表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第一話

プロローグに続き、第一話です。

「おはよう、響輝。ごめんね、休みの日なのにわざわざ来てもらっちゃって」


爽やかな光がレースカーテンを通して病室に差し込む。比較的気温の高い、鮮やかな五月晴れの朝だ。


「おはよう。僕は会いたくて来てるだけだから気にしないで。それより、今日は秋奈が好きな抹茶ティラミス買ってきたんだ。新作だってさ」


サイドテーブルに置いたコンビニの袋から、透明なカップをふたつ取り出した。クリームの上に乗った抹茶が、生き生きとした新緑を彷彿とさせる。


「コンビニスイーツって競争率高いから、買えて本当に良かったよ」


「本当にね。病院に入ってるコンビニでも、直ぐに売り切れちゃって買えないんだ。」


「ありがとう」と、柔らかな印象を与える顔が更にほころぶ。秋奈の笑顔が見られるのならば、こちらとしても朝早く頑張った甲斐があるってものだ。


「おばさんから頼まれてた着替え、ここ置いとくね。ついでに本も置いとくから」


「何からなにまでごめんね。お母さん仕事で中々来れないから、本当に助かるよ」


「いいんだよ、別に。どうせついでだからね」


秋奈の手が早速本に伸びる。細くしなやかなその指に、心臓が大きく脈打っているのが痛いほど理解できる。顔、赤くなってないだろうか。


「これ、今年の本屋大賞のやつじゃん。ありがと響輝!」


パッと目に見えて表情が明るくなる。いつにも増して興奮気味だ。最低限、有名どころは押さえておきたいのだろう。やっぱり秋奈の読書好きは一級品だな。


「 それ、本屋で偶然見つけてビビッときたんだよね。ポップが凄く派手でさ、一目見ただけで人気なやつだって分かったよ」


うっとりとした表情で表紙を眺ているなと思っていたら、気づいたときには既に視線をページに落としていた。朝日に淡く照らされた横顔を眺めていると、なんだか不思議な気分になってくる。

まるで、ここだけ時間が緩やかに流れているみたいだ。

──本当に、ゆっくり流れてくれればいいのに。



……それにしても、本当に集中しているな。

秋奈が真剣な顔つきを見せるのは楽しみにしていたデザートを食べられたときか、本を読んでいるときくらいなものだ。


「ねえ、秋奈って小さい頃からずっと読書してるよね。僕あんまり読書得意じゃないんだよね。

読んでると段々眠くならない?」


「んー、それは少し難しい問題だね。やっぱり、自分の興味のある物じゃないと途中で飽きちゃうから。」


「それは確かに。社会の時間に眠くなるのと同じ原理だ」


「ふふ、確かに」


秋奈は、口元に手を当てて上品に笑っている。

『愛おしい』という気持ちが湧き出てきて、思わず顔を逸らした。

僕なんかに好かれても、どうせ迷惑なだけだろうから。それに秋奈には、残り少ない人生をできるだけ何にも縛られないで生きて欲しい。

これは、僕のエゴだろうか。


「でも、読書って本当に魅力的なんだ。現実ではどこにも行けなくても、物語の世界でなら世界中どこにだって自由に行ける。宇宙にだって飛べちゃうんだから。」


「……そっか」


なんでもないように言い放たれたその言葉が、胸に深く突き刺さる。

『現実ではどこにも行けない』か。

小さい頃からずっと本を読んでいたのは、そういう事だったのか。

……ほんと、なんにも知らないんだな、僕は。




穏やかなさえずりだけが病室にこだまする。

一体どれくらいの時間が経過したんだろうか。

何もしないままいるのは何だかいたたまれなくて、棚の上に置いてあった漫画を適当に手に取った。


それは、オールラウンダーな主人公が、ヒロインのエルフや盾役のドワーフ達と一緒にダンジョン攻略を目指していくという話だった。

攻撃にしろ治癒にしろ、魔法の印象が色濃い。

いわゆるハイファンタジーというジャンルなんだろうか。

負傷覚悟で突っ込んでいくキャラクター達に段々と苛立ちが募る。もしこれが現実なら、

『治癒魔法で即回復』なんてことにはならないのに。


それにしても、少し意外だったな。小説だけでなく漫画も読んでいただなんて。これも、さっきと同じ理由からなんだろうか。


「良いでしょ、それ。結構お気に入りなんだ」


いつの間にか、秋奈がこちらをじっと見つめていた。長く艶のある黒髪が、真っ白な肌に良く映えている。頬ずえをつきながら微笑む姿が、天使だと錯覚してしまうほどに美しかった。


「読み返す度に思うんだ。魔法使えたらいいのになーって」


……魔法、か。

確かに、それ自体は夢が沢山詰まったものだと思う。でも同時に、とても残酷なものだと思わざるを得ないんだ。だって、魔法なんてものは現実に存在しないんだから。

握りしめた掌に爪がどんどんくい込んでいく。


──僕はもう、夢なんか見ることができない。




「ねぇ、もしも魔法が使えたとしたらさ、何したい?」


特に返事は期待していないんだろう。独り言のような、か細い声だ。



魔法なんて、到底使えっこない。

でも、それでも魔法が使えたとしたなのら……




「私はね……一年後の未来を見てみたいな」






一秒でも長く、君の隣で笑っていたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ