始まりの夢⑧
アーチェス騎士団長に連れられ、第一門をすんなり抜けていくソルシャ。
衛兵たちは二人に敬礼をしてソルシャを見送るが、これは騎士団長がいるからではない。
実はAランクの待遇はソルシャが考えている以上に高く、ランク章である右手の甲の魔法印を見せれば、第二門までならば荷物検査なしに通過できる。
ランクを付ける上でBランクとAランクの差は、その実力も大きな要因となるが、何より一番に重視されるのは人柄であり、依頼者が命を預ける相手として信頼に当たる人物かが重要になる。
人は弱いもので、依頼報酬の何倍もの報酬をちらつかされれば、誰しも心が揺らぎ、寝返る危険性を抱えてしまう。
そういった事の無いように、Aランクへの昇格は人格に対してとても厳しい。
そんなAランクだからこそ、騎士団や近衛兵は一度ギルドへ赴き、内密に顔を確認している。
ソルシャもAランク昇格時に説明を受けていたのだが、「城になど用は無い」とよく聞かず、すっかり失念していた。
事実、貴族の依頼で城まで護衛依頼を引き受けても、それは第一門までであり、その先に入って行く事は無い。 ソルシャが失念するのも頷けた。
ソルシャ本人もその事は思い出せず、騎士団に連行される重犯罪人の気持ちで、鉛のように重い足を引きずるように前へ出す。
(もう詰んだね・・・
この城は外部からの進入に対して鉄壁の要塞であると共に、脱走に対しても同じ意味合いを持っている。
海に飛び込めば逃げられる確率も無くはないけれど、二人が無事に岸に上がれるほど、この海域の海は甘くない。
なにより、ゼルを庇った状態で白騎士連中を相手にするのも現実的じゃない)
「はぁ~・・・」
思わずため息が出てしまう。
「どうされました?」
「いや、なにね。 王様に呼ばれるなんて、王子様の怪我は余程なんだと思ってさ」
心の声はごまかしながらも、ため息の意味を逸らすソルシャ。
「?」
しかし、意外にもアーチェスは、ソルシャの言葉に不思議そうな表情を見せた。
「もしや、ソルシャ殿は何も知らされていないのですか?」
「何をだい?」
「全てを知った上で、御子息を連れ出しに来たのだと思ったのですが」
「?」
「フフフ・・・、あ~はははは!
そ、それは大参事でしたな! あっはははは!」
「な、なんだいいきなり!」
第二門を前に突然大声で笑いだすアーチェスに、ソルシャはすっかり面食らってしまった。
「い、いや失敬・・・あははは。
なるほど。 殿下に大怪我をさせて、重罪人扱いされている御子息を助け出しに来た訳ですな?」
「・・・・・」
「確かにこの国の王位継承はただ一人、ミッシェル王太子殿下だけですからな。
そんなお方に重症を負わせたと思っていたのなら、それはまさに沈黙する運命の前に立ち尽くすようなものですな」
「・・・・・」
心を見透かされ言葉が出ないソルシャだったが、アーチェスの言葉に僅かな光明が見えた。
「・・・思って・・・いたなら?」
「ご安心ください。 殿下は怪我をされていません」
「・・・え?」
「いや、「されていない」というのは正しい言葉ではありませんね。
確かに模擬戦で怪我をされたのですが、問題は怪我を「させた」ことではなく、怪我を「治してしまった」ことなのですよ」
「!?」
「そして城に残っていた騎士団が学院に出向き、御子息を保護させていただきました。
ですが、正しくは殿下が御子息を保護し、城へ迎えの伝令をお出しになったのです」
「・・・・・」
ソルシャは目を見開き、思考が一瞬で凍りついた。
「フフフ。 とにかく陛下と謁見していただく為に、閣議の間にご案内いたしましょう。
謁見の間にご案内させて頂きたい所なのですが、今回の案件は大変な極秘事項となり、より密談に適した部屋にご案内いたします」
アーチェスの言葉に理解が及ばず、ソルシャは目に見えない力に導かれるように第三門へと歩き出した。
第三門の前に立つ二人。 その場に衛兵はおらず、門の上にある監視部屋から二人の衛兵が見下ろしている。
アーチェスが手を挙げ、その合図に衛兵が頷くと門は静かに開かれ、中から侍女らしきドレスを着た二人が一礼して出てきた。
「申し訳ないですが、ここから先は帯剣しての入城は出来ない決まりですので」
「わかった」
ソルシャは斧と腰に携えていた短剣を外すと、それを目の前に来た侍女に渡そうとした。
「ああ、待ってくれ。 その斧は君達には持てないだろうから、私が預かろう」
そういうとソルシャから斧を受け取り、地面に刃を下にして置いた。
<ドンッ!>
普通斧ならば柄の部分は木でできているのだが、それではハンターの振りに耐えられない。
そのため、ソルシャの斧は柄の部分も鉄でできていて、普通の男でも振り回すのは至難を極める。
立たせただけで先端が地面にめり込み、伝わる振動がその重さを物語っていた。
ソルシャは残った短剣と、音玉入りのベルト鞄を侍女に渡した。
初めて足を踏み入れた城内の荘厳さに、ソルシャは息を呑んだ。 その装飾はまるで美術館の展示品のように精緻で、一日見ていても飽きないほど魅力的だった。
案内されている間にも、数名の侍従とすれ違ったが、全員がその場に止まりアーチェスに頭を下げている。
その様子を見ただけでも、騎士団長の地位を垣間見る事が出来る。
「ここです」
城に入ってからかなり奥へと案内され、ひと際大きな扉の前に案内された。
アーチェスの声と共に、その扉の前に控えていた侍女が二人、扉に手をかけ左右に開いた。
重く厚みのある扉が音もなく開かれ、中の装飾があらわになる。
「すごい・・・」
廊下を歩いていてもため息の出る装飾だったが、ここはその比ではない。
国王と王妃の肖像画を前に、壁だけではなく、大きな机や椅子、さらには床や天井に至るまで、見事な装飾が施されていた。
そして何より、天井から下がっている照明の明るさ。 普段、蝋燭の灯りで暮らしているソルシャにとって、魔道具の灯りは女神の後光のように空間を満たしていた。
間違いなく、今の自分には不相応な場所だった。
美に圧倒され、思考を止めたソルシャに、椅子を引いたアーチェスが静かにエスコートの手を差し伸べる。
完璧なアーチェスに、所作を知らないソルシャは、ぎこちない微笑みを浮かべながら静かに腰を下した。
アーチェスは対面の席に座り、静かに王の到着を待つ。
二人の着席を確認した侍女は、直ぐにティーカップを二人の前に滑らせると、淹れたてのハーブティーを注ぎ、一礼して静かに部屋から退出し、扉を閉めた。
「さて、陛下をお待ちしてお話しするのが礼儀というものなのですが、なにぶん急なご帰還により、陛下も多忙のご様子。 ですので、私の知る限りの情報をお話いたしましょう」
「ああ、頼む」
「冒頭に、ひとつお願いを申し上げます。 今から話す内容は、私を含め近衛隊長、侍従長、学院長など、特別な立場の者にしか知らされていない案件です。
御子息の今後のためにも、どうぞ内密に」
「息子のホルフには?」
「お任せいたします」
「・・・わかった」
簡単に「任せる」と言ったが、その意味は重く深いことが伝わってくる。 酒に酔って話してしまう者ではダメだと、アーチェスの瞳が語っている。
この閣議の間は、入って来た扉の厚さが十センチはあると見られ、扉越しに盗み聞き出来るとは思えない。
壁に至っても同等の厚みか、それ以上だと推測できる。
そして窓は、枠の上下左右が斜めに張り出していて、外側に潜むこともできない構造となっていた。
侍従を呼ぶには、主座にある魔道具らしきベルを鳴らすか、直接こちらから扉を開き招き入れるしかない。
この扉では、ノックすら伝わるとは思えない。
本来であれば、国の重要会議の場であることは間違いない。
平民では気後れして言葉が発せられないほどの席にもかかわらず、アーチェスは物怖じする様子もなく、平然と語り始めた。
「まず、事の発端からお話いたしましょう。
それはソルシャ殿が出された御子息――いや、ここはゼル君と呼ばせていただきましょう。
そのゼル君の学院への入学願書が、すべての始まりとなっているのです」
「願書が?」
「ええ、その書面の中の希望理由に、何と書かかれていましたか?」
「確か・・・心術を使えるゼルに医術を学ばせ、人々のためになる医師になってほしい・・・だったと」
「その通りです。 ではお聞きしますが、心術とは何ですか?」
「聖職者の使う魔法のようなものと聞いたが・・・違うのかい?」
「正解です。 心術とは、聖職者の司祭以上の者に与えられる『白魔の杖』によって起される奇跡を、心術と称しています。
ここで一つの矛盾に気付きませんか?」
「・・・・あ」
「気付いたようですね。 そう、ゼル君が奇跡を起こすとき、杖を持っていなかったのではないですか?」
「それじゃ、あの力はいったい・・・」
「精霊術と言われるものです」
「!?」
「そしてその術を使う人を、世間ではこう言います――『精霊使い』と」
「ばかな! ゼルはそんな禍々しい存在じゃないよ!」
ソルシャは椅子を倒す勢いで立ち上がり、アーチェスに大声で否定した。
怒り心頭のソルシャに、アーチェスは片手を上げ、静まるように促す。
「す、すまない」
「いえ、お気持ちは分かります。 ですが、心を鎮め、話を最後まで聞いてください」
「わかった・・・」
ソルシャは椅子を正し、座ると、アーチェスの話の続きを聞いた。
「ソルシャ殿の願書を見た学院長は、直ぐに城に赴き、陛下に直々に話され、陛下はその日のうちにゼル君の村へと調査依頼を命じられたのです。
それで得られた情報によると、ゼル君は何の杖も使わずに、空中に薬を生成し、病の者に与えていたということでした」
ソルシャの頬に汗が滴り落ちる。
アーチェスの話に否定はしたものの、精霊使いかもしれないという懸念も抱いていた。
それを、頑なに心術であると信じ、今までやってきていた。
だが、心術には杖が必要という事実は知らず、精霊術と言われて否定できる理由が見つからない。
ゼル本人も、王都に来てからは近くに薬草が無く、薬を作ることはしていなかった。
「ただ、直接確認するにも、忌み嫌われる「精霊使いか?」と聞くわけにもいかず、それならばと、入学してから監視することにしたのです。
その監視者として抜擢された、今年十二歳を迎えられた殿下が、内密に入学されたのです」
「なっ!? どうしてそこに王子様が出てくるんだい!」
考えられないことを言うアーチェスに、再び大声を出してしまう。
「殿下・・・、ミッシェル王太子殿下もまた、『精霊使い』だからです」
「!?」
この部屋に案内された、本当の理由を聞かされたソルシャだった。
最後まで読んでいただきまして有難うございます。
挿絵の入ったバージョンもXにて紹介しております。
@Ocarina_Quartet