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11章 深まる謎

「カリンさん!速く降りますよ!」

エリカの声で我に返る。


死領域は毎秒0.67センチで迫ってきている。このゴンドラをくぐり抜ける前に、脱出せねばならない。


『死領域、ゴンドラの先端に今達しています』

無線機ごしにアンバーが言う。


「今降ります!」

エリカはそう言うと、

腰のハーネスを確認し、深呼吸をする。


カリンもハーネスを装着し、無線機を腰にしまった。


そして――飛び降りた。



冷たい風が吹き付け、体が揺れる。

2人は慎重にワイヤーを伸ばしていく。足元の大地がゆっくりと近づいてくる。


手がかじかみ、自然と口ががくがく震え出す。寒い...


その瞬間、ゴンドラが動き始めた。


「え、なんで!?」

空中でエリカが声をあげる。


「ふ...復旧したんだよ...」


タイミングが悪い...。ゴンドラは施設のほうへと戻っていく。本格的に加速する前に降りなきゃならない。


「速くしよう!」


2人は必死に姿勢を保ちながら、グリップを回し続ける。


やがて、体を伝わる風圧が増した。

加速している。


ゴンドラの引く力が強まり、ワイヤーが強くベルトを引っ張った。


「速くっ」


風は強く、体を煽る。

足元で、白い地面が流れていく。


片足がようやく地面に触れ、雪を削った。


カリンは両手でワイヤーを握ると、ハーネスのロックを外し、ベルトを脱ぎ捨てた。


ワイヤーの支えを失い、体が後ろに傾き、氷にすべる。

尻を打ち付けた。


「いったー」

しばらく悶絶する。今日何回体をぶったことだろう。


カリンは腰を触りながら、片目を開けた。その瞬間、ひんやり冷たい衝撃を受けた。


柔らかい。

薄めを開けると、琥珀髪の女の子。


アンバーだった。彼女は足元の雪を丸めていた。


雪団子を投げられたのだと気付く。


「ありがとうございます!取り敢えず、一件落着です!」

アンバーが楽しげに言う。

カリンは体をがくがく震わせた。


「さ...寒い!」


3mほど先には、エリカが転がっていた。上体を起こして彼女も震えている。


「もう〜ふたりとも、寒がりさんなんだからー」

そう言うアンバーは、軍服姿だった。


彼女は、背おったリュックをおろし、外套を2着、それぞれ渡してくれた。


エメラルド支給のものだ。身にまとった途端、うそのように体が温まる。


「アンバーさんは、寒くないんですか?」

エリカが聞くと、アンバーは胸を張った。


「ま、体が本分ですから!」


それから、足元の雪を丸め、エリカに投げる。


「ちょっと、やめてください」


「ほらっ動かないと温まりませんよー」


「子どもじゃないんですからっ」

エリカは立ち上がり逃げ惑う。



少し遠くにジェット機が止まっている。その前に、フランチェスカが立っていた。


カリンはゆっくり歩き、彼女の元へと向かう。


「あの...あのっ。ありがとうございました」

カリンは頭をさげる。


「何のことですか?」


「私達に協力してくれましたよね?」


「あぁ...これも長としての義務ですから」

フランチェスカはそう言って不敵な笑みを浮かべた。


「それに、なにより」

強調するように声が増す。

「М体の生態を知れましたから」


フランチェスカの視線の先には、うごめく巨体の姿があった。


死領域に絡めとれたМ体。


カリンは眉をひそめた。先ほどとは動きが違う。横移動だー

まるで見えない壁に沿っているかのよう


死領域から出れないのであるー


「それよりー

死領域付近の定点カメラの映像、見ましたか?」

フランチェスカの声で、カリンは視線を彼女に戻す。


「定点カメラ...?」


「あれが南下を始めた理由が分かりました。」

フランチェスカはそう言うと、タブレットを取り出した。


液晶画面が、雪一色の世界を映し出す。一点、異質な存在があった。

М体が奇怪な動きをしている。


今遠くに見えるものと、全く同じである。見えない壁にまるで沿っているかのような動き。


「これは、南下するまえの映像ですか?」

カリンが聞くと、「そうです」とフランチェスカ。


暫く同じような映像が続いた。

次の瞬間、氷河と雪の塊が押し寄せてきた。


雪崩である。白の塊は留まることを知らず、М体を飲み込んだ。


巨体が僅かにずれる。

雪崩が止んだ頃、雪の中からもぞもぞとせり出してきた。


「あれ?」

カリンは首を傾げた。


「そうです。М体は、自分からは死領域を出れない。でも、外力が加わると、抜け出せるのです」


「どういうことですか...?」


「死領域は、4次元空間につながっている可能性がある、ということです」


カリンは首をかしげた。

「人や動物だけが消えるほどの歪みなら、この惑星はもたないはずです」


フランチェスカはゆっくりと首を振った。

「空間の歪みとは言っていません。」


「では、なんですか?」


「それは分かりません。それを調べるのが、私達の仕事なのです。」


◇◇◇

それから数日後。


「寒い」

カリンは外套の襟を引き締めた。


施設の屋上に立ち、北の方角を眺めていた。


「はい。モルトココア」

同期のクララが、湯気を立てて、飲み物を渡してくれた。彼女の右腕は骨折し、肩から吊っていて、あの日の惨状を物語っていた。 


「ありがとう」

カリンが受け取ると、クララはにこりと笑った。

 

2人はしばらく、黙ったまま、熱々のカップに息を吹きかけていた。熱気が肌に当たり、冷たい頬が僅かに湿る。


口につけると、喉に甘さが広がり、身体をあたためてくれた。


クララは地平線の彼方を見つめ、静かに聞いてきた。

「カリンちゃんは、エメラルドに入って良かった?」


カリンはカップから顔をあげた。それからしっかり頷く。「うん。」


色々疑問に思うことはあるけれど、この仕事はやはり面白い。


「この施設は...もってあと1年くらいかなぁ」

クララはココアを両手で包み込んだ。


悲しげに言う彼女の顔を見て、カリンは静かに察した。

死領域のことだ。

今も南下し続けているそれは、この辺りなどすぐに飲み込んでしまうだろう。


だから、いつしかカリンは、屋上から景色を眺めるようになった。


地平線の彼方は、遥か遠くに感じられた。

2人は白い息を吐いた。


音響装置の低い稼働音が、小さく響いている。


クララが去って1人になっても、しばらくカリンは見つめていた。北の方。


ふと背後から、身軽でいて慎重な足音が近づいてきた。

アンバーだ。


すぐに気付いた。いつものくだけた様子はない。目つきに鋭い洞察の色が光り、こちらへ向かってくる。


「カリン・リーニャさん。あなたー」


「懐に、何か隠してますか?」


一瞬、時が止まる。

鼓動だけが、速く動いていた。


「無意識に懐を触る仕草ー

それも、ことМ体の話になったとき見られます。」


アンバーは、顎を引いた。

体は一切揺れず、口元だけが動いている。

軍人の話し方である。


「もしかして」

アンバーはゆっくりと、カリンの目を射抜いた。


中核。バレたらきっと没収される。それだけじゃない。

国の希少品。尋問されるだろう。 


カリンは無意識に拳を握り締めた。


「懐に、バトン入ってますか?」

アンバーの声がふわっと響く。


「え...?」

意表を突かれ、声を漏らす。


「バトン持ってる人、バトン懐にしまいがち 」

アンバーは指をぴんと立てた。


カリンはそっと、懐に手を忍ばせ、硬いスティック状の棒を取り出した。白く輝くバトン。


横に振り、シャフトをのばすと、元からその長さの棒だったかのように、どこにも継ぎ目が見えないほど滑らかに伸びきっていた。


「うわーきれい...」

「もうっ」

アンバーがカリンの背中をばしっと叩く。

「バトン使いなら、言ってくださいよ!」


その姿は、いつもの彼女に戻っていた。


「バトン使いじゃない。母からもらったの」


カリンは、バトンを見つめた。


アイリーの遺品ー

清楚でお姉さんのような、継母だった。


実母は知らない。けれど、カリンにとって、物心ついたときからいる存在だ。


カリンは、バトンを縮め、懐に戻した。


ぱたぱたとかけてくる足音。ツインテールの先を揺らしながら、エリカがやって来た。


「報告です。私達3人、研究長の直属の助手になりました!」

声は弾み、珍しく感情が乗っている。


きっと評価じゃない。利用だ。

それでも、カリンは嬉しかった。一歩研究者に近づいたきがした。


「えーこの3人...」

アンバーがおおげさにうなだれる。

その様子に、カリンは思わず苦笑する。


「...仲良くしようよ」


「はいっもちろん。死線を超えし仲間ですから」


「仰々しいですね」

エリカがすかさず言う。


「ただ、お2人を監視しても、なーんも、出てこないですしっ」

「もっと、わるそーな人間のほうが、楽しいんです」

アンバーがそっぽを向いた。


「あなどりすぎです」エリカがつり目をあげた。


カリンは思わず笑った。「何かあるかもしれないよー」


そう言った時、胸が微かにざらついた。

いや、アンバーはさっき確かに疑ってきた。まるでカリンの反応を見ているかのようだった。


地平線の彼方へ顔をみやる。死領域370km。

まだ遠い。


だが、確実に近づいている。カリンはぎゅっと拳をにぎった。


『1話完』つづく


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