民から盛大なる歓迎を受ける……ことはなかったけど、とりあえず受け入れてもらうことができた。
勇者となったことで、魔王やその配下の情報を、逐一私の耳に届けてくれることになった。とってもありがたいことだ。
これで、お兄ちゃんを倒すのに、また一歩近づけた気がする。
待っていてね、お兄ちゃん。
再会したら、妹による全身全霊、渾身の頭突きと肘鉄を食らわせてあげるから。
その後、私は、偉い人たちから、勇者の心構えだとか、決まり事だとか、色々なお話を聞かされた。
質問もいくつかされた。難しいお話も多くて、正直、あんまり覚えていない。
要約すると、とにかく魔王をぶっ倒せ! ってことだと思う。
がってんだ!
長いお話が終わると、貴重な薬草とか、携帯食とか、お金とか、色々なものを与えてくれた。
お兄ちゃんの情報をくれるだけでも助かるのに、この国の人って、何て親切なんだろう。私は深く感動した。
勇者になったし、薬草とか携帯食ももらったし、さて心機一転、旅に出よう。
そう思ってお城を出て行こうとしたら、慌ててお城の人に呼び止められた。
まだ何か用事があるらしい。
お城の人の案内で、私は、また王様のいる部屋――謁見の間というらしい――まで連れて行かれた。
謁見の間に入ってみると、さっきはあんなにも多くの人がいたのに、今は人が減っていた。両脇にずらりと並んでいた人々が、みんないなくなっていた。
王様は相変わらず、中央の一番向こうの椅子にずっしりと座っていて、その両脇に数名の男性が立っている。
少し離れた所に、さっきのお姫様もいた。
更に後ろの方には、ここにも兵士たちが微動だにせず立っていた。
私と王様の間には、何人もの兵士たちと、召使らしき人たちが、王様を守るように佇んでいる。
「王様。このたびは、特別なはからいをありがとうございます」
お礼を言うと、王様はゆっくりと頷いた。
「よい。それよりも、勇者であるそなたに、旅の仲間を付けようと思う」
「え、仲間?」
つい驚いて、王様に素で返事をしてしまった。
不敬罪というもので捕まるだろうか、と一瞬ひやりとしたが、王様は何も気にしていないようだった。
王様が目で合図をすると、隣に立っていた白い髭を生やしたおじいさんが「前へ出なさい」と命令する。
すると、兵士たちの中から、二人が歩み出た。
一人は、あの時、真っ先に私に切りかかってきた、翡翠色の瞳をした男の人。
さっきはあんなに私のことを睨んでいたのに、今は無表情だった。
もう一人は、真面目そうな男の人だった。この人は、お兄ちゃんと同じくらいの年に見えるので、ちょっと親近感がわいた。
緊張しているのか、表情が硬い。
そんな顔をされると、ほっぺたをつまんで、ぐにーっと引っ張りたくなってしまう。
二人は、私の所まで歩いてくる。
それから、王様に一回、私にも一回、綺麗に腰から曲げるお辞儀をした。
私も二人にお辞儀を返した。
翡翠の瞳をした男の人が、最初に口を開く。
「第一王子殿下の元近衛兵、リーハルトと申します」
感情のこもらない、淡々とした口調で自己紹介をされた。
心なしか、元近衛兵というところだけ語気が強まったような気がしたので、元近衛兵のリーハルトさん、と私は覚えた。
「私は、第一王女殿下の近衛兵を務めておりました、ハンスと申します。以後、お見知りおきを」
表情が硬い男の人は、やっぱり声も硬かった。
真面目そうなハンスさん、と私は覚える。
旅の仲間ができるだなんて思っていなかった私は、嬉しくて、張り切って挨拶をした。
「私は魔王の妹です。お二人とも、よろしくお願いします」
元近衛兵のリーハルトさんには無視をされた。
真面目そうなハンスさんは、「よろしくお願いします」と返してくれる。
うむうむ、真面目そうなハンスさんとは、うまくやっていけそうだ。
元近衛兵のリーハルトさんには、いつか寝首をかかれそうで恐い。気を付けなければ。
気を引き締めていると、王様の隣にいる白い髭のおじいさんが、付け加える。
「それと、もう一人」
もう一人?
「王女殿下たっての要望で、王女の傍仕えの召使が一人、勇者殿に付き従うことになった」
「この子は、よく気が付く優秀な子ですの。使ってやってくださいな」
お姫様が言うと、召使らしき女の人が前に進み出て、お姫様に一礼すると、私の所まで歩いてくる。
栗色のふわふわの髪をしたお姉さんだった。お姉さんは、さっきの二人と同じように、王様と私にお辞儀をした。
「私は、第一王女殿下の召使、アンゲラでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
深くお辞儀をされたので、これはこれはご丁寧にと、私も深くお辞儀を返して、挨拶した。
私の傍に三人がそろうと、王様は良し良しというようにうなずいた。
「リーハルト、ハンス、アンゲラ。そなたたちは、今この時から、勇者の影となり、力となれ。魔王討伐のため、尽力するように」
三人は、地に片足をつき、王様の前にひれ伏した。
普通に頭を下げれば良いものとばかり思っていた私は、見覚えのない作法に混乱して右往左往した。
きょろきょろと三人を見渡す。
とりあえず、一番近くにいた元近衛兵のリーハルトさんを手本にして、頑張って真似をしようと試みる。
えっと、片足を地について……それで……。
「よろしい。面を上げよ」
あれ?
私が同じ姿勢をとろうと頑張っていたら、三人は一斉にさっと立ち上がってしまう。
すぐについて行けず、私は片足を床についたままで、一番近くにいる元近衛兵のリーハルトさんを見上げた。
わあ、大きい。
そしたら、何してんだこいつ、という顔をされた。
私は慌てて立ちあがった。
王様もお姫様も他の人たちも、みんな、じーっと私を見ていた。とんだ赤っ恥である。
私は赤面した。
王様が、うおっほん、と咳払いをする。
「頼んだぞ、勇者よ」
お任せください、と、私はお辞儀をした。
お辞儀をして頭を下げたのは、真っ赤に染まった私の顔を、少しでも隠すためだった。
謁見の間から出ると、私はまた、お城の人に導かれて、今度は城門まで連れて行かれた。
しばらく城門で待っていると、アンゲラさんがやってきた。
目が合うと、「よろしくね」と言ってにこりとしてくれた。
優しそうなお姉さんだ。栗色の髪の毛はふわふわだし、笑顔も可愛い。
少し遅れて、元近衛兵のリーハルトさんや、真面目そうなハンスさんもやってくる。
三人はお城の人から、色々な包みを受け取っていた。多分、薬草とか携帯食とかをもらったんだろう。
その様子を見守っていると、誰かに声をかけられた。
振り返ってみると、おっさんだった。
「認めて貰えて良かったなあ、お嬢ちゃん」
私は笑顔になる。旅に出る前に、もう一度、おっさんに会いたいと思っていたのだ。
一緒に来れないのかと聞くと、おっさんは困った顔をした。
「実はな、お嬢ちゃんと一緒に旅に出てくれないかと、私も上から頼まれていたんだ」
「それなら、何で駄目なんですか?」
「だがな、私には、お嬢ちゃんと同じ年頃の娘がいるんだ。だから、お嬢ちゃんの旅には、ついて行けそうにない」
心苦しそうに言うおっさんに、私は言った。
「娘さんがいるなら、仕方がないです。娘さんのことは、きちんと傍で守ってあげてください」
おっさんは、立派な人だ。
娘さんのことを大切に思っている。
親が子供を守るのって、当たり前のこととは限らない。私はそれを知っている。
私のお兄ちゃんだって、兄のくせして妹をほったらかして魔王になる人なんだから。
それにしても、お兄ちゃんてば、妹である私をほったらかして数年間帰って来なかったことだけでもおかしいのに、さらには魔王になって私に迷惑をかけるだなんて。
守ってほしいとは言わないけど、せめて、迷惑はかけないでほしかった。
お兄ちゃんには、少しはおっさんを見習ってほしいものだ。
もし可能なら、お兄ちゃんにおっさんを会わせてやりたいくらいだ。
そうだ、直接会わせるのは無理だけど、おっさんに爪の垢をもらって、それを煎じてお兄ちゃんに飲ませてやってはどうだろうか。
ふとそう思ったけど、やっぱりやめた。
そんなことをしたら、お兄ちゃんに仕返しに魔物の爪の垢を煎じて飲まされそうだ。
お前もこれくらい強くなれ、とか言って。
嫌な想像をして身震いをした私を見て、おっさんは何を思ったか、大きな手のひらを、ぽんと私の頭にのせた。
「じゃあな。嬢ちゃん」
おっさんは、頭を撫でてくれた。
頭を撫でられながら、私は、言いたかったことを言ってみた。
「私、あなたのこと、お父さんみたいって思いました。娘さんがいるからだったんですね」
「……わたしも、嬢ちゃんが、娘に似ていると少しだけ思ったよ」
とても悲しそうな顔になる。
おっさんも、私と別れるのが辛いのかな?
「おい、魔王の妹」
別れを惜しんでいるところを、元近衛兵のリーハルトさんが私のところにやってきた。
「のろのろと何をしている。さっさと行くぞ」
ぐえ。
首回りの服を引っ掴まれて、後ろに引きずられた。
何、この、扱い。わたし、勇者じゃなかったっけ。この人、勇者の仲間じゃなかったっけ。
あああ、おっさんの姿が離れていく。むむむ、首が苦しい。
私が助けを求めておっさんに手をのばすと、おっさんは苦笑をして、手をひらひらと振った。
そんな、おっさん、私を見捨てる気か。
そのうち私も諦めて、おっさんにバイバイ、と手を振った。
引きずられながら、お別れをする。
途中で、元近衛兵のリーハルトさんに、「自分で歩け」と言われて、解放された。
アンゲラさん、真面目そうなハンスさん、元近衛兵のリーハルトさんと一緒に私はお城から離れて行った。
時々、振り返って、おっさんに手を振りながら。
気のせいだろうか。
遠くから眺めるおっさんの顔は、何かを言いたげだった。




