1時1分「舞台上の観客席」
作者の趣味・癖全開ファンタジーです!
いろんな種族や設定が半端ないほど出てきますので、置いてかれないように頑張ってください!!!
残暑が残る豊然月16日。冬に備えて干した魚の生臭さと、今朝近くの山で採れたきのこと山芋のバター焼きの香ばしい匂いが秋の訪れを感じさせる。お気に入りの椅子に揺られつつ読書を楽しんで、全身でこれでもかと秋を堪能していると、キッチンの方から父の弾んだやや低い声が聞こえてきた。
「メシできたぞー!机の上かたしてくれー」
その直後、居間にいた母が机を片付けながらこっちを見ずに僕を呼ぶ。
「朧ー、冴霧呼んできてー、多分庭にいるからー!」
今いいところだったのにな、と思いつつ渋々と本に栞を挟み、近くの棚に置いて縁側に向かう。確か兄がいたはずだ。障子を開けると、案の定兄は庭にいた。庭に植わっている蜜柑の木の近くにしゃがみこみ、なにやらせっせと作業をしている。
「冴霧、夜ご飯。」
特に興味もなかったので必要事項だけを伝えると、兄はエルフ特有の横に長い耳をピクッと震わせ、勢いよく振り向きながら若干飛びはねがちに立ち上がりこちらに向かって小走りでやって来た。手には両手を広げたぐらいの四角い木箱と小枝を二本持っている。それを見て僕は冴霧が手に持っているものに察しがついてしまった。
「おー、メシか!ありがとな。」
これはもしや、と思った。正直、結構苦手である。
「朧、見るか?今日は結構捕れたんぜ」
そう言って小さな木箱の蓋を開ける。そこにはうじゃうじゃとうごめく茶や緑色をした20匹ほどの揚羽蝶の幼虫がいた。とても夕飯の直前に見るものではない。目を逸らしつつ後ずさりすると、あろうことか冴霧は小枝を箸のように使ってひょいと器用に緑色の幼虫を持ち上げてこちらに近づけてきたのだ。僕は慌ててずさずさと後ずさりしながら悲鳴をあげる。
「遠慮しとく。僕マジで無理だからっ、やめろ冴霧これ以上それを近づけるな、おい!双子の兄としてお前何年僕と一緒にいるんだ!!20にもなってそれはないぞ冴霧ぃ!いいから手ぇ洗え飯だやめろ!」
い゛い゛い゛い゛い゛やあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!と、大人げない成人男性の悲鳴が家中に響き渡る。
「冴霧やめなさい!朧もいちいち叫ぶな五月蝿い!」
ついでに母の怒号も響く。
冴霧は渋々とといった様子ではぁいと返事をすると幼虫を箱の中にしまい、庭に小枝を投げ捨てて自室に向かった。ほっと一息ついてから居間に向かい、机の上を確認する。すでに人数分の香ばしい香りを放つオムライスとスープ、サラダが置かれていた。コップと箸とスプーンが足りないので、キッチンに向かう。するとキッチンで軽く洗い物をしている父を目が合う。食器棚では母が箸とスプーンを手に持っていた。
特に話したいこともなかったので、なんとなく目を逸らし、乾燥棚に置かれたコップを手に取り机に並べる。一応まだ運んでいないものがないか訪ねたが、特に無いようなので椅子を引いて自分の席に座る。こうして自分だけ座っているのはなんとなく気まずいな。と思っていたら、手を洗って戻ってきた兄が、まだ運んでいないものがないか訊いてきたので、無いと答えると兄は自分の席に座った。程なくして母、父と、全員が食卓に座る。父が両手を合わせると、他3人も手を合わせる。
「いただきます。」
特に合図をしたわけでもなく全員の声がそろう。この独特のリズムがなんだか心地よくて少し好きだ。
いつもの3人でやるのもいいが、父が入るともっと気持ちよい。そのあと数秒、スプーンや箸を手に取る音、味噌汁やオムライスのはじめの一口をそれぞれ食べる音が静かに鳴る。僕ははじめにオムライスにスプーンを突っ込み、少し息を吹きかけ冷ましてから一口目を食べた。ふかふかの卵に封じ込められた、秋の味覚が混ぜこまれたチキンライスは暖かく、口の中でとろける。しばしこの感触を楽しみながらゆっくり飲み込んで味わう。静かにカシャカシャと食器がぶつかる音が響く。この空気は割と好きなのだが、がたいがよく、少し威圧感のある父が前の席にいるせいで少し気まずい。父の料理はおいしいのだが、母と席を交換してもらえるともう少しおいしく食べれるのにな、などと考えていると、横からよく通る声で元気よく父に話しかける声がした。
「そーいや今回はちょっと遅かったな、なんかあったんか?」
「少し内乱が起きちまってな、遠征中の隊が1つ壊滅寸前になっちまって、それのカバーが大変だったんだ。お陰で耳がちっと削れちまった。」
ははは、と父は笑い飛ばしているが、帰るのにいつもの4倍ぐらいかかっているのだから絶対ただ事ではないはずだ。ついでにそんなに気にも止めていなかったが、確かに父の左耳が少し欠けている。傷口が綺麗になっていたので気づかなかったが、間違いなく巻き込まれたのであろう。革命家のリーダーとしてそれは危なっかしいのでやめてほしい。
「結婚枝輪じゃなくてよかったわ。」
母が冗談混じりに隣に座る父の登頂部から生えている大きくて細長い彼岸花の葉にについている銀色のピアスに手で触れる。頭葉族では結婚をした証として頭の葉に互いにピアスを飾る風習があるのだ。
「だからって耳が欠けていい訳じゃないだろ。」
「それもそうね。」
「てか結婚枝輪だけイかれるってなくないか?」
「そのときは頭ごとバーンっていかれてるわね。」
全く僕の家族は笑いながらなんて物騒な会話をしているのだろう。なんてことを考えながら1人黙々とオムライスを食べていると、正面でスープを片手に持った父が話しかけてきた。
「そういえば、朧は最近何してたんだ?」
できれば話しかけないで欲しかった。この場合、「読書をしている」と答えたら、「何の本読んでるんだ?」で、そのつぎは「お前は母さんに似て剣術がうまいんだから少しぐらいやったらどうだ?」だろう。
最低限の会話で済ませるために、とりあえず「読書。『彼岸の姫君のために』って本。」と答える。
すると少し意外な答えが返ってきた。
「そうか、本を読めるのはいいことだからな。明日本屋にでも行くか、好きなの買ったる。」
と。あえて「読めるのは」と言ったところ、きっと今回の騒動で何かあったのだろう。
ありがとう。とだけ返事をすると、また父、兄、母が話し始めたので、耳を傾けつ今度はサラダにドレッシングをかけてほおばる。父がいなかった時の話、家族に会えなかった時の話、大きな事件から日常の小さな出来事まで、お皿の中身がすっかりなくなったあともしばらく話していた。気がつけばすっかり夜も更け、食卓は空になった皿と酒とつまみだらけになっていた。兄が自室から日記帳を持ってきて父に見せようとページを開いたとき、少し、ほんの少しだけ焦げ臭い臭いが鼻を掠める。気のせいかなと少し首を傾げると、酒によって頬を赤らめていた父の顔色がたちまち青ざめてゆく。表情は怒りが滲んだ真顔になり、冷や汗が垂れる。
「今すぐ地下室から外に出てそのまま海に逃げろ」
低く、真剣な声。それは紛れもなく革命家としての指揮官の声だった。
あまりに突然のことで一瞬体が反応しなかったが、すぐに状況を理解する。父は革命家、最近内乱が起こった直後。当たり前だ。むしろ襲撃が無い方がおかしい。住宅警備が裏切ったんだ。母はポケットの中から鍵を取り出して日記帳をを持ったまま顔を青ざめている兄に鍵を渡す。
その表情は笑顔で相手に安心感を持たせようとしていたが、頬がひきつってうまく笑顔を作れていない。
「いい?よく聞きなさい。簡潔に伝えるわ。海に飛び込んだら長い黒髪のお姉さんがいるはずだから、彼女の指示に従って逃げるのよ。きっと彼女は貴方達の助けになるわ。」
母は僕と兄にフードがついた黒い羽織を渡して背中を押す。この間にも、どんどん焦げ臭さが増している。もうキッチンには火の手が迫っている。時間がない。
母と父はそれぞれ銃や剣を持って振り返る。
「愛してる。二人でちゃんと、幸せに生きてね。」
特に合図をしたわけでもなく、2人の声がそろう。その独特のリズムが、今はどうしても辛い。
僕たちは、背中を押されるままに走り出す。振り向いてはいけない。それでも、どうしても、後悔しないために。
「母さんっ父さんっ」
「あ゛い゛し゛て゛る゛っ!」
2人の、涙と鼻水でグシャグシャになった声が重なりあう。これで最期だと、解ってしまったから。
残暑が残る豊然月16日。死体の生臭さと、今夜海の隣の家で、家族の幸せが目の前で焼け焦げる臭いが戦場の訪れを感じさせる。お気に入りの椅子も、明日が少しだけ楽しみになった本も、全身でこれでもかと熱気を浴びて、もう取りに行けない幸せを駆け足で置いて行くと、キッチンの方から両親の決意に満ちた声が聞こえてきた。
やっとのことで外に飛び出た僕たちは、今にもすべてを飲み込んでしまいそうなほど真っ暗な海に向かって走る、走る、走る。逃げているときの記憶はない。それ以上に、分かっていた現実から目を背け続けた反動が重くのしかかっていた。せめて、昨日から、もっと、10年だって20年だって前からやり直したい。背後に燃える幸せが、星月の明かりを遮って道を照らす。僕たちは今、遺された幸せとして漆黒の海に呑み込まれに。
次回、1時5分「2つの辛いに、線は一本しか足せず。」




