落としもの
冒険者が初期に請け負える雑用依頼に、清掃業務がある。
重要とはいえ、誰もがあまりやりたくない仕事という事もあり、
冒険者の中でも見習い以外はあまり手を付けようとしないが、
逆に言えばたとえ見習いでも受けられる依頼とあって、
彼らの中では受ける者が多かった。
だが、そんな清掃業務でも、見習いの受けられないものがある。
下水清掃。
同じく水関係では水路清掃があるのだが、こちらは見習いも可。
だが視界の利かない下水溝では、その危険度が格段に上がる。
周囲もろくに見えず悪臭漂う中で、汚水に浸かりながらの仕事。
清掃の中でも飛び抜けて不人気だが、やらぬ訳にもいかない。
よって、年に何度か「強制的に」指名依頼が発生するのである。
大抵はそれを立場上断りづらい、下級冒険者達に。
◆
今回も、不満顔の一つ星、二つ星が二十人ほど集められていた。
特に不満が大きそうなのは、女性の魔術師達。八人もいる。
薄暗い中、清掃作業を行うために当然照明が必要なのだが、
松明や蠟燭は使えない。誤って下水に落とせば消えるからだ。
さらに、以前下水内に松明を持ち込んで爆発事故があった。
理由は分からないが、幾度も事例が続いたため使用は禁止に。
必然的に《付き従う灯り》を使える魔術師にお声がかかる。
そして、魔術師はほぼ全てが貴族か準貴族の出自であった。
名ばかり貴族とは言え、不潔な暮らしだった訳ではない。
かなりの心理的抵抗があるのだ。女性であればなおさらだろう。
もっとも逆に貴族出身であっても、三つ星以上に上がった者は、
汚物まみれの戦闘も、男女の雑魚寝も、気にしなくなってくる。
非常時に見栄や外聞や羞恥心など無意味だ、とばかりに。
ちなみにこの翌月から。
安価な魔道具照明が売り出され、特に女性下級魔術師は喜んだ。
「もう下水清掃に指名されても堂々断れるぞ」と。
◆
時は戻り、今。
駆り出されて不満顔の連中をよそに、表情の明るい者がいる。
ひょろりとした二十歳の一つ星、手槍使いのアンバという男。
他の者は変わった奴だと思いつつ、特に理由は聞かなかった。
せいぜいが「仕事にあぶれていたので嬉しいのか?」程度だ。
実のところ彼の意識は清掃ではなく、別のところにあった。
前回、強制参加を喰らったアンバは、当初当然不満顔だった。
それでも仕事には違いない、不真面目とは言えないギリギリで、
アンバは下水を網で攫い、そりで汚泥を運んでいたのだが。
泥の中に、何か光っているものを見つける。大銀貨である。
それも一枚二枚ではない。清掃後に数えてみれば二十一枚。
数か月は何もしないで普通に暮らせる額だ。
アンバは汚泥まみれのそれを懐にこっそりねじ込んだ。
どうせ誰のものか分からねぇんだ。有難くもらっちまおう、と。
周囲には何かの金具なども結構落ちていた。
集めれば結構な小銭稼ぎになったのだが、アンバは無視した。
◆
今回も、前回の場所を希望して網で汚水を攫う。
前に見つけられなかった大銀貨がまだあるかもと思いつつ。
魔術師達はここから離れた場所にいるので、手元は薄暗い。
何かが網に引っかかった。いつもの泥よりちょっと重量がある。
大物か?ひょっとすると大銀貨じゃなくて金貨かもしれない。
逸る気持ちを抑えながら、丁寧にボロ布で泥をぬぐう。
腕輪だった。見た感じ銀色でかなり値打ちものに見える。
いや。腕もついてきた。正しくは腕の骨がついてきた。
なにかやばい。目を凝らせば人骨があちこちに散らばっている。
雑に作業していたのが災いした。ここは未知の何かの寝床だ。
ここを離れよう、と決めた瞬間、アンバの視界は暗転する。
上から落ちてきた黒いものに全身を覆われた。身体がしびれる。
声も出せない。これを最後に、アンバの意識も途絶えた。
◆
清掃作業終了を大幅に過ぎても、男が一人戻って来ていない。
現場監督の冒険者が、その男の担当区域に行ってみれば、
そこには無数の人骨と、男の冒険者認識票が落ちていた。
食性変異したスライムが一体確認され、その場で駆除される。
行方不明の男は、消化されたと判断。冒険者登録も抹消された。
下水清掃は危険が伴う。視界の悪さ、足場の悪さだけではない。
魔獣が棲みつくことも稀にあり、だから指名依頼となるのだ。
アンバは気づけていなかった。最後まで。
この世界のスライムは攻撃の際に溶解液を放ちますが、獲物は包み込んで窒息させています。
大抵は死肉や腐肉を食するスカベンジャーですが、変異すればその限りではありません。




