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静かに崩れゆく日常⑩

 アイリスの言葉が途切れた瞬間、フェンイルの瞳に宿った怒りは、夜の闇よりも濃く揺らめいた。


「まさか……山の上に村を築いていたとはな。

 他に根城があるかもしれないとは思っていたが……二百人の目を避けて探るのは難しい。

 密偵も、下っ端のまま上層に近づけなかった」

「となると、上の村にいるのは盗賊の有力者ばかり……そういうことだな」

「……ああ。 だが、それだけ厳重なら、どんな罠が仕掛けられているか想像もつかん」

「最悪、情報のない謎の村で、百人の敵と罠を相手にすることになる……か」


 カイの言葉に、誰もが息を呑んだ。

 焦りは静かに、しかし確実に胸の奥を侵食していく。


 霧は山肌を這い、まるで何か不吉なものを隠すように濃さを増していた。

 風さえ息を潜め、ただ不安な気配だけが、じわりと足元から染み上がってくる。

 そのとき、ミルシャの腕にアイリスの体重がずしりと沈んだ。

挿絵(By みてみん)

「アイリス!?」


 アイリスを支えきれず、倒れ込む二人。

 カイとルゥが慌てて抱き起こし、ミルシャは震える手でアイリスの手を握り声をかける。


「アイリス! ねぇ、アイリス!!」


 返事はない。 ルゥが脈をとり眉を寄せた。


「大丈夫。 気を失っただけだ。

 連続で使った加護の影響だね。 それに加えて、今までの索敵で限界を超えたんだ。

 しばらくすれば目を覚ますはずだけど……」


 その先を言わなくても、全員が理解していた。


――もう、索敵はできない


 霧は壁となり足を鈍らせ、山は牙を隠した獣のように沈黙している。

 どこに踏み出しても奈落へ落ちるような、そんな心許なさがあった。

 山の上の視界は最悪。 しかし、躊躇している時間はない。

 そしてなにより、村長を始め、族長と黒魔術師の居場所がわからない。

 重苦しい沈黙が落ちた。


「……お前たちは、アイリスを連れて撤退しろ」

「えっ!?」


 フェンイルの突然の言葉に、全員が顔を上げた。


「ここから先は俺一人で行く」

「無茶だよ! 敵の位置も罠もわからないのに、たった一人でなんて……!」

「わかっている。 だが、お前たちには関係のない戦いだ。

 ここで死なせるわけにはいかん」

「関係ないわけないだろ! 俺たちは殺されかけたんだ!

 ここで帰ったら……全てが振出しに戻ってしまう!」


 うっかり声を荒げてしまうカイ。

 そんなカイの言葉も、森の中に吸い込まれるように消え、再び沈黙が辺りを覆いつくしていく。


(……精霊の助言、聞けたらいいのに)


 ミルシャが、ふと頭に願いがよぎる。

 だが、どんなに耳を澄ませても、あの力強い声は降りてこない。


(そう……だよね。 本当に危ないときに助けてくれてた。

 考える余地があるのに、精霊の声に頼るのは違うよね)


 とはいえ、考えても考えても良い答えは生まれてこない。


(最初から整理しよう……。

 ギルドの依頼を受けてここまで来た。

 洞窟の中で魔族に遭遇して、何とか逃げ出した。

 自分達の置かれた状況を知り、フェンイル様に会ってラングレイの町まで戻ってきた。

 あたしたちは、狙われている理由を知りたい。

 そして、フェンイル様の息子さんの呪いを知って……えっと……あれ?)

挿絵(By みてみん)

 ふと、胸の奥にひっかかる違和感。 そして――


「ふふ……あはは!」


 突然のミルシャの笑い声に、全員が凍りついた。


「ミ、ミルシャ……?」


 ルゥが心配そうに覗き込む。


「だってさ、あたし助けたい人の名前知らないんだもん」

「え?」

「フェンイル様の息子さんの名前。 聞いてないでしょ?」

「あ……」

「そういえば……呪いのことばかりで言ってなかったな。

 息子の名はカイラ。 今年で五歳だ」

「カイラ君! かっこいい名前だね!」

「本人に会えたら言ってやってくれ。 きっと喜ぶ」

「うん! じゃあ、喜んでもらうためにも助けなきゃね!」


 ミルシャの笑顔は、霧を切り裂く光のように希望に満ちていた。


「”どうなるか”じゃなくて、”どうしたいか”じゃないかな。

 あたしはカイラ君を助けたい! それだけで十分だよ!」


 その言葉に、四人の胸の中で何かが弾けた。


「ああ、ミルシャの言う通りだ。

 今まで経験した難しい依頼だって、人数や罠なんて気にしたことなかった」

「僕たち、いつも行き当たりばったりだよね」


 カイとルゥが笑い、フェンイルは静かに目を伏せた。


「……感謝する」


 その声は、どこか救われたように聞こえた。


「じゃあ、山の上に行こう!」


 霧の向こうへ伸びる山を見上げ、ミルシャが無邪気に言った。

 しかし、フェンイルは険しい表情で首を振る。


「だが、入口は巧妙に隠されているだろう。 今までの調査でも――」

「無いなら作ればいいのよ! ね、カイ!」

「もちろんだ」

「……作る?」


 フェンイルがぽつりと呟く。

 その声に応えるように、カイは静かに山へ向き直った。

 カイの指先から淡い光が広がり、精霊術が目の前の空間を塗り替えていく。

 霧を押しのけるように、階段がひと段、またひと段と形を成した。

 山肌をなぞるように伸びていくその階段は、下の村からは影に隠れ、誰にも気づかれぬまま天へと続いていく。

 やがて霧の層へ届いたところで、カイは術を解いた。


「よし、これで行ける」

「精霊術……本当に驚かされる」


 フェンイルが感嘆の息を漏らす。

 カイは振り返り、アイリスへ歩み寄った。


「アイリスは俺が連れて行く」


 カイがアイリスを抱き上げようとした時、フェンイルの背後に控えていたパティが一歩前へ出て言った。


「待ってください」


 カイに声をかけると、パティは迷いなく軽々とアイリスを抱き上げた。

 服越しには華奢に見える腕だが、元Aランクハンターの力は健在だ。


「アイリス様は、ここで私が守ります。

 私は皆さんのようには戦えません」

「そんなことないよ! おばあちゃんの弟子が弱いわけない!」


 ミルシャが即座に反論するが、パティは静かに首を振った。


「残念ですが、精霊術を駆使して進む皆さんに、私は足手まといです。

 でしたら、ここでアイリス様を守ることが、皆さんの力になると信じています」

「パティさん……」

「ですが、一つお願いがあります。

 身を軽くするために、所持している武器が短剣だけなのです。

 カイ様、どうか精霊術で大斧を作っていただけないでしょうか?」


 パティの得意武器――それはソルシャと同じ、大斧。


「もちろんいいとも。

 だが、精霊術で生成する武器は柔らかく脆い。

 鍔迫り合いにならないように注意してくれ」

「はい。 ありがとうございます」


 深く頭を下げるパティ。

 カイはすぐに精霊術を発動し、周囲の鉱石を探った。

 山岳地帯――鉄以外にも、何か眠っている可能性がある。

 アイリスの魔道具ほど正確に位置の見極めはできないが、精霊術の届く範囲に適した鉱石があれば武器を生成できる。


「ダマスカス辺りがあるといいんだが――ん? ……これは?」


 カイの眉がわずかに寄り、次の瞬間、その瞳が大きく見開かれた。


「どうしたの、カイ?」


 ミルシャが覗き込むと、カイは答える代わりに、ゆっくりと手を前へ差し出した。

 精霊術の光が集まり、空気が震え形が生まれる。

 まるで古い伝承が息を吹き返すように、淡い青光をまとった両刃の大斧が静かに姿を現した。


「……っ」


 カイ自身が息を呑む。

 柄には手に吸い付くような凹凸が刻まれ、刃は森の木々を鏡のように映し返し、剣身からは青白い光が揺らめいていた。


「それって……何の鉱石?」


 ミルシャの声は震え、仲間たちは言葉を失ったまま斧を見つめる。

 カイは、まるで自分の口から出る言葉を確かめるように、ゆっくりと告げた。


「これは――ミスリルだ」

挿絵(By みてみん)

 その名が落ちた瞬間、空気が揺れた。

 森の静寂が、まるで古の神話に触れたかのようにざわめく。


――ミスリル


 オリハルコンほどの伝説級ではないが、希少で硬く、軽く、そして美しい。


「この辺りでミスリルが採れるのですか?」


 カイの問いに、フェンイルは腕を組み、唸るように答えた。


「そんな話は聞いたことがないな」

「じゃあ……盗賊がここに住み着いてる理由ってこれのため?」

「それも考えにくい。

 ミスリルが採れるなら、加工できなくても鉱石を売りに来るはずだ。

 売ること自体は違法じゃないから隠す必要がない」

「つまり――この山に、まだ知られていない鉱脈が眠っている可能性があるってことか」


 フェンイルの口元が、獣のように吊り上がった。


「くく……思わぬ収穫だな。

 カイラを助け、盗賊どもを片付けた後で……ゆっくり探させてもらおうじゃないか!」


 暗かった空気が一変し、仲間たちの表情に光が宿る。

 勝利の予感が、胸の奥で静かに燃え上がった。


 その中でミルシャだけが首をかしげている。


(透き通るような青白い輝き……最近どこかで見たような気が……)


 ミルシャは考えても思い出せず、カイの言葉に考えるのをやめた。


「それじゃ、アイリスを頼む」


 カイは大斧をパティに渡し、軽く頷いた。


「お任せください」


 パティは斧を数度振り、重さを確かめると深く頭を下げた。


「ミスリルなら、剣を交えても負けることはない。

 だが念のため、階段を囲むように岩壁を作っておく。 無理はしないでくれ」

「ご配慮、感謝いたします」


 カイが精霊術を使うと、階段の入り口を覆うように壁が形成された。

 まるで大地そのものが仲間を守るかのように。


「よし! 慎重に行くぞ!」

「はいっ!」


 フェンイルの声に、ミルシャが元気よく返事をし、仲間たちは階段を登り始めた。


「お気をつけて」

「任せろ!」


 パティは皆を見送ると、外套を脱いで地面に敷き、アイリスをそっと寝かせた。

 眠るように穏やかな表情だが、まだ目覚めるには時間がかかるだろう。

 パティはその隣に腰を下ろし、仲間たちが消えていった階段を見上げた。

挿絵(By みてみん)

「師匠……あなたが生涯をかけて探していた精霊使い。

 その精霊術を確かに、この目で見ました」


 静かな声が、霧のかかる山脈に溶けていく。


「昔は、どうして災厄とされる精霊使いを、必死に探すのか分かりませんでした。

 でも今なら……少しだけ分かります」


 ふと、師匠の昔聞いた言葉が脳裏に蘇る。


『孫のミルシャは、心に闇を抱えているようなんだ。

 それを何とかしてあげたいんだけどねぇ……』


「それはまだ、心に抱え込んだままなのかもしれません。

 ミルシャ様の未来に……どうか、何事もありませんように」


 パティはそっと手を合わせ、祈りを捧げた。

 最後までご覧いただき、心より感謝申し上げます。

 投稿は毎週日曜日の12時に設定しております。


 これまでの物語をゆっくり振り返っていただけますよう、投稿した挿絵をXにて保存しております。

 絵を眺めるだけで物語の情景がふっと蘇るような、そんな時間をお届けできれば幸いです。

 どうぞ、ごゆっくりご覧ください。

 https://x.com/ocarina_quartet


※挿絵は Microsoft Copilot(1・2・3・4)

 及び Gemini Nano Banana Prot(----) による生成画像です

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