引きこもりと幽霊
午前二時の静まり返った街を僕はぶらぶら歩いていた。この時間だと誰ともすれ違うことがないから安心して散歩することができた。頭上では月が輝いている。
住宅街の少し奥まったところに神社があるとネットに書いてあったから行ってみると、家屋に囲まれた広場みたいなところに確かに小さな祠がある。向かい合った狐の像があり、榊と酒が供えてある。
僕は目をつぶって合掌しながらしばらく祈っていた。学校のことやこれからの人生のこととか。
「ねえ」
僕はびっくりしてあたりを見まわした。すると着物姿の女の子がこっちの方に歩いてきた。
「こんな時間にこんなところで何をしているの」
それはこっちのセリフだよと突っ込みたかったが、僕は答えた。
「参拝」
「へえ、偉いじゃん。今時、自分から参拝する子ってあまりいないよ。きみ、中学生だよね。何祈ったの」
僕は答えなかった。そして言った。
「それより、なんでそんなかっこうをしているの。こんな時間にこんなところで何してるの」
すると女の子は「ふふっ」と笑って言った。
「自分でもわからないんだ」
「もしかして幽霊?」
「そうかも」
恐怖は感じなかった。殺されても呪われてもどうでもよかった。僕のくだらない人生なんて。
女の子は言った。
「怖い?」
「全然」
「わたしを見て怖がらない人、初めてみた! 心が強いんだね」
僕は苦笑した。すると女の子は徐々に透明になって消えていった。
次の日、また同じところに行ってみた。すると、女の子は祠の近くで体育座りをしてぼんやりしていた。
「また来たんだ」
「うん」
「暇だからさ、話し相手になってくれない?」
「いいよ」
彼女は記憶を失っていて、気がついたらここにいた。名前も思い出せないという。
「レイさんって呼んでいい?」
「幽霊だから?」
「安直だけど」
「いいよ」
「僕は瞬。よろしく」
それからいろんな話をした。人と全く会話しない生活を続けていたから、たとえ幽霊が相手であっても楽しかった。レイさんとなら、なぜか安心して話をすることができた。
深夜しか外に出られず、学校に行けないと言うと、レイさんは微笑みながら言った。
「わたしと同じだね。わたしもこの時間帯にしか活動できないんだ」
二時間以上話しただろうか、僕が家に帰ろうとすると、彼女は言った。
「また会おうね」
僕は「うん」と答えて帰った。
翌日、熱が出た。体が非常にだるくて外に出るのは難しかった。午前一時ごろ、部屋でぼんやりしていると、突然、
「おじゃましまーす」
という声とともにレイさんが現れた。
「うわ!」
「びっくりした?」
僕は頷いた。
「壁を通り抜けられるなら早く言ってよ。びっくりした」
「へへ。すごいでしょ」
それから毎日、彼女が来るようになった。そうして一年、二年と過ぎていった。気がつくと、僕は十八歳になっていた。相変わらず、僕は引きこもりのままだった。
ある日、レイさんは突然言った。
「さよなら」
その日から、彼女は家に来なくなった。祠に行っても見つからなかった。僕は気がおかしくなった。食事もできなくなった。病院に入院した。そして徐々に回復していったが、退院するころには、外に出るのが怖くなくなっていた。
それからさらに十四年がたった。三十二歳になった僕は、元気に会社で働いていた。
ある日、ふと思い出して祠に行ってみた。
「さすがにいないか」
僕は合掌して祈りを捧げた。すると、
「ねえ」
そこには以前と変わらない姿でレイさんが立っていた。
僕は言った。
「久しぶり」
彼女は微笑んで言った。
「久しぶり。元気みたいだね」
「うん」
しばらく沈黙が続いた。
「レイさんがいなくなった理由、いろいろ考えた。僕のために、いなくなったんだよね」
彼女はきまり悪そうに「えへへ」と笑った。
「わたしがいると、瞬さんはいつまでも家に引きこもったままだと思ったんだ」
それから思い出話や現況についてたくさん話した。
「また、家に来ない?」
すると、レイさんは、
「ごめんね。行けない。瞬さん、心が強くなったよね。心が強い人とはずっと一緒にはいられないんだ」
「そっか。またここに来たら会える?」
彼女は笑顔で言った。
「うん」
それから、毎日会いに行くわけではないが、苦しいことがあった時などレイさんに話を聴いてもらうようになった。
そして僕は八十歳になった。体が衰弱していき、間近に迫る死という現実が恐ろしかった。
ある日の深夜、レイさんが現れた。
「へへ。来ちゃった」彼女が言った。「怖くないよ。安心して」
僕たちはそれから死ぬまで一緒にいた。
そして、死んだあとも、一緒に暮らしている。
永遠に。




