1(れべる1~5)
れべる1
お兄ちゃんが魔王になったそうなので、お兄ちゃんを倒しに行くことにした。
魔王が現れたのは、数か月前のことだった。
魔王ことお兄ちゃんは、人間の国を一つ滅ぼして、廃墟の真っただ中で、「はっはっは、我こそは魔王である。ひれ伏すが良い人間ども!」と高笑いをしたのである。
ちなみにこの台詞は私の想像で、実際にお兄ちゃんがこんなことを言ったかどうかは定かではない。でも生き残りの人間に向かって何かを言ったのは本当らしい。何を言ったのかは、私は知らない。お兄ちゃんのことだから、どうせどうでも良い内容だと思う。
それで、何で妹である私がお兄ちゃんを倒しに行くことにしたかについてだけど、一番の理由は、世間様の目だ。
妹の私としては、お兄ちゃんが魔王なんてやっていては、恥ずかしくておちおち昼寝もしていられない。
それに、人目につくところを歩いているだけで、「魔王の妹が歩いているぞ!」「本当だ、魔王の妹だ!」「魔王の妹が何でこんなところに!」なんて言われてしまう。私の呼称が「魔王の妹」ですっかり定着してしまった。花も恥じらう十二の乙女としては、そんな物騒なあだ名は頂けない。
どうせ魔王になるんだったら素性を隠して魔王になれば良いのに。お兄ちゃんときたら気が利かない。思春期の妹の気持ちをもっとよく考えてほしい。
昔から、お兄ちゃんは自分のことばかりだ。
確か、お兄ちゃんと最後に会った日、こんな会話をした気がする。
「妹よ。兄ちゃんは世界が今すぐ滅んでほしい」
「世界が滅んだら私も死んじゃうから滅んでほしくない」
「大丈夫だ。世界が滅んだらお前だけじゃなくて兄ちゃんも死ぬ。死ぬ時は一人じゃない」
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「死にたいなら一人で静かに死んでください。世界を巻き込まないでください。世間様に迷惑でしょ」
「何だ、冷たい妹だな。世界規模の視野をもった偉大な兄に対してなんて態度だ」
「世界規模の破壊願望をもった危険思考の兄め、妹の鉄拳を食らえ」
「ぐはっ」
この会話が数年前のこと。思い出してみると、この時点で兄の魔王フラグが立っていた。
あの時にロープでふん縛って痺れの呪文を唱えて兄を家に監禁しておけば、こんな面倒なことにならなかったのに。後悔するものの、時すでに遅し。
魔王フラグを立てたお兄ちゃんは、この翌朝にふらりと家を出て行ったきり、帰って来なかった。
もともと放浪癖のある人だったから、お兄ちゃんのことは別に心配していなかった。
ただ、どこかで他所の人にご迷惑おかけしていないかなあと、その意味での心配はしていた。
そして、その数年後……今朝のことだ。人づてに、お兄ちゃんが魔王になったことを聞かされた。
何をやってるんだ馬鹿兄め、足の指をタンスの角に激しくぶつけてのたうち回って苦しめば良いのに、とつい心の中で祈ってしまった私のことを、誰も責められないと思う。
お兄ちゃんが魔王になったことを聞いたその日のうちに、私は旅支度をして、家を出た。
長年住み慣れた家で愛着もあったけど、お兄ちゃんが魔王になってしまったから、仕方ない。
バイバイと手を振ってお別れをした。
私はお兄ちゃんと二人暮らしだったので、もうこの家には誰もいない。そのまま朽ちていくのも寂しいから、誰かが住んでくれると良いなと思った。
そして妹に多大なる迷惑をかけるお兄ちゃんを許すまじとこの胸に誓った。
私は旅立った。目指すは魔王城だ。
れべる2
数年間もお兄ちゃんがいなくて寂しかったかと言えば、断じてそんなことはない。
お兄ちゃんが魔王になるために孤軍奮闘している頃、私はまったりご飯食べたりぐっすりお昼寝したりがっつり狩りをしたりして、スローライフを満喫していた。
お兄ちゃんがいると、もっと体を鍛えろとか魔法の腕を磨けだとか言ってくるので、あまり怠けることができなかった。
お兄ちゃんがいなくなって、私は嬉々としてここぞとばかりに自堕落な生活を送っていた。ちなみに自堕落と言っても、お兄ちゃんいわく「自堕落な生活」だ。
私は自堕落だとは思わない。狩りをして獲物をとって、ご飯を食べて、寝る。生きるために必要なことはちゃんとしてるんだから。
お兄ちゃんはいつも私に、執拗に強くなれと言ってきたけど、女の子が腹筋したり背筋したりしたところで何の意味があるっていうんだろう。筋肉ムキムキの女の子がお兄ちゃんの好みなんだろうか。私はふわふわの砂糖菓子みたいな女の子の方が好きだ。
昔から、お兄ちゃんと私は意見が合わない。
二人っきりの家族なのに、絶望的なまでに価値観がずれていた。
私はステーキには塩派だけど、お兄ちゃんはハーブ派だった。
ハーブ派のお兄ちゃんは敵である。ステーキには断じて塩しか認めない。
れべる3
スライムがさんびきあらわれた。いもうとはファイアーボールをはなった。クリティカルヒット。スライムはしんだ。
たらららったらー、いもうとはれべるあっぷした。れべる3になった。
なんてことを一人で考え始めてしまうくらいに私は退屈していた。
体を鍛えたりとか、魔法を使ったりとか、あまり好きじゃない。そんなことしなくたって生きていけるからだ。お兄ちゃんは違う考えだったみたいだけど。
私は今のところ、強いモンスターにあわずに、一人で無事にやっている。
でも、強いモンスターにあったとしても、何とかなるんじゃないかな、と思ってる。
魔力は尽きたことがないし、お兄ちゃんに無理やり付き合わされて魔法の練習をやらされたから、魔法のレパートリーも無駄に多くなってしまった。回復魔法も完璧だ。
ただし、体力とか筋力とかは皆無に等しい。敵に先手をとられたり、魔法の聞かないモンスターだったら危ないかもしれない。
うーん、やっぱりお兄ちゃんの言うことを聞いて、真面目に体を鍛えておけば良かったか。
いや、でも、そもそもお兄ちゃんが魔王にならなければ、私がこんなことをする必要はなかったわけだから、お兄ちゃんに責任がある。反省する必要はない。うん。
それでも、お兄ちゃんを倒しに行かないといけないから、これから少しずつ鍛えて行かなければ。お兄ちゃんと一緒に暮らしていたころ、無理やりやらされていた筋トレメニューを再開することにした。
私は道すがら、筋トレをやろうと、草原に寝転んだ。
光り輝く太陽に、青い空、草の香り、優しくそよぐ風。太陽の光を吸いこんで、ぽかぽかとあったかい大地。
ああ、いい気持ち。眠くなってきてしまう。
うっかり、うつらうつらとしかけたけど、私は慌てて目を覚ました。
駄目駄目、ついくせでお昼寝をしそうになってしまった。怠けていないで筋トレをしなければ。
腹筋、背筋……あと何だっけ。しまった。数年間もサボっていたから忘れてしまった。
仕方がないから、腹筋と背筋だけやることにする。他の筋トレは、思い出したらまたやればいい。
それにしても、お兄ちゃんのせいで自由にお昼寝もできなくなった。お昼寝は私の毎日の楽しみだったのに。
お兄ちゃんの所にたどり着いたら、思う存分昼寝をしよう。それで、それからお兄ちゃんを倒そう。
れべる4
私は大変なことに気付いた。
お兄ちゃんのレベルは、一体いくつなんだろう?
私のレベルをいくつまで上げれば、お兄ちゃんを倒せるんだろう?
分からない。
分かることと言えば、私はお兄ちゃんよりも魔法が得意っていうことと、お兄ちゃんは私より体力と筋力があるっていうこと。
お兄ちゃんの話だと、私は魔力が物凄く高いから、攻撃魔法も回復魔法も抜群らしい。でも体力と筋力は全然駄目だけどな、とも言われた。やかましい。
やっぱり、体力と筋力を頑張って上げないといけないようだ。あと、素早さも必要だ。
うん。でも、どれくらいまで頑張れば良いんだろう。分からないな。
数年前のお兄ちゃんの実力は知ってるけど、魔王になるまでの数年間で、お兄ちゃんは一体どれくらい努力したんだろう?
れべる5
私は良いことを思いついた。
魔王の配下の強いモンスターがいる洞窟に行って、腕試しをしてみよう。
そうすれば、私がどれくらいの強さか分かるはずだ。
それで、魔王がどれくらい強いのかも、ボス級のモンスターに聞いてみよう。魔王の妹だと名乗れば、身内の特権として教えてもらえるかもしれない。
我ながら名案だと思った。




