ケース② 田之上官房長官とエリカの場合
この回は2022年2月10日にgoo blogに投稿したスピンオフ②です。
『ママチャリ総理大臣』本編に続く派生物語であり、随所に予備知識が必要な部分がありますが、あくまでgoo blog消滅前のデータ保存が目的である事情をご理解ください。
② 田之上官房長官の場合
田之上 憲治(32)官房長官は北海道出身。ついこの前まで宅配業を生業としていた。
憲治の名は、憲法を以って国を治めると書く。親がそんな高邁な理想をこんな愚息に託したのかは不明だが。まさに『親バカ』とはよく言ったものである。
3人兄妹の長男で、一番手のかかったバカ息子だった。
でもそこは長男なりに自覚を持つようになり、孤軍奮闘、バカ息子はバカ息子なりに頑張る人生を生きる事となった。
彼の実家が傾いた時、まだ17歳。何とか高校は卒業させてもらったが、大学まではとても無理と思われていた。
しかし担任の熱心な進路指導もあり、二部(夜間)の大学の推薦を受ける。
彼は隣町の公立大学二部の経済学部を卒業するまで郵便局の配達アルバイトで学費と生計の一部を支え続けた。
夏はまだ良いが、冬の北海道の配達は過酷を極める。
一晩で40cmの大雪が年に数度あり、朝起きたら雪かき、そして出勤。二輪バイクで雪の中をかき分け郵便を配達。
バイクで配達と軽く言うが、雪の中を二輪で配達するのはこの世の中では郵便配達と新聞配達くらいである。
大雪の中を漕いで歩くような配達も大変だったが、特にツルツル路面(俗にいうミラーバーンやブラックアイスバーンなども)を走行するときなど、明らかな自殺行為と同等に思える曲芸だった。
だってバイク専用スタッドレスタイヤとは言え、ただのゴムタイヤだよ。
ピカピカに磨き上げられた氷の路面をバランスを崩さず、全く滑らずに走れる訳無いでしょ?子供でも分かるよね。
現実に彼は配達途上の走行中スリップして転倒、後続車が慌てて急ブレーキをかけるも、あと30cmで頭を轢かれるところだったような経験を年平均3度はしている。何だか無駄に命を懸ける仕事をしているように思えたが、その時はこれしか仕事が無かった。
そして夕方に仕事が終わると大急ぎで大学に向かう。彼はそんな生活を5年間続けた。その間、高校生の弟と妹の学費を助け、自分の通う大学の学費を賄う。
ある意味、実に充実した青春時代をおくる事が出来た。(彼の人生に対する皮肉です。)
そんな彼にも数人の苦楽をともにした友が居た。
仕事を終え、大学の授業を終え、友のひとり、河本 秀樹の下宿で各々の今の現状と将来を語り合うのだ。
そういう時は特にもう一人の友、安嶋 本之と3人で、若しくはもう一人の友斎藤 学を交え、四人で厳冬の寒々とした4畳半の部屋の中、アラジン(ストーブメーカー)の小型ストーブを囲み、だるまさん(ウイスキーボトルの形状が、ずん胴なのがその語源)の瓶を空けるのが唯一の楽しみだった。
早く帰って寝りゃ良いのに、そんな一見無駄な生活を続けていたのでいつも寝不足で、授業の時など目を開けたまま眠る特技を習得していたほどである。
憲治の友は全員、彼女いない歴=実年齢の悲惨な生い立ちを背負った悲しい面々でもあった。
そりゃぁ学内にも女学生はいたが、非常に絶対数が少なく、男子に人気の高い女子学生は更に少なく、その希少価値から競争率は宝くじ並みであった。
そうした事情から、彼らにとってはかけがえのない青春時代であったにも関わらず彼女作りは早々に諦め、日本の将来と自分の仕事について高尚な理想を追求すべく、秘密結社『酒が飲める酒が飲める酒が飲めるゾ社』を高らかに結成した。
裂きイカと寒ダラ(タラの干物)、『柿の種』を肴に河本 秀樹(俳優の松重豊 さん似)が憲治を捕まえて云う。
「今日のお前はいつもよりショボくれてるな。どうした?財布でも落としたか?
最もその中身もお前と同じショボくれてるだろうがな。ハッハッハッ!」
「やかましい!!ショボくれていて悪かったな!こんなに毎日雪と戦っていたら疲れ果ててショボくれもするさ。アー、もう雪は嫌だ!雪の降らないところで暮らしたいョ。」
「俺は雪が大好きだ。だってさ、裏山のスキー場でスキー三昧の暮らしができるからな。」
安嶋 本之が言った。彼は中学時代、背が小さくグングリムックリだったので『豆タンク』と呼ばれていたが、高校時代になって急に背が伸び始め憲治と同じになった。
何と本之は憲治の中学、高校、大学と腐れ縁の同級生である。だからお互い恥ずかしい過去を知る一番の悪友でもあった。
「だって今は昼はお互い仕事を持ってるし、夜は大学に通いその後はこうして安下宿でたむろしてるじゃないか。いつスキーに行くんだよ。」
斎藤 学がツッコミを入れる。
「安下宿でわるかったな。」
でも此処が安下宿ではないと言ってくれる援軍は現れない。
ところで斎藤 学。
こいつは学者肌で蝶々などの昆虫収集を趣味に持ち、その他音楽好きであり、バーツラフ・ノイマン指揮チェコフィルハーモニー管弦楽団のドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』をただひたすら聴き続ける同好会を結成。憲治も秀樹も本之もそのメンバーに強制参加させられている。
「今は我慢の時サ、卒業したら会社を作り社長になってスキー三昧の暮らしを絶対実現させて見せる。」
それを聞いた三人は同時に「オー!」と唸り、盛大な拍手をした。他の三人も決してスキーは嫌いではないし。
それがキッカケでそれぞれの夢を語り始める。
憲治の番になり「僕は卒業したら世界征服する!」
「世界征服ゥ?」
「そう、世界征服。宇宙人ゴアのような円盤を作り『ムハハハッハ!』と笑いながら世界を征服するのさ。」
(1966 手塚治虫原作 子ども向けテレビシリーズ『マグマ大使 』
登場人物 悪役『宇宙人ゴア』参照)
「バカか、お前は。」
「そう、僕はバカさ。そしてその絶大な権力を使って、恵まれない子供たちにできる限り手厚い支援の手を差し伸べるんだ。」
それを聞いた3人はハッとして目を下に落とし、シーンとなる。彼らは全員家が貧しく、辛い子供時代を経験しているから。
恵まれない子供たちの実際の生活を自ら経験し、今も尚、周囲の生活環境の中、嫌と言う程見てきている。
世の中の矛盾、不平等、不条理の世界をこの年になるまで意思に反して渡り歩いてきたのだ。
此処に居る誰もがそれ等と戦ってきたし、いやでもこれからも戦い続けるだろう。
その意識が無言の共感を呼んだ。その日から憲治のあだ名は『ゴア』と呼ばれた。
憲治=ゴアは卒業後とある会社に就職したが、不器用で朴訥な性格から、いくつも職を変えている。
「自分にできる仕事はないのか?情けない・・・。」
そう思い続けながらようやくやっとありつけた職が宅配の配達だった。
「昔取った杵柄。また配達の仕事に舞い戻ったか・・・・。でもここでまた投げ出すわけにはいかない。」
彼は必死で働き続けた。【白猫香川】の宅急便で夏も冬も配達し続ける。
彼はその配達先で社会の縮図をいくつも目撃した。生活苦で一家離散する家族。
孤独死して数か月後に発見されるアパートの住人。親から放置され、いつも汚い身なりの女の子。
目頭を熱くし、ただ佇むだけしかできない自分。
憲治は配達で暮らしてきてはいたが、自分にできるもっと違う何かを探していた。
そんな時、加藤事業所長からお声がかかった。
「今東京でネット政府が公募した臨時雇いの政府高官募集キャンペーンが始まって、
この事業所にも案内がきたんだが・・・ついては君を推薦しようと思う。どうだろう考えてみてくれないか?」
「エ〜!冗談でしょ?冗談ですよね?え?マジ?・・・・ウソじゃなくて?何言ってるんですか!だって僕ですよ。僕にそんな恐れ多い仕事が務まるなんて到底思えませんよ。無理無理無理!辞退します。」
「そんな事ないサ、君なら出来る!」
(所長!アンタ、無責任でいい加減な事言ってるって自覚してるだろ?!ホントはそんな事、毛ほども思っていないくせに!多分面倒くさいから誰でもいいや、コイツを推薦しちゃえ!って思ってるっしょ?このタヌキハゲジジイ!)
「それにな君ぃ、東京は田之上君の嫌いな大雪が降ることは無いよ。たまに降っても雪の中を腰まで漕いで歩くほどではないだろうし。
そもそも、配達の仕事じゃないし。責任ある未知の仕事なのは確かだけど、サポート陣もしっかりしていると云うし、何なら友達を誘って一緒に挑戦してみたら?
いるんだろ?田之上君を助けてくれる友達が。待遇も今より良いと思うし、地方出身者には住居・その他も用意してくれるそうだし。
田之上君は真面目だし、コツコツ積み上げて成果をあげるタイプだし、社会に対する正義感に満ちあふれているし、うってつけの人材だと思うよ。」
褒められるとつけ上がる単純な僕は、友達と言うその言葉を聞いて大学時代の三バカトリオの顔を連想した。
そして彼らの協力を得られそうなら挑戦してみるか、とその気になった。
そしてその結果の配属先が天下の内閣官房長官であった。
嘘でしょ?
本当です。
首相専属教育係の板倉が、当然のようにそう言った。
内閣官房とは首相を助け、内閣府を切り盛りする責任部署。
また内閣官房の職務は、行政府のほぼすべての領域に及び、その長官たるもの内閣総理大臣の女房役と呼ばれ国務大臣を以ってその任にあたる。
つまり行政の一番のキーマンであるのだ。彼には国務大臣秘書官がひとりと特別職の大臣補佐官ひとり、各省庁から秘書官事務取扱があてがわれる。
読者の皆さんはもうお気づきと思うが、その嫌な予感は思いっきり当たっている。
つまり田之上官房長官の補佐役に河本 秀樹、安嶋 本之、斎藤 学の三バカが招集されたのだった。
本編では記述が無かったが、竹藪平助と杉本が角刈りにしたとき、実はこの三バカ達も志を同じゅうするため角刈りにしている。
この時ほど内閣で角刈りが流行った時は無かった。
エリカの場合
エリカは子供の時から親に恵まれなかった。
父は売れない作家でエリカが幼い時、離婚を契機に生き別れとなる。
新しい父はろくでなし。御多分に漏れず、貧しく不幸を絵にかいた生い立ちを背負ってきた。
ふたつ下の妹はネグレクトの母からも放置された挙句、病を得てこの世を去っている。
まだ小学校に上がったばかりのエリカは幼い妹の最後を看取ったただひとりの肉親である。自ら空腹に耐え、妹サヤカに最後の水を与える。
「お姉ちゃん・・・、ママとパパはいつ帰って来るの?サヤカ、もう眠いの。
疲れちゃった・・・。暗い・・。何も見えない・・・。お姉ちゃん、もう寝るね。
お休み。」それが最後の言葉だった。
神様・・・・。
でも此処には神様は来てくれなかった。ママもパパもいてくれなかった。
その後エリカは施設に預けられる。
高校卒業後、エリカも憲治同様、昼は事務職、休日はスナックで働きながら二部の大学に進み卒業までこぎつける。
彼女は妹を救えなかった十字架を一生背負って生きてゆく。
だから世の中の理不尽を最も嫌い、その最も弱い立場の群像の中、必死で生きて来た。
彼女も大学では政治と経済を熱心に学び、腐った政治の巣窟に住む人種を観察すべく、銀座あたりの高級クラブのホステスになるべく、努力の全てを傾注した。
その甲斐あって念願のホステスになり、政治屋や腐った高級官僚の生態をつぶさに見極める機会に恵まれた。
彼女が板倉に見込まれたのは決して偶然ではない。
彼女の観察眼や政治・経済、一般常識など、一流ホステスに必要な全ての要素と能力を兼ね備え、尚且つネット政府に必要な人物像、思想背景など全ての要件を備えた人物はそう簡単には見つからない。
かねてから人材を探し続けた成果がエリカであった。
つまりエリカは只の浮かれ街美人ではないのだ。
エリカが平助にお熱を上げていた頃、憲治にとってエリカは天井人であった。
高嶺の花であり、声をかけるどころか近づく事さえ憚れる存在だった。
時々憲治は平助に嫉妬交じりでこう言った。
「あ~あ、僕も平ちゃんみたいに美人秘書がほしかったなぁ。ボクの秘書たちは皆、厳つい男どもだし、奴らボクの言うことなど屁のように扱い、全く従わないし。ホントに失敗したよ。」
「嘘つけ!全然本気で言っていないだろ?あんなに気の良い奴らと仕事が出来て僕からしたら返って羨ましさの極みだよ。僕は友達が少ないから、君のように昔からの友が手伝ってくれることは無いし。彼らに感謝しろよ!この罰当たりが!!」
横で聞いてたエリカがクスっと笑った。
そんなある日、エリカが憲治に平助の調査を依頼してきた。
それがあの温泉旅行事件であり、横浜のホテル事件であった。
狭い軽の送迎用公用車で平助とカエデの二人乗りチャリを追跡中、ふたりはよもやま話に花を咲かせた。こんなチャンスは滅多にない。憲治は必死で話を繋げる。
「エリカさんは何処の御出身ですか?」
「私は埼玉の南の方。田之上さんは?」
「僕は北海道です。」
「へぇ、北海道!!私、一度も行ったことないの。知り合いは皆遊びに行ってるし私も一度くらいは行ってみたいなぁ。」
「是非行ってみてください。」
(本当は自分がご一緒して案内しますよと云いたい。でもそんな事言える勇気もない)
「北海道ってとっても寒いんでしょ?雪も多いって聞くわ」
「多いの何のって・・・。もちろん東北や北陸の豪雪地帯のように、もっと降る所はたくさんありますけどね。寒さ自慢なら何処にも負けないですよ。」
「あら、寒さって自慢するところ?変なの!でも私は埼玉生まれの東京育ちだから、
寒さも雪もあまり縁がなかったの。だからやっぱり行ってみたいなぁ。小さい雪だるまを作ってみたりなんかしちゃったりして。ナンチャッテね。」
「その時は私がちっちゃいのなんて言わずに、大っきな大きな雪だるまを作って差し上げますよ」
(アッ!言っちゃった!!どうしよう???)
一瞬慌てたが開き直った憲治は、いつにない程不似合いな真顔になっていた。
(しかし長年雪と格闘してきた暗い過去を持つ身でありながら、どの口で言う?
つくづく呆れた奴だと自己嫌悪に陥った)
(どうしよう、ドキドキしちゃう。私は平助が好きだったのに田之上さんの事も気になってきちゃったわ。)
お互い意識し合い、会話が途切れ途切れになる。
もうこの辺で平助たちの追跡は止めにして、どうせ場所は横浜のベイホテルって分かっているのだから、先回りして待ち受けようと云う事で合意を見た。
その後の展開は本編に記した通りである。(【改】ではない。初稿編である)
【オマケ】
ここで取って付けたようではあるが、恒例のこの時代の国際情勢について付記しておく。
第三次世界大戦の危機が叫ばれて久しいが、一方の当事者・ロシアは今崖っぷちにいる。
ロシアの経済は石油と天然ガスが支えておりそれ無くして語れない。
しかしその資源は枯渇しつつあり、他にこれと言った産業を持たない国である以上、このままでは座して死を待つ状況にあった。
そこにもってきて欧米からの経済制裁の動きは致命傷となる。
今立たねばいつ立つ?プー〇ンは非常に焦っている。
でも彼は決して開けてはいけないパンドラの箱を開けるぞ!と脅し始めた。
『俺の国には核があるんだぞ』。それは裏を返せば『核を使うぞ』との同義語だ。
それまでプー〇ンを支持してきた国民も彼の真意に疑問を持ち始める。
一度でも核を使用すれば、報復で核ミサイルが雨あられのように自国にも降ってくる。そんなことは誰でも知っている常識である。しかし彼は封印していたハズの言葉を発した。ロシアの国民は確かに強いロシアを欲している。
でも一部の狂気の野心家の蛮行に自らの身を委ね運命を任せるつもりはない。
今までは一部の反政府勢力が蚊の羽音のような抗議をしても全くの屁の河童であったが、支持してきた自分たちも巻き添えを喰らって破滅するのは『聞いてないよ!』
である。
次第に疑念の渦は広まり、追い落としの策が密かに練られるようになってきた。
また中国でも水面下で政権倒壊の危機が迫ってきている。
現在の中国は多民族国家の体を成しているが、その実は漢民族が支配権の全てを握っている。
しかし近年、チベット、ウイグル地区の少数民族の反政府勢力育成のため、アメリカCIAが暗躍している。
主だった指導者を国外に連れ出し、戦闘訓練と資金援助を補助する作戦、更に政治政策指導者育成のため留学支援をする作戦と、ありとあらゆる方策に着手している。
アメリカには中国側のスパイも大勢いるが、反政府勢力の工作員育成も盛んにお行われているのだ。
イザ戦争が始まれば、国内の破壊工作も同時に頻発する仕組みはとうに整っている。
ロシアも中国も現在瀬戸際の崖っぷちで最後のあがきをしようとしているのだ。
もうすぐ日本ではネット政変が起き、こんな時、何もできなかった無能な政府は倒れ、そこで権力を揮ってきた無能で強欲でプライドの塊りの政治屋と官僚は失脚する事となった。
ママチャリ総理大臣はそうした背景の下産まれた奇跡だったのです。
つづく




