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始まりの夢④

 ルーファス王国は東の突き出た岸壁の上に城が建ち、そこから王都の全景を見下ろしている。

 城のすぐ脇には、国で最大の港が広がっており、貿易国からの船が絶え間なく行き来していた。

 漁船に関してはこの港には入港せず、漁港として機能する三つの港が別に設けられている。


 海のすぐそばに城が建つのは、防御面で危険に見えるかもしれない。 しかし、この海域は大陸を南北に巡る海流が複雑な岩礁を形成しており、自然の要塞となっていた。

 その為、岩礁を避けて流れる海流は荒れ、船や人が泳いで渡る等は不可能だった。

 王都に接近できる航路はただ一つ。 港へ通じる唯一の道であり、それが王国の命をつなぐ動脈でもある。


 街に目を向けると、王都全体では円形に近い地形をしており、中央に向かう程緩やかな登り坂となる。

 とはいえ、立っていてわかるほどの坂ではなく、球を置いて緩やかに転がり気が付く程度。

 そして、その登りきった王都の中央に、ルーファス王国が管理する王立セイレーン学院があった。 学院は、その敷地を円形の壁で囲っていて、校舎は壁の辺りから始まる急な斜面と階段の上に建てられていた。

 そんな王都の中心に位置する学院では、様々な催し等にも使われ、多種多様な施設を取り揃えている。


 学院の西に位置する薬医院から、ミルシャとルゥは裏路地を東へと駆け抜けていく。

 目的地はホルフの家。 徒歩なら20分の道のりを、彼らは息を切らせながらわずか5分で辿り着いた。 家に飛び込んでいくホルフを追って、ミルシャとルゥも中に入る。

 家の中は風が通り、整然としていたが、彼らの耳に届いたのは激しい咳、それがすべてだった。


「ここです!」


 ホルフは台所を抜けた先にある扉へと急ぎ、ノブに手を当て後から来た二人を中に導く。

 開かれた扉の部屋は薄暗く、日の沈む方角に窓があることが分かった。

 その窓の近くに古びた木のベッドが置かれ、横になっているお婆さんが激しい咳をしていた。

 ミルシャはベッドの枕もとの床に膝を付き、急いでお婆さんの診察を始める。

 熱は高く、咳をする口元からは血の色が薄っすらと見える。

 心拍数も高く、高齢を考えれば一刻の猶予もないのは明らかだった。


「ルゥ! お湯をお願い!」

「わかった! ホルフさん! 大きめの桶にお湯と、多めの綺麗なタオルが必要です!」

「は・はい!」


 動揺しつつもホルフはルゥに促され、台所の方に戻っていく。

 一緒にルゥもその場を離れると、扉を閉める時ミルシャと目を合わせ頷き合った。


 出て行ったこと確信したミルシャは、スッと息を吸い込むと両方の掌を前に出し、何かを願う様に目を閉じた。

 すると、薄っすらとミルシャの肌が光り始め、体の周りに光の粒が舞い始める。


「・・・この症状は・・・」


 表情に陰りが見えるミルシャ。

 これがミルシャの特技の最後の一つ、精霊術を使ってお婆さんの体を調べていた。

 ミルシャは『水の精霊使い』であり、水の流れを感じたり、薬草から回復薬を精製する事も可能だった。

 今ミルシャがやっているのは、人の水分の流れを感じ、その流れに滞りが無いかを診ている。

 人はその半分以上が水分でできていて、休みなく体を巡っている。 何か体に不調をきたした時は、必ずその流れが不規則になっていた。

 ミルシャはその流れを感じて調べ、適切な処置をする。 ・・・しかし。


 そうしている間も咳は続き、その顔からは激しい苦痛が見て取れる。


「せめて咳だけでも止めてあげたい」


 そう呟くと、再び精霊術を使い始めるミルシャ。


「お婆ちゃん! 聞える!? あたしミルシャ!!」


 お婆さんは薬医院の掛かりつけであり、ミルシャが子供の頃からの顔なじみ。

 ミルシャの声に少し目を開けると、苦しい表情の中、わずかに微笑みを返してくれた。


「よかった、意識はあるわね」


 ミルシャは唱え始めた精霊術に集中する。


(幸いここは学院の近く。 回復薬を精製する為の素材が学院には揃ってる)


 精霊術を使うときは、その属性に合った媒体が必要となる。

 水の精霊使いの媒体は水に準ずるものであり、火の精霊使いで有れば、近くに火が燃えていなければ術を使うことができない。

 その媒体までの必要距離は定かではなく、直ぐ近くに火が有っても使えない事がある。


 そして、薬草からとれる薬もまた水に属するもので、ミルシャは近くに薬草が栽培されていれば、回復薬を精製する事が出来た。

 しかも、精製工程で不純物が全く入らない事から、その魔力濃度は非常に高く、軽い切り傷程度なら一瞬で直してしまうほど。

 診察した時の様に光の粒が舞い始めると、今度は手の辺りから水の粒が生まれ始める。

 その水が一口で飲めるほどの大きさになると、ミルシャはお婆さんの口にゆっくりと注ぎ込んだ。


「お婆ちゃん、薬よ! 少しでもいいから飲み込んで!」


 回復薬は市販されている物でも、飲ませる相手の意識が無ければ効果は表れない。

 それは薬そのものが直接傷に効く物ではなく、人が体を直す時に起こる現象に起因するからだった。

 人は体に苦痛がある時、痛みを和らげたいという願いが働き、無意識にその部位に向かって回復魔法を使っている。

 その時に使うのが体内にある魔力で、人はその魔力が非常に少ない。 深い傷を負ってしまうと、出血は止められても傷が塞がりきらない内に魔力が枯渇する。

 そんな時に使うのが回復薬であり、薬で魔力を補充し深い傷も短時間で完治させる事が出来る。

 ただし、それは自然治癒が見込まれる傷であり、傷口が大きく開いたままでは治せず、何かしらの方法で傷口を塞ぐ必要があった。 骨折などに対しては、適切な処置無く回復薬を使用すると、変な付き方をして完治が見込めなくなってしまう。

 また、腫瘍などの自力で直せない病気は、回復薬では効果が得られない。

 その場合には、適切に切除してから、回復薬で治癒を試みるのが正しい使い方だった。


 水の精霊使いが作る回復薬は、人の持つ自然治癒を一瞬で施す程の力を持つ。

 それは魔力濃度と共に、回復魔法そのものに変化を与えていると考えられた。


 お婆さんは意図して飲み込めている様子は無かったが、荒い呼吸から薬は徐々に体内に入り、その体を僅かに光らせ激しい咳を和らげていった。

 呼吸が整い始め、枕もとで覗き込んでいるミルシャに頭を傾けた。


「ありがとね・・・。 ミルシャちゃん」

「・・・うん」


 ミルシャはお婆さんの手を握り涙ぐんでいた。


--- バンッ!!


「かあさん!!」


 大きな音をたてて突然扉が開いたと思うと、血相を変えたホルフが飛び込んできた。


「なんだい・・・うるさいね・・・」


 咳の和らいだお婆さんは、騒がしい息子を見て言った。


「か・・・かあさん・・・急に咳が静かになったからびっくりして・・・」


 ホルフは涙を流しながらその場に崩れた。


「ミルシャちゃんが薬をくれてね。 楽になったよ・・・」

「・・・・・」


 ミルシャの表情は陰りを見せたまま変わらない。

 そんなミルシャの表情に、ルゥは全てを察した。


「ミルシャちゃん・・・そんな顔しないでおくれよ。 分かっているよ、自分の体だからね」

「・・・かあさん?」

「・・・・・」


 精霊使いの薬とはいえ効くのは自然治癒が見込まれる症状まで。 人の一生で必ず訪れる自然の終焉に効果は得られない。


「・・・お父さんなら出来る事あるかもしれないわ。 もう直ぐ来るから!」


 ミルシャの言葉に微笑み返し、静かに目を閉じる。 それをみて焦りが心を動揺させてしまう。


「ミルシャ!?」


 ミルシャは再び精霊術を使い始める。


「まてっミルシャ! 今使っては!」


 ルゥは慌てて止めさせようとするが、ミルシャは術を止めずそのまま始めてしまう。


「何か・・・まだ。 何かきっと助ける方法はあるはずよ!」


 言葉と同時に再び光の粒が舞い始める。 今度はミルシャの周りだけではなく、部屋全体に広がっていた。

 精霊術は人前で使ってはいけない。 それは精霊使いの約束事で有り、破れば最悪身の破滅を意味する。

 精霊使いを見たものは殆どいない。 それはけして人前で術を使わないからであるのだが、逆にそれが仇となり、魔の存在として人々の噂になってしまった。

 魔力を行使して戦う魔人族と同じ恐怖を持たれていた。

 ミルシャは想いが先走り、ホルフの前で精霊術を使ってしまった。 だが、その努力もむなしく何の対処も見出せない。


 ミルシャの願いは届かず、静かに目を閉じるお婆さん。


「待って・・・。 何か・・・何か・・・まだ何か・・・・#$%#!」


 思い詰めてしまったミルシャは、突然意味不明の言葉を発し、目の前に金色に輝く輪を作り出した。 その光は段々眩しく輝き始める。

 ルゥは突然のミルシャの異変に青ざめた。

 ミルシャの瞳は赤く光り、その手の先にある輝く輪は、本で見た魔法陣の様。 その光景に声も出せず固まってしまうルゥ。

 ミルシャ自身も自分の意識が遠のいて行く事に気付かず、何かを必死に願い続けた。



『・・・ やめろ ・・・』



「!?」


 突然頭に響く重く静かな声。 同時に弾け飛ぶ魔法陣。

 その声に驚き、朦朧としていた意識を取り戻したミルシャは、声の主を探して後ろを振り返った。


「ホルフさん! 家に入らせてもらいますよ!」


 振り返ったと同時に玄関の方から聞えるゼルの声。


「今の声・・・お父さん?」


 ホルフはゼルの声に部屋を飛び出し、急いで迎えに行く。

 その姿をミルシャとルゥは見つめ続けていたが、ルゥはふと我に返りミルシャの瞳を見た。


(いつもと変わらない青い瞳・・・。 さっきの燃える様な赤い瞳は光による錯覚? ・・・あの時光っていたのは何だったのだろうか?)


 ルゥがベッドに視線を移したが、そこには先ほどの魔法陣は無かった。

 謎の声と共に弾け飛んだ光が、煌めきながらお婆さんの体に吸い込まれていた事を誰も知らない。


最後まで読んでいただきまして有難うございます。

挿絵の入ったバージョンもXにて紹介しております。

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