3(れべる31)
れべる31
私がおっさんについて行くことになった時、兵士たちは皆一様に、うわぁ……という不満たらたらな顔だった。
ちょっと申し訳なくなってしまって、私はおっさんの隣で小さくなっていた。元から背が低いから、小さくなるのはお手の物である。
そうして、おっさんに連れられて私が向かった先は、なんと、どこかの国のお城だった。
初めて見たお城は、大きくて、立派で、何だかきらきらして見えた。
昔、絵本で読んだお城は、可愛くて綺麗だったけど、実際に見るお城は格好いい。
私の隣には、今、おっさんと、数人の兵士たちがいた。他の大勢の兵士たちとは、すでに城下町の入口でお別れしている。
今からお城に入れると聞いて、私はピクニック気分でうきうきしていた。
お城には、絵本に出てきたようなお姫様とか、王子様もいるらしい。お話できるのかな。
何気なく隣を歩くおっさんを見上げると、おっさんは上機嫌な顔をしていた。
「いやあ、お嬢ちゃんのお陰で早く帰れたな。私たちが討伐するはずだったモンスターもお嬢ちゃんが倒してくれたし。帰り道で出たモンスターも一撃だしな。助かる助かる」
はっはっは、と大きな口を開けておっさんは笑った。
今でこそ、こうして笑ってるおっさんだけど、初めて私がモンスターを倒すのを見た時は、目をひん剥いていた。
私はおっさんのあの時の顔をよく覚えている。目玉が抜け落ちそうなくらいだったので、ちょっと心配した。
帰り道で、何度かモンスターが出た。その度に、兵士さんたちが怪我をしたり、倒すのに時間がかかったりして大変そうだったので、代わりに私が倒したのだ。
モンスターの数が十体でも二十体でも、モンスターがどんなに強くても、魔法を使えば一撃必殺で簡単だった。
それが、おっさんには度肝を抜かれるほど驚くことだったらしい。
何で驚くのか、不思議だった。
私がまだ小さい女の子だから驚いたのだろうか。
だとしたら、女の子扱いしてくれているわけだから、ちょっとうれしい。
でも、今はこうして、おっさんは「お嬢ちゃんはすごいな」と褒めてくれる。
さっきはあんなに驚いていたのに。
すぐに気持ちを切り替えて私を褒めるおっさんもすごい人だと思う。
だから、隊長さんをやっているんだね。
おっさんは優しくて良い人だし、今から夢のお城に入れるし、城下町に入る時に付けてもらった腕輪も可愛いし、私もおっさんと同じで上機嫌だ。
私は両腕を上げて、腕輪を太陽の光に当ててみた。
銀色の腕輪は、何か模様みたいなのが彫り込んであって、太陽の光に当たると虹色になる。それがすごく綺麗で、いつまでも眺めていたくなってしまう。
「お嬢ちゃん、どうした。その腕輪、気に行ったか?」
「はい。とても気に入りました。綺麗です」
「おお、そりゃあ良かった。実は、その腕輪をつけてもらわないとお嬢ちゃんは町に入ることができなかったんだ。一度つけると、ちょいと厄介な手順を踏まないと外せないから、お嬢ちゃんには迷惑をかけるが……」
おっさんが申し訳なさそうな顔をしたので、私は首を振った。
「私、この腕輪好きなので、つけてても全然気になりません」
確かに、これを付けてると、魔力がほんのちょっとだけ弱まる気がする。でも、本当にほんのちょっとだけだから、気にならない。
それに、おっさんはああ言ったけど、本気で外そうと思えば簡単に外せそうだ。
だから、私は全然気にならない。
「私、お星さまに誓って、嘘はつきません」
おっさんに初めて会った時に言った言葉を、私はもう一度繰り返した。
それを覚えていたのか、おっさんは嬉しそうに頷く。
「そうだな。お嬢ちゃんは嘘をつかない良い子だ」
おっさんを見ていると、何だか、お父さんを思い出す。
血は繋がっていなかったけど、私にとっては本当のお父さんだった人。
お父さんのことを思い出しながら、おっさんとお喋りしていると、あっという間にお城に着いた。
お城に入る前に、剣を持った恐そうな人たちがやってきたので、自己紹介をした。
おっさんが畏まっていたので、この恐そうな人たちは、おっさんよりも偉い人みたいだった。
恐そうな人たちは私を睨んでいたけれど、もっとたくさんの腕輪や首飾りをつけてもらって、私は意気揚々とお城に入ることができた。
「お嬢ちゃん。今から、王様とお話するんだ」
「お姫様や、王子様はいるんですか?」
「ああ、いるぞ。他にもたくさんの人たちがいる」
たくさんって、どれくらいだろう。上手く話せるかどうか、少しだけ不安になる。
いやいや、不安に負けては駄目だ。こんなことでくじけていたら、お兄ちゃんに笑われてしまう。
お城の中をしばらく歩いて、綺麗で大きな扉の前でおっさんは立ち止まった。
「王様はこの中だ」
おっさんは、身分が低いからここには入れないらしい。
それなら、何で私は入れるの? と聞いたら、勇者っていう身分があるから入れるんだって教えてくれた。
勇者ってすごいんだ。
私が扉の前に立つと、両脇に立っていた兵士たちが、扉を開けてくれた。
中に一歩入ると、両脇にずらりと人が立ち並んでいて、中央の一番向こうに、椅子に座ったおじいさんがいた。きっと、このおじいさんが王様だ。
おじいさんの両隣には、数人の男性が立っている。
その中の一人が、遠くから私のことをきっと睨みつけてくる。恐い人だなあ。
言われていた通りに、私は中央の道をゆっくりと歩いて行って、目印のあるところで立ち止まると、丁寧にお辞儀をした。
それから、王様を見上げて、自己紹介をする。
「はじめまして。私は、魔王の妹です。魔王を倒すために、旅をしています」
「名は何と言う」
王様に言われて、私は少し考え込んだ。
「ありません」
昔、名前があったような気がするんだけど、それは忘れてしまった。
お兄ちゃんは、私のことを「妹」としか呼んでくれない。
名前がないと答えると、王様は少し眉をしかめたけど、何も言わなかった。
王様は、階段を上った先の高い所に座っているので、私はまたもや首を曲げて、王様を見上げている。
首が痛くならないと良いけど、と心配していると、王様が重々しく口を開いた。
「魔王は、これまでに三つの国を滅ぼした。この国も、いつ魔王の手にかかるか分からない、非常に緊迫した状況だ。対策を練ってはいるが、やはり魔王の絶大な力には及ばんのが現実だ」
お兄ちゃん、いつからそんなにすごい人になったんだろう。
妹の私からしたら、礼儀知らずで愛想がないだけの、どこにでもいる普通の人なのに。
「魔王の妹だと申したな」
うなずく。
「魔王を殺すのは、その血縁である魔王の妹にしか果たし得ぬことかもしれん。魔王の妹であるが故に、寝返るのではと非常に疑わしくもあるが、事態は逼迫している。一刻も早く、魔王を殺し、この世に平和を取り戻さなければならない。それほど多くの命が失われた」
王様の話を聞いていると、どうやら本当に危険な状況らしい。
お兄ちゃんたら、何てことをしてくれたんだ。世界規模の破壊願望も、ここまでくると冗談じゃ済まされない。
お兄ちゃんが世界が滅んでほしいと言った、あの時、私の正義の鉄拳をもっと食らわせていれば、お兄ちゃんも改心してくれたかもしれないのに。実に悔やまれる。
昔のことを思い出して後悔していると、王様は続けた。
「魔王の妹であることは疑わしいが、他に術はない。そなたを信じる」
ありがとうございます。
私はそう言って礼をした。
魔王になってしまったお兄ちゃんの妹を信じてくれるなんて、王様は良い人だ。
「だが、一つだけ聞いておきたい」
「何でしょうか?」
「魔王の妹であるのにも関わらず、何故、魔王を殺すのだ?」
私は、答えられなかった。
「もしや、説得して改心させようと思っているわけではあるまい。魔王は三つの国を滅ぼし、とても償いきれぬほどに大勢の命を奪った。もはや改心の余地はあるまい。殺すしか術はない。それを、分かっているか?」
「おにい……魔王がしたことは、決して許されないことです。妹の私は、魔王が改心することも不可能だと分かっています。だから私は、必ず、魔王を倒して見せます」
「殺さぬと申すか」
王様にぎろりと睨まれた。
普通の女の子なら……普通の人なら、竦み上がって泣きだしてしまうになるほどの凄みがあった。
「私は、嘘はつきません。嘘はつかないと、お星さまに誓っています」
繰り返し、言った。
「私は、魔王を絶対に倒します。何に変えても、絶対に」
私がそう言って黙ると、王様も何も言わなかった。
他の人たちも、何も言わない。衣擦れの音すらも聞こえない。
ここには、とても多くの人たちがいるのに、痛いくらいに静かだった。
まずい。私は焦った。
また、首が疲れてきた。
王様はとても高いところに座っているので、私は常に見上げていなければならないのだ。微動だにせずにずっと上を向いているので、首が疲れて、苦しい。
首が疲れなくなる魔法ってないのだろうか。
お兄ちゃんは、私に色々な魔法を教えてくれたけど、そういう実用的な魔法はほとんど教えてもらっていない。
お兄ちゃんが教えてくれたのは、誰かを攻撃する魔法とか、誰かを痺れさせて動けなくする魔法とか、そんな役に立たない魔法ばかりだった。お兄ちゃんが魔王になって、やっと役に立ち始めた。
首が疲れて苦しいのはこれで二回目だ。
しかも、王様を睨みつけるわけにはいかないから、表情にも気を付けないといけない。
苦しいのに、それを顔に出せないなんて、すっごく辛い。
お兄ちゃんに再会したら、まず首の疲れをとる魔法を聞こう。それからお兄ちゃんを倒そう。
私はそう決めた。
それにしても、やっぱり首が疲れた。
うむむむ、これもあれも全てお兄ちゃんの所為だ。許さんぞ。
と、私がお兄ちゃんに八つ当たりしながら首の疲れに苦しんでいたところ、長い沈黙を破ってくれた優しい人がいた。
王様の隣に立っていた、若い男の人が、王様に言った。
「父上、このままでは埒が明きません」
さっき、私のことを睨みつけていた人だ。
王様を除いて、この場にいる人がみんなその人のことを見る。
私はその人に深く感謝をする。
王様だけは私のことを見ているけど、それは気にせずに、首をほぐした。
ああ、生き返る。
王様がさっきと違った目で私のことを凝視している気がするけど、うん。気のせいだ。
「この魔王の妹とやらを取り押さえてはどうですか。魔王に対して人質にとれるかもしれません」
何だと。
私は首をほぐしていたのも忘れて、王様の隣に立つ男の人を見上げた。
見た目は絵本の王子様みたいに格好良いのに、性格は王子様とはかけ離れている。
この人は絶対に王子様ではないな、と私は思った。
さっき、王様のことを「父上」と呼んでいた気もするけど、きっと「父上」というのは王様のあだ名なんだろう。
そう決めつけながら、ここは黙っているわけにはいかないと思って、声を張り上げた。
「私を人質にとるのは無理です」
そう、人質は絶対に駄目だ。お兄ちゃんは、私を人質にとられてしまったら、困るに決まってる。
だって、私のお兄ちゃんだから。
私を人質にしようと言った人が、ぎろりと私を見た。
「魔王は妹を妹とも思わぬ残虐な魔物だということか? だが、やってみなければ分からないことだ」
高圧的に言うその人に、私ははっとして、慌てて笑顔を作った。
笑顔、笑顔。いけない、笑顔を忘れていた。
笑ってお話すれば、仲良くなれるかもしれない。
急に笑顔になった私に、その人はぎょっとした顔をしたけど、構わずに私は言った。
「私は、人質にとると言われたら、ここを出て行きます。ここを出て行こうと思えば、いつでも出て行けます。私は、ここにいる誰よりも強いのですから」
お城の人に言われて、腕や首にじゃらじゃらとつけていた腕輪や首飾りを、私は全て魔法で切り落とした。




