始まりの夢⑥
――風が記憶を運ぶように、物語は三十五年前へと舞い戻る――
連れて来た時は、丁度セイレーン学院の始学式の後だったという事もあったが、ソルシャがゼルの保護者として登録するには、諸手続きが必要となりそのままでは入学できない。
それに伴い、ゼル自身に護身術を教える時間も必要となった。
ソルシャが、ハンターの依頼でもしもの事があった時、ゼルが自力で学院に通い、終学できるだけの知識と実力を備えている必要がある。
その間、ソルシャはハンターの仕事を一時休止し、じっくりとゼルの指導に専念した。
ソルシャは大斧使いだったが、大斧は子供のゼルには不向きだった。
それで思いついたのが、小柄でも戦闘力の高い双短剣士。
成長半ばのゼルの体格を考えれば、低い姿勢からの二刀流は合理的であり、一本を投擲するという選択肢もあるため、大人でも簡単に間合いを詰められない。
それでも、一般的な剣術と比べるとリーチの差が不利となる。 それを解消すべく、新しい双短剣術を、ゼル自身が生み出す事になる。
そして一年後、ゼルは見違える程の体力を身につけ、護身術としての双短剣士の腕も素晴らしいものとなっていた。
ルーファス王国では、年に一度の大祭が催される。
それは三日三晩にわたる祭りで、期間中は各国からの来訪者も多く、王宮内はひときわ慌ただしくなる。
この祭りの主役は、十五歳の成人の儀を迎える、王国全土の子供達。
初日は、国王自ら学院で挨拶を行い、学院の全校生徒はもとより、各地で成人を迎える子供達も、初の王都への旅として親共々数日かけて果たす。
その数は膨れ上がり、セイレーン学院の敷地を埋め尽くすほどとなる。
加えて、他国の要人もこの三日間に合わせて入国し、祭りを楽しみつつ様々な対談が行われる。
一日目を成人の儀と定め、卒業式というものは行わない。
学院では、成人までの三年間に勉学の場を与え、国の資格取得を目的としている。
目標の資格を取得できるかどうかが分かれ道であり、成人の儀を最後に、それぞれが新たな人生の道へと旅立っていく。
ゼルの目指す医師の資格に関して言えば、合格者が一人居れば優秀な年とされ、一人の合格者も出ないことが普通である。
だが資格を取れなくとも、三年間学院に学んだ事実は高く評価され、将来の道に困ることはない。
二日目は新一年生の始業式となり、国王の挨拶ではなく学院長の言葉が式典を彩る。
これは新入生のみの式典で、学院中央の鐘塔の真下にある聖堂にて、新旧の生徒が集い、厳かに行われる。
学院では身分による差別を認めていないことから、式典には生徒のみが参加する。
爵位などの家柄を口にすることも、固く禁じられている。
とはいえ、通える身分であれば、貴族の家名は誰もが常識的に知っているものである。
そして、三日目が王都挙げての祭典となり、朝から晩まで街は賑わい、人々は踊り楽しみながら、成人した若者たちの門出を祝う。
こうして、ルーファス王国の新たな一年が始まるのである。
しかし、その三か月後に学院内で騒動が起きてしまう。
新入生も講義の流れに慣れ、様々な行事が軌道に乗り始めた頃、学院では一つの事件が発生していた。
それに伴い、王宮騎士団が学院に訪れ、一人の生徒を連れ去った。
それを耳にした生徒の親は青ざめ、受けていたハンターギルドの依頼をギルドマスターに突き返すと、自慢の大斧を背負ったまま学院へと向かった。
そのハンターは学院に到着するや否や、門を守っていた衛兵に飛びかかり、体ごと持ち上げて、校舎まで響き渡るような声で怒鳴った。
「ゼルが連れていかれたってどういう事だい! ちゃんと説明しな!」
「んぐぐぐ……」
「黙ってちゃ分からないだろう!」
衛兵は黙っていたかったわけではないが、突然現れた大女に服ごと持ち上げられ、声を出すことができない。
「は…はな…して……んぐぐぐ…」
「聞こえないよ!」
頭に血が上った大女の腕を叩き、必死にもがいて見せるが、通じずじたばたしている。
その騒ぎを聞きつけ、詰所から数名の衛兵が慌てて飛び出してきた
「ダメです! 離してくださいソルシャさん!
それでは話したくても話せませんよ!」
詰所から出てきた衛兵の一人は大女を知っているらしく、名前を言いながら飛びつき女を諫めようとしていた。
名前を呼ばれて我に返ったソルシャは、自分が動転していたことに気づき、手を離した。
突然手を離された衛兵は地面に倒れ込み、他の衛兵が駆け寄ってずるずるとソルシャから引き離す。
「ジィーンじゃないか。 何故こんな所に?」
先ほどまで暴れていたソルシャは、何事もなかったかのように自然に問いかける。
「去年結婚してハンターを辞めたんですよ。
引退の時、ギルドで祝ってくれたじゃないですか!
今は学院の衛兵として雇われています。」
「そうかぁ~。 いつ死ぬか分からないハンターでは、パートナーに心配をかけるからなぁ……」
腕を組み、しみじみと語るソルシャ。
「いや、そんなことはどうでもいいです!
ソルシャさんが来た理由は、息子さんのことでしょう!?
残念ですが、騎士団に連れていかれたのは事実です!
ですが、ここでは話しづらいので、詰所の検査室まで来てください。」
「わ、わかった……」
ソルシャは大きく深呼吸をすると、ジィーンの後に続き、鉄格子門の隣にある衛兵の詰所とは反対側の、人が一人通れる扉から部屋へと入った。
その部屋は来賓の荷物検査室で、大きな机と四人分の椅子があり、入り口の他に校舎へ通じる扉がある。
荷物検査に問題がなければ、その扉から敷地内に入る手順となるのだろう。
ただ、窓が全く無いこの部屋に、机を挟んで向かい合って座るのは、あまり居心地の良い空間とは言えない。
しかし、逆に考えれば、内密な話をするには適した場所ともいえた。
「まず、ソルシャさん。 息子さんが何故捕まったのか、ご存じですか?」
ジィーンの他には誰も部屋に入らず、扉が閉まったのを確認してから本題へと入る。
「いや、ただ王宮騎士団に連れていかれたと聞いただけだよ」
「そうですか。 僕も詳細までは知りません。
ただ、騎士団が息子さんを連れて帰る際、たまたま居合わせた顔見知りの団員に、話を聞くことができました。
なんでも、息子さんが授業の模擬戦で、王子に怪我を負わせたらしいのです」
「王子だって!?」
「はい。 今年から学院に入学された王子で、御年十二歳です。 身分を隠す規則がありますから、入学は公表されていません。
貴族なら知っていたでしょうが、王族がセイレーン学院に入ることは通常なく、平民には知られていません」
「なのに、何故?」
「入学の理由はわかりません。
非公開でしたから、息子さんも相手が誰か知らずに、本気で模擬戦をしたのでしょう」
「それで、怪我をさせてしまったと……」
「はい。 息子さんは、ソルシャさんが鍛えたのでしょう? 一年生なのに異常に強い生徒が、二人いると噂されていましたよ。
もう一人が王子であれば、その実力は納得できます」
青ざめるソルシャ。 授業の一環である模擬戦なのだから、相手も大した怪我はしていないだろう。 しかし、それが王子となれば話が変わってくる。
ゼルと模擬戦という事は、王子も幼少期から剣術を学び、強者同士で模範的に戦わせたと想像がつく。
だが、ソルシャがゼルに教えたのは、孤独でも生きていける短剣の戦闘術であり、それに対して王子は保護された環境で身につけた剣術。
今後バトルソードを使い、剣術を極める予定なのだろう。 現時点ではその差が歴然となっている。
何よりゼルが幼かった事もあり、ソルシャは手加減を教えていなかった。
すべてが悪い方向に作用し、現在の状況を招いてしまった。
「…………」
顔を手で覆い、言葉の出ないソルシャ。
暫くの沈黙の後、ソルシャは教えてくれたジィーンに礼を言い、その場を後にし急いで城へと向かった。
だが、面会の願いも空しく、取り調べ中と言われ会うことができない。
身元引受人として登録されているソルシャだったが、ゼルの実の両親ではないため、衛兵も迂闊に会わせられないと判断したのだろう。
会わせない衛兵に怒りを覚えたソルシャだったが、ここで騒ぎを起こしては、ますます困った事になりかねない。
仕方なく、強く握った拳を納め、一旦家へと戻ることにした。
家に戻ったソルシャは、テーブルに座ったまま長い間絶望に苛まれていた。
「良くて国外追放……いや、それならばまだいい。 他国でやり直せばいいのだから。
王子の怪我の状態にもよるか……。
授業での模擬戦なのだから、最悪の怪我にはならないはずだが……どうなってしまうのだ」
結果の出ない想像が頭を巡り、時間ばかりが無情に過ぎていく。
そして、日も傾き始めた四の鐘が鳴る午後三時。 大きな扉の開く音と共に、ホルフが仕事から帰って来た。
「ただいま、母さん」
「ああ……おかえり、早かったねぇ」
「最近は指名依頼は少ないから、Cランクの近場の獣駆除依頼を受けたのさ。
王都に隣接している畑を荒らす獣を……って、どうした? 怖い顔しているけど。 ゼルが何かやらかしたのか?」
真面目なゼルがそんな事するわけないと分かっているが、場の雰囲気を和らげるため、気の利いた冗談を言うホルフ。
しかし、その冗談によりソルシャの不機嫌は増してしまう。
「……まじか」
「実はね……」
ソルシャは今日あった一部始終をホルフに話した。
「それじゃ、まだゼルがどうなるか分からないってことだよな?
明日の朝、城に行ってみたらどうだ? 保護者なんだから対応してくれるはずだ。
むしろ、呼ばれるくらいじゃないのか?」
「そうなんだけどねぇ……」
ソルシャの険しい顔は緩むことなく続いていた。
「母さん、……まさか」
「………」
「はぁ~……本気?」
「………」
「いくら王宮騎士団が不在とはいえ、衛兵は山ほどいるんだ。
そんな状態で、ゼルを連れて逃げるなんて無理だぜ」
「……なんだって?」
「え?」
「今、白騎士がいないって言ったね?」
「ああ、今王様が何処かに出かけているらしくて、その護衛に……あ」
明らかに悪だくみの顔になったソルシャに、要らぬ情報を与えてしまったとホルフは後悔した。
「いや、だから、騎士団が居なくても衛兵が一杯いて……」
「曲者のアーチェス騎士団長が居ないのなら、奪還のチャンスはある!」
「奪われたわけでは……」
この国の守りは大きく分けて四つに分類されている。
城の警備と王族の傍にいる近衛兵。 有事の際に出動する、王宮騎士団と魔導士。
貴族領地以外の村や町を守っている青騎士団。 そして国境を守っている赤騎士団。
貴族領地には、それぞれ自前の衛兵団が配備されており、不測の事態には王宮騎士団が派遣される。
近衛兵は黄色の装備を身につけ、騎士団はそれぞれの色の鎧を纏っていて、王宮騎士団は白い装備を纏っていることから、白騎士と称されている。
白騎士は各騎士団から選抜された猛者の集団であり、その不在はソルシャにとって絶好の好機にしか思えなかった。
「これから城に忍び込んで、ゼルを奪還し国外に出るよ!」
「今から!?」
「あったり前だろう? 連れて行った直後なら、まだ対応が整っていないだろうからね」
「うわぁ……」
城に忍び込むという考えは無かったホルフだが、ゼルを一刻も助けたいという気持ちはソルシャと変わらなかった。
最後まで読んでいただきまして有難うございます。
※挿絵はMicrosoft Copilot による生成画像です※




