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3章 死領域

中央館の一室に一堂が集まっていた。


スモークガラス越しの光で、一階はぼんやりと明るい。

吹き抜けの二階作業エリアは暗く、端末の大画面が照明代わりだった。


「やっぱり、研究長、この人か」

「そりゃフランチェスカ研究所だぞ?」

「うわ…」


何人かが資料を手に、ひそひそ噂している。


カリンは急いで後ろの席に座った。 


「研究長、どんな人なんだろう」

思わず疑問の声が漏れてしまった。


きっと眼光の鋭い強面の男性に違いない。そして口数少なく、表情だけで人を支配するのだ。


◇◇◇

定刻きっかり、扉が開いた。

ざわめきは静まり、ヒールの足音が場内に小気味よく響く。


白衣を着た長身の若い女性が入ってきた。


黄金の髪を艶めかせ、長い睫毛に潤んだ瞳。髪は横でふわりと結び、柔らかな印象を与える。


ステージに立つと、くすりと少女のような笑みをこぼした。


「研究長、フランチェスカ・フランソワーと申します。皆さん、ご機嫌麗しゅう」


華奢で縦長の体に小さな顔が中心に視点を惹きつける。


カリンは拍子抜けしてしまった。

(綺麗だし、優しそう)


フランチェスカは端的にこう言った。


「…皆さんがここに招集された理由は一つ。

死領域が徐々に南下しています。

私たちは、その対策チームとなります。」


短い宣言だった。

それ以上、彼女は何も説明しようとしない。


皆の表情が引き締まる。北に370km。死領域は南下している。


◇◇◇


フランチェスカはふと表情を緩めると、頬に手を当て、気が抜けたように言った。


「では、皆様にも自己紹介でも、してもらいしょうかね」


前列から一人一人、自己紹介が始まり、

隣の席、ボブヘアの女の子が立ち上がった。


「私、アリス・アリア。初任研究員です。」

さっさと座る。


そのまま、場の空気は淡々と進むかと思われたが――


妙にハキハキとした声が響き渡った。


「わたくし、エリカ・ブラウニーと申します。

エメラルド研修生として、こちらで事務を担当します!よろしくお願いいたします!」」


ツインテールの小柄な女の子。エリカだ。

勝ち気な顔立ちで意気揚々と話す彼女は、誰よりもやる気に満ちあふれているように見えた。


皆が彼女の自己紹介にポカンとしていると、次の者が空気を一転させた。

冷徹な声が静かに発せられる。


「マリア・ルイスです。

エメラルド3回生、12歳です。」


可愛いらしい顔立ちとは反して、髪をきっちりと後ろでとめて、この世の誰よりも冷たい表情を浮かべていた。


「あ...」

カリンは思わず声を出した。マリアは、先ほど肉食花を受けとった少女だったからだ。


遂に、通路の向こうに座っていた琥珀髪の女の子に番が巡ってきた。彼女はすっと立ち上がり、ニコリと笑った。


「私、アンバー・クレバーです。

行政長官の命でやってきて、この研究チームの監視します。」

彼女は両手で望遠鏡を作りながらそう言うと、何人かが眉を潜めた。


が、おかまいなしに、アンバーは明るく続けた。


「物理はさっぱり。みなさん、教えてくださいね!」


最後の研究員は、長い流し前髪から丸い目を覗かせた小柄な少女。

アンバーの隣で、カリンは極度に緊張していた。


「わっわたくし、カリン・リーニャ。初任研究員です。年齢は17歳。」


言った瞬間、しまった、と思った。


「趣味は...作曲、ジャンルは問わず...」


何を言ってるんだろう。

でも止まらない。


「音楽は...音楽は世界を救います」


場がしんと静まり返った。

カリンは肩を硬直させたまま、静かに座る。


と、その時。

「音楽、良いですね」


フランチェスカが微笑んだ。

「柔軟な発想には、芸術的感性が必要です」


◇◇◇


カリンはアイディア班に属していた。名ばかりで、実際には新人の集まりだ。

器具の使用は許可制でほぼ雑用係。


取り敢えず、配布資料を読まねばならないが

表紙のクセが強い。


『機密組織A』と真ん中に堂々と書かれている。  

意味深な雰囲気を醸し出すフォントに、ゴロマークまで。


「ネーミングだっさ!」

ボブヘアの少女ーアリスが、隣で資料を投げた。


「研究長が考えたんですかねぇ」

カリンが苦笑すると、通路挟み向こう側から声が飛んできた。


「死領域って、どうして平面だって分かるんですか?」


アンバーの声だ。事務員のエリカに話しかけているらしい。

興味をそそられ、カリンはつい耳を傾ける。


エリカは言葉を選ぶように短く告げた。

「――あれの“形”を演算しているのは、人間じゃありません」


「えーじゃあ何ですか?幽霊?宇宙人?」

アンバーが質問を重ねる。


「国のインフラの根幹をなす、巨大クラウドシステムです。」


「始めて聞いた。こらっ勉強不足だぞ。」

アンバーが自分の頭を軽く叩いておどけるが、エリカは淡々と続けた。


「計算方法の詳細は、国家機密です。

ただ……結果だけが提出されます」


アンバーは目を丸くした。

「結果“だけ”?仕組みは?」


「分かりません」

エリカはきっぱりと言った。


「誰も分からないんです。」


「じゃあ、南下もクラウド演算の結果?」

アンバーが訊ねると、エリカは両手を腰に当てて言った。


「私はあなたの案内係じゃありません。資料を見てください」


「これは失礼!」

アンバーは手を叩き、資料を覗き込む。

「事件の軌道を追えば移動してるってことね。へぇ」


少しして、アンバーはカリンのそばに立ち止まった。


「北緯70°を貫く平面上。

移動は失踪事件の軌道から、平面という形はクラウド演算から分かっている......」


「なんか、わくわくしてきたぁ!超楽しいかも」

アンバーがおおきく声をあげたので、カリンは思わずみあげた。


目が合うとニコッと黒目がちな目で笑いかけられた。

もしや、彼女、非日常を楽しんでいるのではー


カリンの中にそんな思いがよぎった途端、喉の奥からどっと何かがこみ上げてきた。


好奇心だ。


「えへへ。」

カリンも笑いかける。

「でも、そのクラウドシステムって優秀なんですねぇ」


「中核って言うらしいですよ!」

アンバーが元気に資料を差し向けてきた。


カリンは驚いて、自分の資料をめくり、該当ページを開く。


そこにはたった2行でこう記されているだけだった。 


アクア国の通信、電力、エネルギーの根幹を成す演算処理機構。通称ー中核。


◇◇◇


午後、ミーティングにてーーー


「ご存知のことかとは思いますが、1年ほど前から存在が分かった謎の領域

通称、死領域について、今一度知識のすり合わせをします」


研究長フランチェスカが手元の端末を操作すると、部屋の中央に、巨大なホログラム映像が浮かび上がった。


丸く青い球体――その頂部を黒い平面が貫いている。この惑星と死領域の縮図だ。


「死領域平面は、北緯70度付近を一周すると考えられ、その場所に入った人や動物は、ほぼ確実に失踪します。


物は消えません。なぜか、人や動物だけが消えるのです。

生還例は、0.0123%」


「死領域について、分かっているのは形だけ。

それからー」


フランチェスカは声を落とした。


「徐々に南下しているということ。

南下速度は、推定時速29m」


フォログラム上の平面は北極から南下し、赤道へ向かっていきー


「このままだと50年以内には、この惑星は全土で死領域を通過することになります」


アニメーション上の惑星は、完全に輝く平面をくぐり抜けた。


辺りに冷たい空気が流れる。

小さく眉を潜める者、瞼を下ろし静かに受け入れる者、肩を下ろし脱力する者ー


カリンの隣でアンバーは、背筋をぴんとのばし、まっすぐモニターを睨見つけていた。


「そんな話、おかしいでしょ!」

後方から、男の声が響いた。


諜報員——一般市民から選出された監視役だ。

恐怖と衝撃に、語尾が微かに震えている。


「南下し続けるとは、限らないじゃないですか!!」


「そうです。」

フランチェスカは柔らかに答えた。


「何も分からない。

死領域がどういった存在でなぜ、人や動物だけを飲み込むのかも。

もしかしたら、途中でふと消えてしまうかもしれない。

これはあくまで、回帰曲線の延長線上での話です。」


「同時に他惑星移住計画も並行して進捗しているところですがー」


フランチェスカはそこで言葉を切り、資料から顔を上げた。


「—アンバー・クレバーさん」

突然名前を呼ばれ、アンバーがびくっと肩を震わせる。


「はい!?」


「あなたは行政長官からの監視員として、この場にいますね。

行政長官からは、何か指示を受けていますか?」


アンバーは一瞬戸惑ったが、すぐに胸を張った。


「えっと…『どうせなら、この惑星を守りませんか?』って感じのことを言われました!

つまり—私達、英雄ってことですね!」


場内がざわつく。

アンバーは目を輝かせたが、すぐにがくりと肩を落とした。


「…って、私はその英雄を監視するうざい役ですけど」


フランチェスカは優しげに微笑んで続けた。


「なるほど。行政長官の意向も同じということですね。

—解決の糸口は一切見つかっておりません。

尽力しましょう」



こうして、死領域という不穏を残したまま、ミーティングは穏やかに終わりを告げた。

―そう、見えた。フランチェスカの笑みが消えた。


◇◇◇


その瞬間ー

前後の扉が叩きつけられるように開き、軍人がなだれ込んできた。 


誰かの悲鳴をあがる。


鍛えあげられた頑健な肉体と、鋭い視線が場を支配した。


全員、腰のサイドアームを抜いている。銃口は研究員達に向けられた。


誰も事態を読み込めなかった。


ただ1人、フランチェスカだけが、余裕の態度で、その様子を見つめている。口元に浮かぶホクロが笑みとともに歪んだ。


この人が誘導したのー?


カリンの額に冷や汗が流れる。

隣でアンバーの目が光っていた。


思わず、カリンは身を引いた。アンバーも軍人である。

しかし、彼女はじっと身を固め、辺りを警戒しているだけだった。


次の瞬間!

発砲音が響き渡る。


弾丸は容赦なく飛び交い、何人かが頭を伏せた。皆身を震わせ動けずにいる。


銃声の嵐はしばらく続いたのちぴたりと止んだ。

静寂の中に、音の余韻だけが残っていた。


誰かが掠れた声をあげる。


「あ...あぁー!!!」

声が崩れ、椅子が蹴散らされた。


1人が吹き抜けの階段へ走り出す。

それを皮切りに、2人、3人と部屋を飛び出した。


カリンはそっと顔をあげた。黒い染みのように、部屋中に弾丸が飛び散っていた。


近くに転がっていた弾に、思わず目がいった。

……柔らかそう。

指先が、勝手にすくんだ。

これは——玩具?


静まり返った室内で、

ヒールの音が、ひとつ鳴った。


「このように、ここでは命の保証はありません。命が惜しい人はー」

フランチェスカは真っすぐに、南の方をゆびさした。

「エメラルドにお戻りください」


「きっ危険なのはあんただろ!」

誰かが声を荒げた。


「いいえ。私は守っているのです。」

フランチェスカは伏し目がちにそう言うと、片手を優雅にあげた。


「この付近にいる得体の知れぬ生き物や、虚獣から。」


「しかし、守るのはここまで。」


フランチェスカはそう言うと、

コツコツとヒールを響かせ、分厚い紙の束を取り出した。


「戻っても査定には響きません。

しかし残るならー」


次の瞬間、紙が宙を舞った。

白い紙片が、部屋中をひらひらと落ちていく。


「命は自己責任。同意書に署名を。」


淡々と言葉を紡ぐフランチェスカの姿は、舞い散る白い花びらの中に佇む令嬢のようだった。


しばらくのあいだ、誰も動かなかった。


床一面に散らばっているのは、「同意書」と呼ばれていた白い紙だ。


紙片の間を、踏み出す音。

誰かが紙を拾い執筆を始めた。


すると、次第に他の者たちも、紙に手をのばしていく。

革靴が当たり、玩具の弾が床を転がる。


フランチェスカは箒を持ってくると、何事もなかったかのように掃除を始めた。


微かに鼻歌をうたいながら弾を集めるその姿は、一見すると若奥様のように穏やかで、優しげにすら見える。


逃げ出した者たちは、戻ってこなかった。

呼び止める声も、引き留める命令もない。

まるで最初から、数に入っていなかったかのように。


カリンは足元に落ちた一枚を拾い上げた。

手元が、わずかに震えている。


しかし――

ここで立ち止まることも、逃げ出すことも、カリンにはできなかった。

逃げること自体が、悪いわけではない。


それでも彼女は、理屈ではない衝動に突き動かされ、胸ポケットからペンを抜く。


カリン・リーニャ

そう署名された紙は、静かにフランチェスカの手中へと収められた。


やがて、誰かがパソコンを立ち上げる。

キーボードを打つ音が、日常業務の再開を告げるように、室内に広がっていった。


――意外にも、残った人数は多かった。



※文中 死領域南下50年の根拠について


死領域の速度=時速24m

死領域の現在位置=北緯70°

地球の周径=40,075km

緯度1°に対する周径距離=40,075km/360°≒111.3km

北極から北緯70°までの距離=111.3km×20°≒約2,226km

北緯70°から南極までの距離=12,742km-2,226=約10,515km

死領域が南極まで到達する時間

=10,515km÷時速24m≒50.01年  


【追記】

誤りがあったら申し訳ありません。ご指摘いただけると幸いです。


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