2(れべる30)
れべる30
モンスターのいる洞窟に行ってみた。近辺の村を燃やし尽くしたと聞いたから、きっと強いモンスターのはずだった。
魔王の妹だと名乗ったのに、問答無用で襲い掛かってきたのでつい倒してしまった。手加減したつもりだったのに、一撃で消えてしまった。モンスターが弱かったのか、私が強かったのか、どっちだろう。レベルが一気に30まで上がったから、モンスターもそれなりに強かったのかもしれないけど。
まだお兄ちゃんのことを何も聞いていなかったのに。くっ、無念。
私が意気消沈して洞窟からトボトボと出て行くと、そこには人間がたくさんいた。ざっと百人くらいだ。
誰もが鎧を着て剣を携えているので、きっとどこかの国の兵士だろう。
その中の一人が、洞窟から出てきた私を見て、驚いた顔をした。
「おい、女の子がいる」
それを、近くの兵士が馬鹿にしたように鼻で笑った。
「女の子? つまんねえ冗談だな。ここいらの村は全滅したってのに、人間の子供なんているわけねえだろ」
と、言いながら、私と目があった。彼は目が点になった。
数秒後、彼は蒼白な表情でずざあと後ずさる。
「な、いるだろ」
「いるだろ、じゃねえよ! だから、こんな所に人間の子供がいるわけないってんだ」
「じゃあ、あの子はなんだ?」
「決まってるだろ。人型のモンスターだ」
そんな、決めてかかられても。
あのー、私はモンスターじゃありません。
刺激しないように控えめに主張してみたが、兵士には聞こえていないようだ。
「……本当に人型のモンスターだったとしたら、かなりの上級だ。ここにいる数だけでかかっても、まず勝ち目はねえな。おい、早く隊長に報告しろ」
深刻な表情で、剣を構える兵士さん。騒ぎに気付いたのか、他の兵士たちが何事かとこちらの方に寄って来る。
だから、あのー、私、モンスターじゃありませんって。
私の言葉が聞き取れないのか、それとも無視しているのか、誰も反応してくれない。
「でも、もしかしたら生き残りの子供かもしれないだろ。ちょっと確認してこいよ」
「モンスターだったらどうすんだよ。お前行ってこいよ」
「とりあえずリーダー待とうぜ」
遠巻きに私を取り囲んでそんなやり取りを囁き交わす。もし本当に私が人型のモンスターだったらとっくに全滅させているし、生き残りの子供だったら恐ろしさにその場で泣き喚くことだろう。
早くモンスターではないことを知ってもらいたいのだけど、兵士さんたちは恐がって近づいてきてくれない。どちらの行動もとらずに、ただ立っているだけの私が不気味なのかもしれない。
かと言って、こっちから近づくと攻撃を仕掛けてくるかもしれないので、私はただ立っていることしかできなかった。
さて、どうしたものだろう。
私が考えあぐねていると、兵士たちの一人が私を見て驚愕の表情を浮かべ、叫んだ。
「魔王の妹だ!」
どうやらお知り合いらしい。私はじっと彼の顔を見てみた。
茶色の髪に、平べったい顔。実に平凡な顔だ。うーん、思い出せない。
でも、私の顔を知っているということは、私とお兄ちゃんの故郷の出身のようだ。
何を隠そう、私とお兄ちゃんは、故郷ではそれなりに顔が知られていて、有名なのである。えっへん。
……と、誇らしく胸を張っていると、私を取り囲んでいた兵士たちが、一斉に剣を構えて、敵意を剥きだしにした。
「魔王の妹って、噂に聞いたあれなのか?」
兵士の中の誰かが、私と故郷を同じくする兵士に聞いた。
「ああ、そうだ。俺の故郷に住み着いていた兄妹の片割れだ。兄が魔王になって逃げだしたって聞いてたが……こんなところに潜んでたとはな」
「おい、見たところただの子供だが、こいつは魔王くらいに強いのか?」
「しょせん女だ。魔王には及ばないだろ」
「でも、こいつも化け物だろ」
そんな囁きが聞こえてくる。
剣を向けられているのが少し恐いけど、まだ切りかかって来るつもりはないようだ。
良かった良かった。
世界を滅ぼしたいのはお兄ちゃんであり、妹である私は、あくまでそんなお兄ちゃんを倒そうとする正義の味方なのである。
と、いうことを誰かに主張したいのだが、みんな、動揺していたり警戒心剥き出しに私を睨みつけてきたりで、まともに話を聞いてくれそうな人がいない。
大きな声で叫べば話を聞いてくれるかもしれないけど、私の小さい体では、そんな大声は出せないのだ。
おーい、聞いてくださーい。
精一杯の大きな声で叫んでみたが、狼狽した兵士たちの声でかき消される。
ううむ、世の中って世知辛い。
困っていると、私の正面にいる兵士たちが急に道を空けた。間から、背の高い筋骨隆々の髭面のおっさんが現れた。背格好や雰囲気からして、きっとこの人が隊長なのだと分かった。
髭面のおっさんは、目線だけで私を一瞥して、片手を上げた。たちまちに、騒がしかった兵士たちが静かになる。
さすが隊長。感謝いたす。
私はぺこりとお辞儀をして、にっこりと笑った。
「はじめまして」
初対面の人には、お辞儀をして笑顔で挨拶。これは人付き合いの鉄則だ。
なのに、お兄ちゃんときたら、お辞儀もしないし笑いもしないし挨拶もしないし、まったく礼儀がなってない。妹の風上にも置けないお兄ちゃんだ。
きちんと挨拶をした私に、髭面のおっさんは何でか目をひん剥いた。
でも、少し迷った後で、ちゃんと礼をしてくれる。私が挨拶しても返事をしてくれない人は多いのに、この人はいい人だなあ。
いい人には、きちんと誠意をもって対応しなければならない。
私は、おっさんが聞きたがっているだろうことを答えることにした。
お兄ちゃんはその心がけがなってないけど、私は違う。こんなに出来た妹を持って、お兄ちゃんは果報者だと思う。
「私は、皆さんがお察しの通り、魔王の妹です。皆さんに敵意はありません。私は、お兄ちゃんを倒すための旅に出ているのです。この洞窟にいるのは……」
「いや、少し待ってほしい」
すらすらと話す私に、おっさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で待ったをかける。
「確認させてくれ。お前さんは、あの噂の魔王の妹で間違いないのか?」
はて。あの噂の、とは、どういうことだろう。
首を傾げて分からないことを示すと、おっさんは説明してくれる。
「魔王が現れてから、色々な国で噂になっている。魔王の妹がどこかに潜んでいて、魔王に協力し、人を陥れようとしていると……」
何ですと。どこから広まったのだ、そんな誤解が!
私はぶんぶんと首を振って、全力で否定した。
「違います。私は魔王の妹ですが、魔王には反対です。アンチ魔王です。魔王、ダメ、絶対。もう一度言いますが、私は、お兄ちゃんを倒すつもりなんです!」
疑われないように、おっさんの目をじっと見つめて、主張した。
おっさんは、どうしたものかと考えあぐねたように私を見る。私もおっさんをじっと見る。
「…………」
「…………」
……あの、ちょっと、そろそろ、何か。言ってくれませんか?
おっさんてば、背が高くて、私は背が低いものだから、首が、つかれ。
私は首の疲れとの戦闘を開始した。
これは本気で辛い。ぷるぷる震えてくる。苦しいけど、唇を引き結んで眉間に皺をよせて、頑張った。
洞窟の中にいたモンスターは魔法で一撃だったけど、首の疲れを一撃で吹っ飛ばすことはできない。自分の首を一撃で吹っ飛ばしたら首の疲れも吹っ飛ぶだろうけど、そんなことをしたら死んでしまうので、それもできない。
ぐぐぐ、苦しい。私は魔法の才能は有り余っていても、首の向きを維持する才能はなかったようだ。
私は必至に耐えた。
大事なのは、才能よりも努力と忍耐なのである。
首の向きを維持して、おっさんの目をずっと見ていると――首が疲れすぎてもはや睨みつけていると言って良い状態だった――おっさんはようやく応えてくれた。
「……分かった。お前さんの言うことを信じよう」
ようやく私は首を下した。急に力を抜いたので、顎ががつんと鎖骨にあたった。
いたい。こんなところにトラップが。
私がダメージをくらった顎や鎖骨をさすりながら、首をぐるぐる回して首の疲れを癒している間、おっさんの周りは大変な騒ぎだった。
隊長であるおっさんの一言を皮切りに、「隊長、本気ですか?」「騙されています」「こいつは魔王の妹ですよ!」なんて月並みだがもっともな台詞が飛び交っていた。
さあ、頑張って兵士たちを説得してください隊長さん。私は負傷した顎と鎖骨と首の疲れを癒します。
そんなことを思いながら、私がその様を傍観していると、隊長ことおっさんは、怒った熊のような顔をして、怒鳴った。
「やかましい!」
空気がぴりぴりと震える。おっさんの声も大きかったので、私はちょっとびっくりした。
突然の大声に驚く私に、おっさんは一歩一歩近づいてくる。そして、私の真正面で立ち止まった。
真正面に立つおっさんは、かなりの迫力だった。
この腹、でかい。隊長の貫録がうかがえる逞しい腹だった。
……首が非常に疲れている私は、今はこれ以上、上を向けないのである。
人と話す時はきちんと顔を見て話すことが礼儀だというのに。不覚。
「すみません。首が疲れてしまって、顔を見てお話しできません。腹を見てお話することになります」
ぺこりとお辞儀して謝罪すると、おっさんはどんな顔をしたのか分からないが、上から豪快な笑い声が降って来る。
うわ、びっくりした。笑い声も大きい。
「構わんぞ、嬢ちゃん」
そう言いながら、おっさんはしゃがんで目線を合わせてくれた。やっぱりいい人だ。
間近で見るおっさんの顔は、いかつくて、髭面で、ちょっと恐かったけれど、私は微笑んだ。
何事も、人と話す時は笑顔が大事なのだ。
「気を使っていただいて、ありがとうございます」
また、ぺこりとお辞儀した。
おっさんは、機嫌の良い熊みたいな顔をして笑った。
「お嬢ちゃんは、魔王の妹で、我々に敵意はない。それで、魔王を倒しに行くとも言ったな?」
私はこくんと頷いた。
「その通りです。私はおに……お星さまに誓って、嘘をつきません」
本当は、お兄ちゃんに誓って、と言おうとしたんだけど、そうすると魔王に誓ってしまうことになるので、慌てて言い直した。危ない危ない。
ほっと胸を撫で下ろした私の頭を、おっさんはわしゃわしゃと撫でてくれる。頭を撫でられるのは数年ぶりだ。うれしい。
「よし、よく言ったなお嬢ちゃん。それなら、私も太陽に誓って、お嬢ちゃんに嘘をつかない」
仲良く戯れ始めた私達に、周りの兵士たちは、「た、隊長……」と戸惑いの声を上げている。
その気持ち、分からないでもない。おっさんは順応力が高いようだ。
「それで、お嬢ちゃんに頼みがある」
はい、何でしょう。
私ははりきって答えた。
より良い友好関係を築くために、人の頼みは素直に聞くものだ。おっさんは良い人だから、きっと、無理なお願いなんてしてこない。
一瞬の迷いもなく応えた私に、おっさんはちょっと面喰った顔をして、それから、言った。
「お嬢ちゃんを、我が国の勇者として迎え入れたい」
え、勇者?
聞き覚えのある単語に、私ははてと首を傾げた。
「勇者って、何でしょうか?」
「簡単に言うと、魔王を倒す人のことだな。私の国は、そういう勇者を援助しているんだ。つまり、私の国が、お嬢ちゃんのことを助ける。そういうことだ」
お兄ちゃんを倒すのを、助けてくれる人がいる。これはありがたい。
私が顔を輝かせると、おっさんはそれを肯定の意ととったようだ。
「ひとまず、私について来てくれるか?」
私は喜んでうなずいた。




