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始まりの夢⑤

 ホルフに案内されお婆さんの部屋へと通されたゼル。 中に入ってすぐに見たミルシャの驚きの表情と、それでいて穏やかに自分を見ているお婆さんの優しい顔。

 その二人の違和感にゼルは混乱してしまう。


「何かあったのかい?」


 明らかに混乱しているミルシャに問い掛けるが、その口から出た言葉は理解できない物だった。


「お婆ちゃんが・・・亡くなって・・・」

「!?」

「ええ!?」


 言葉に詰まりながらも話すミルシャに驚くホルフ。 それは亡くなったという言葉が理解できず、ミルシャの後ろで横たわっているお婆さんが、入ってきたゼルを見ていたからだった。


「ミルシャ? 何を言っているんだい、僕には症状が落ち着いている様に見えているよ?」

「・・・え?」


 今度はミルシャがゼルの言っている意味が分からなかった。


「まだ、生きているよ? ミルシャちゃん」

「ええ!?」


 突然のお婆さんの声に飛び上がるミルシャ。 慌てて振り返えると、そこには微笑んで自分を見ているお婆さんがいる。

 ミルシャは精霊術で命の巡りが止まった事を確認し、その事実に耐えられず自分を見失い、気が遠くなる感覚に襲われていた。


(どういう事なの? あたしはお婆さんの命の巡りが止まるのを確かに確認した・・・。

 でも、その後の事を何も覚えていない・・・。 あたしいったい何をしていたの?)


 ミルシャは驚きの余りその場に放心状態となってしまう。

 ゼルは娘の肩にそっと手を乗せると、優しく言葉をかける。


「少し休むといい。 後は僕が見よう」

「うん・・・」


 ゼルはミルシャの手を取り立たせると、ルゥを見てミルシャをそっと託した。

 ルゥは小さく頷くと、ミルシャを包み込むように自分に寄せ、お婆さんの方にミルシャの向きを変えた。

 ミルシャはルゥの白衣の袖を掴む。


「ねぇ、ルゥ・・・。 さっき、あたしを止めた?」

「精霊術を使おうとした時?」

「ううん、それは聞こえてた・・・。 その後」

「いや、何も言っていないよ?」

「そう・・・」

「何か聞えたの?」

「・・・そんな気がしただけ」

「・・・・・」


 ルゥには何も聞こえていなかったが、ミルシャが声を聞いた時と赤い目になった時が同時である事は予想できた。

 だが、今それを言うのは更に混乱させてしまうと、ルゥはミルシャに話さなかった。

 ゼルは二人の話に不安をよぎらせる。 部屋に入って来た時のお婆さんとミルシャの違和感。 ルゥとミルシャの話の食い違い。


(僕ががここに来る直前に何かあった事は間違いないね・・・)


 ゼルはミルシャと同じ様に枕元の床に膝をつくと、お婆さんの顔色を診つつ話しかけた。


「お待たせしてしまったね」

「ああ、ゼル先生と最後に話せてよかったよ」

「何を言ってるんです。 僕が来たら治るに決まっているでしょう?」

「そうだったね・・・。 あの時もゼル先生が居なかったらどうなっていたか・・・。 覚えているかい?」

「貴方は僕の恩人。 忘れる訳が無いでしょう?」

「ふふふ、恩人はお互い様だったねぇ」

「まだまだ、聞きたい冒険談は沢山あるんですよ。 お婆さんとホルフさんはAランクハンターだった・・・の・・・ですから」


 優しく接していたゼルの言葉が途切れそうになる。

 それはお婆さんの診断を始めて直ぐの事、腕を取りいつもの診察をしようとした時だった。

 ゼルは衝撃を顔色に出さない様につとめ、そっとお婆さんの手を布団の中に入れると、直ぐに逆の腕に手を伸ばし診察する。

 しかし、その腕にも調べるべき脈が無かった。 直ぐに首の脈も図るが答えは同じ。


「あたしの冒険談は全て話したさね。 ゼル先生と会ったあの故郷の村も、今はもう無い」


 驚きを隠しつつ、ゼルはお婆さんを見る。 そこには全てを悟っているお婆さんが、小さな声でゼルに話しかけていた。


 ゼルとお婆さんの付き合いはとても長く、それはゼルが故郷の村に居た頃の話に始まる。


「ゼル先生は・・・いや、ゼルって呼んでいいかね。 あんたはあたしの息子だからねぇ」

「今更ですよ。 ソルシャ母さん」

「ふふふ、あの時あたしと息子のホルフ。 それに魔術師と神官の4人でAランクの討伐依頼を受け、ゼルの住む村へ盗賊討伐へと行った時だったねぇ」


 昔話を始めるソルシャ。 本来ならば病人に長話をさせるものではないが、その場の誰もがソルシャに話を止めさせるという考えが浮かばなかった。

 先程まで咳が止まらなかったことが嘘の様に、はっきりした声で語り始める。


「討伐依頼は順調に進んでいたけど、盗賊の最後の悪あがきでホルフが大怪我をしてしまった」

「ええ、凄い出血の状態で村に運び込まれて来た時の事、子供の僕には強烈で今でも夢に見ますよ」

「ああ、あれは酷かった。 だが、傷は深くなかったから、村の治癒師なら助けてくれると思っていた」


 ソルシャは天井を見ると、遠い昔の日々を思い出す。


「ところがどうだい治癒師はおろか、薬医師すら居ない村じゃないか」

「僕の村では酷い怪我をすると、馬車で半日の距離にある大きな町に連れて行ってましたから。 大怪我で命を落とす人は沢山いました」

「そうだったねぇ。 仕方なく冒険者ギルドで止血して貰って、後は運を天に任せるだけだったよ。 近くの町に運びたくとも、肝心の通い馬車がいつ来るのかわからないときた。

 まあ、治癒師が居ても傷口を縫う位で、失った血はどうしようもなかっただろうね。」


 ゼルの住んでいた村は王都から遠く、大陸中央の山脈に近い場所にあった。

 王都から南西の国であるギルデリア王国に行くためには、その村を通る道か、南側の海岸を通る道を行く。

 貿易を主とする荷馬車は海岸の道を通る事が多く、それは盗賊に襲われる確率が格段に減るからだった。


「あたしはギルドから見える教会へ祈りに行った。 そこではボロボロの服を着た子供達が、シスターと楽しそうに遊んでいたよ。

 子供たちが孤児である事はすぐに分かった」

「あの辺りは盗賊の隠れ家が在りましたからね。 それでも村には冒険者ギルドはありましたから、村の中に攻め入って来る事はありません。

 でも、農作業をしている者や、荷馬車を使う商人が襲われる事は多く、孤児になる子供は多かった。

 僕も小さい頃に襲われた行商人の生き残りと聞いていますが、正直親の顔も思い出せない程小さかった頃の話です」

「ふふふ、そんな子供のゼルが、神に祈っているあたしの所に来て、大怪我をしていた人の所に連れて行けと言うじゃないか。 驚きと怒りが込み上げてきたよ。 子供に何もできるわけがない。 怪我人を見たいだけなのかってね」

「そう思われても仕方ありませんよ」

「怒鳴ろうとした時、後から入って来たシスターが一言。 『この子なら助けられるかもしれませんよ』と言った。

 何を馬鹿な事を言っているんだこの女は・・・と思ったがね。 あたしも経験を積んで来たAランクハンター。 シスターの目の真剣さは直ぐに理解できた。

 とはいえ、それを信じる程、神を信仰する心は持ち合わせてはいないよ。

 それでもあたしはゼルを冒険者ギルドに、ホルフの元へと連れて行った。」


 村の冒険者ギルドはとても小さく、病人を寝かす場所もないほどだった。

 ホルフは道の端に寝かされ、近くの町に連れて行く為の馬車を待っていた。

 ソルシャがホルフの元にゼルを連れて行くと、ゼルは直ぐに精霊術を使い始めた。 この村の周辺には薬草も多く、回復薬の精製には都合が良い。 ゼルは直ぐに薬を作るとホルフに飲ませた。

 昼間だった事もあり、ホルフの体が淡く光っているのは見えないが、怪我の傷が癒え、出血で青ざめていた顔に生気が戻っていく。

 元気になる程の回復は無かったが、命の危険を回避出来る血を取り戻すことはできていた。

 ソルシャはホルフが一命を取り留めた事と、ゼルの神秘の力に驚いた。


「そう。 神じゃないんだ。 ゼル、あんたは人間だよ。

 どんな神術を使ったのかは見当もつかなかったが、確かにホルフの命は助かったんだ。

 あたしは神の御使いと会ったのだと震えが止まらなかったよ」

「僕はホルフさんの持つ回復力に、ほんの少しお手伝いをしただけです」

「分かってる。 だけどね、あんたの力をこの村で燻ぶらせてはいけない。 あたしは咄嗟にそう思い、王都へ連れて行く決意をするのに時間はかからなかった。

 幸い一年学習も終了していたし十歳位だという、それなら絶対に王都の学院に通わせたかったからねぇ」


 ルーファス王国では各地にある教会で、全ての子供達に一年学習が定められており、十歳から十五歳までの間に、必ず一年間通い受けなければならない。

 孤児も含め、誰でも受けられる様に費用は掛からず、昼食も配給して通いやすい配慮がされていた。 講師の役割は教会のシスターが担っている。

 そして王都にはソルシャが言う王立セイレーン学院があり、各地で一年学習を終了し、シスターに推薦された子供達が三年間通う事ができる。

 とはいえ、すべて無料の一年学習と違い、学費こそ免除されるものの、その他の費用はそれなりにかかってしまう。 その為、どうしても貴族か商人などの裕福な子供達の学校となる。

 ただ一つ入学の条件は十二歳までとなっており、十五歳の成人の日に卒業を迎えられる事。

 ここは一年の基礎学習を終えた者が、専門的分野を三年掛けて学ぶ学院。

 ソルシャはゼルの身元引受人となり、どうしても医術の知識をつけさせたかった。

最後まで読んでいただきまして有難うございます。

挿絵の入ったバージョンもXにて紹介しております。

@Ocarina_Quartet

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