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7章 帰省

数日が過ぎた。


М体の謎は深まるばかりで、研究は暗礁に乗り上げていた。

カリンは日々のルーティンに追われていた。データ整理、観測記録の確認、施設の巡回。


そんなある日。全く別角度から、問題が発生したー


その日、3階食事エリアで、カリンは久々にまともな食事を摂っていた。

暖色照明が柔らかに、チャコールグレーの床を照らし、 

人はまばらで、隅の廊下は人気がなかった。


熱いスープを飲みながら、窓の外を見る。

門の向こう、地平線が広がっていた。


カリンとエリカが疲労を滲ませ、並んで静かに食事をしている。

2人の目には、濃いクマが滲んでいた。


カリンは、赤いツンドラスープにパンを浸し、口に含んだ。切ないほどに美味しいー


視界の隅で、ふらふら歩く人物が映る。アンバーが、おおきなパン袋を脇にかかえやってきた。


「う〜。泣きそう。皆私のこと居候っていうんですよ、ひどくないですか」


空気が、わずかに緩む。

アンバーは、エリカの向かいに座り、テーブルに突伏した。


「そういえば……」

エリカが、間を置かずに続ける。

「監視って、なんでしてるんですか?」


アンバーは一瞬、むせた。

「うぐっ。そこ聞きますか。」

軽い調子のまま、視線だけが鋭くなる。


カリンは静かに姿勢を正した。

正直、自分もずっと薄く気になっていた。


「まぁ色々あったんですよ。組織の癒着とか、危険思想に傾いた研究とか」


「研究者って夢中になると歯止めが利かなくなる人もいるんですよ。」

「えーと、ここの研究長とか」


小声でぼそっと呟くと、

アンバーは笑顔で胸を張った。


「だから、科学倫理を越えさせないために、私たちがいるんです!」


一瞬、静寂が訪れる。

すっとその言葉が腑におちた。


「なるほど…!」

思わず、カリンの口から感嘆の声が漏れる。


越えないために、見張る。

越えてから止めるのでは、遅い。


「かっこいいですね」

エリカも頷いた。

いつもきつい目元がわずかに緩んでいる。


アンバーは照れたように笑った。

「でしょー? だから居候じゃないんですよ、ほんとに」


「分かってる」

カリンは微笑んだ。


「ありがとうございます」

アンバーは満足そうに頷くと、袋からパンを取り出した。特大サイズである。


「見てください!特級クラスのМ体!」

そう見せつけながら、頬張るアンバー。


「パンだよね」

子どもみたいな冗談に、カリンは思わず笑った。


特級クラスの個体は死領域にいる。こんな風に、簡単に、食べてしまえればいいのにー 


その時、珍しい人物が、食事エリアに入ってきた。

銀髪をきっちりまとめた小柄な少女ーマリアだった。


マリアは、こちらのテーブルに真っ直ぐ向かってくる。

カリンは思わず、スプーンを置き、エリカも気づいて顔をあげた。 


空気が一気に張り詰める。


マリアは、ぴたりと立ち止まると、淡々と言い放った。

「太陽フレアが活発化します。」


可愛らしい声に相反し、容赦ないほどの冷徹な響きをもっていた。


「磁気嵐になると、施設の門外にある音響装置に影響が及びます」


カリンは微かに目を見開いた。窓の外の門を見つめる。あれに何かあれば、大変だ。


だがー

カリンは首を傾げた。

「あれは、デジタル情報じゃないから、大丈夫ですよね...」


「情報自体は無事です」

マリアは淡々と続ける。

「ただ、スライド機構が壊れたら、装置ごと使えなくなります」


「ブラウニーさん。

万が一に備え、バトン使いを追加派遣します。エメラルドで、手続きしてきてください」


エリカが目を丸くした。

「手続きってアナログなんですか?」


「はい。直接行ってください」

マリアはそれだけ言うと、踵を返して立ち去った。


静寂だけが残る。

空気は、まだ僅かに張り詰めていた。


「あの子、なんか変わってる」

エリカが小さく口をとがらせた。


カリンは、パンに齧りつくアンバーと、目つきの鋭いエリカ、それから自分の懐に目を止めた。

この3人も、中々変わってはいるー


心の中でそう呟いた時、アンバーが元気に立ち上がった。


「私達も、もっとガンガン行きましょう!」

見ると、おおきなパン袋はくしゃくしゃに丸められ、手中に握られていた。


「食べるの早っ」

エリカがぎょっと目を見開いた。


やはり、このメンバーが1番変わっているかもしれない。カリンは思わず笑った。


◇◇◇


食堂を出て自室に戻ると、携帯端末に父からメッセージが届いていた。


「明日、アイリーの誕生日祝いをするぞ。」


それだけだった。戻って来いとも、急げとも書いてない。


だが。

カリンはシフトを思い出し、明日が休みであることに気づいた。


翌日、カリンはフランチェスカ研究所を出て、アクア行きのゴンドラに乗っていた。


閑散としたツンドラの大地が、次第に緑へ変わっていく。

やがて建物が増え、街の喧騒が見えてきた。

長い空路を経て、ゴンドラはアクアのエメラルドへ到着した。


カリンは上着を脱ぎ、手で風を仰いだ。アクアは暑く感じる。


「元気だったか」

父は相変わらず、小柄で気が弱そうだった。


「うん」カリンは頷いた。


エメラルドを出て、華やかなアクアの街を、磁気車で抜け、街の外れ付近で降りる。


緑の並木道が風に揺られ、柔らかなアイリスの香りがした。


道の先に、高いマンションがあった。メゾン荘だ。

カリンは、父と共に、黙って歩き出した。


無意識のうちに、カリンは懐の青い石に触れていた。


"魔法の石"

アイリーが絵本を読んでくれたことを思い出す。


"石はあおい。石はキラキラ。石はふわふわ"


ページをめくるたびに、石の絵が変わっていく。

カリンの小さな指が、絵を指さし、「あおい」と反復するたび、アイリーが小さく頷いた。


"ほら、これ魔法の石みたい"


長い藍色の髪。前髪の隙間から覗く笑顔。


アイリーとやる石集めが楽しくて、カリンはいつもポケットいっぱいになるまで詰め込んだ。


幼いむちっとした手で石を見せると、いつも柔らかな手で包み込み、喜んでくれた。


カリンはもっともっと不思議なものを見つけたかった。

変な形の石、綺麗な色の石、キラキラした石ー


もっと喜んでほしい。もっと褒めてほしい。


夢中になって探すうち、好奇心は願望に変わっていった。


――不思議な石を見つければ、何かが叶う。


わくわくと地面を探る手は、いつからか、焦燥感に駆られる手へと変わっていた。


◇◇◇

帰りのゴンドラで、エリカと鉢合わせした。父にエリカを紹介すると、「お友だちができてよかったなぁ」と目をほそめていた。


ゴンドラ機内。

向かい側の席でエリカが尋ねてきた。


「何かイベントですか?」


短い休暇で帰省している以上、そう聞かれても不思議ではない。


「母の誕生日祝い」

カリンは小さく笑う。 


「いいですね」

エリカは淡々と答え、にこりと笑った。


「エリカちゃんは、手続き大丈夫だった?」


そう聞いた途端、エリカの目つきが僅かに尖った。


「最悪です!」

「アリスさんとクララさんが、バトン使い兼任だから、中々許可してくれませんでした」


エリカはぷりぷり怒りながら、腰に手を当てる。ツインテールの先が微かに揺れた。


「普通、出すよね…。死領域付近だよ」

カリンを同情込めて言った。


「本当ですよ!」


ゴンドラは静かに走り続けた。




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