第二話
「未来か……」
「うん。過去と違って、未来って知ることができないでしょ? 」
確かに知ることはできないけど……
「一年後でいいの?もっと百年後とか、大きく変化してそうな時代じゃなくて」
「……うん。一年後、響輝が何してるか気になるから」
夏風が薫る方向へ、秋奈はそっと歩いていく。
窓枠に手をかけてこちらへ振り向く寸前、よろけて倒れ込みそうになった。
「いたたた……」
「あっ、危ない!」
腕にかかる重さが、思っていたよりもずっと軽い。支えることができた反面、強い絶望感に襲われる。
「少しよろけちゃったかな」
そう言って困ったように苦笑した。
最近、秋奈はよく嘘をつく。
本当はよろけた訳ではない癖に。
「今日はいい天気だねー。空は青いし、雲はわたあめみたいに真っ白だし。ねぇ、雲ってやっぱり甘いのかな?」
窓際に佇む秋奈の背後に薄く影が落ちる。
一滴ずつ落ちていく点滴に、光が反射して虹を作った。
──見ていられない。
命を繋ぐ点滴が、テーブルの上の砂時計と重なった。
そっと俯き、目を瞑る。視界が闇に包まれ、より一層不安が煽られた。それでも、直接目にするよりはずっとマシだ。
「どうしたの?響輝」
「いや、少し眩しかったからさ」
僕も大概嘘つきだな。
「大丈夫? カーテン閉める?」
秋奈の瞳の中には、作り笑いを貼り付けた僕がいた。
……ダメだな。少し表情が引きつっている。
「少し、お手洗いに」
都合が悪くなると直ぐに逃げる。そんな自分につくづく嫌気が刺してくる。
「うん。行ってらっしゃい」
秋奈はいつでも笑顔でいてくれる。辛い時ほど、我慢している時ほど、無理して笑顔を作ろうとする。本当は気づいているんだろう。でも、秋奈は優しすぎるんだ。
病室のドアを開ける寸前、鼻を刺すようなアルコールの匂いが漂ってきた。
「あら、お友達さんですか?」
「あ、えっと……はい」
まだ入って間もないんだろうか、随分と若い看護師さんだ。
「久住さん! こんにちは」
「秋奈ちゃん、こんにちは。今日は随分と元気そうねぇ」
二人してニコニコ笑いあっている。若い女性同士、やっぱり気が合うんだろうか。
「えっ!じゃあもしかして……」
「ちょ、違う! 違うから!! もう、久住さんてば声大きいよ……」
二人きりになったら病室から、そんな声が聞こえてきた。僕がいる時よりも秋奈の声が大きい気がする。秋奈のことはずっと大好きだし、少しでも元気になってくれれば良いのにとは思っている。
──秋奈って、あんな風に焦るんだな。
たかだか出会って数ヶ月の看護師だろ?
僕にはあんな声色見せてくれたことないのに……
※※
──どうして僕は、素直に喜ぶことができないんだろう。
盗み聞きをしようかと考えて、やめた。そんなことをしてしまったら、秋奈に会わせる顔が無くなってしまう。
鏡に写し出された青年の顔は、何故だか酷くやつれて見えた。まるで、自分の顔ではないみたいだ。僕が感じているストレスなんて、秋奈のものと比べれば無いも同然なハズなのに。
──不意に、目の前が大きく歪んだ。まるで、虫めがね越しに世界を見ているみたいだ。
逃げてばかりの弱い男の癖に、少しでもマシな人間で在りたいと思ってしまう。
この感情も、涙と一緒に蛇口の水で流せてしまえばいいのに……。
頬を辿った曲線が、音もなく零れ落ちた。




