静かに崩れゆく日常①
岩の家に身を寄せて数時間が流れた。
今聞こえる音と言えば、焚き火の燃える乾いたパチパチという音と、アイリスがランタンを分解しているカチャカチャという音。
外は風が吹いているのだろうが、岩の家では外の音が全く入ってこない。
それは逆に、中で話している声も外に通さず、安心して会話することができる。
だが、今はもう誰も言葉を口にしていない。
ミルシャは簡易ベッドに横になりながら焚き火を見つめていた。
カイやルゥも、丸太の椅子に座り炎をじっと見つめている。
四人とも疲れが限界となり、暖かな家であれば数秒で寝てしまうだろう。
だが、横になっているミルシャですら、今回の依頼の事を考えてしまい寝付くことはできなかった。
「あたしたち、これからどうなっちゃうのかな……」
誰にあてた言葉でもなく、ミルシャが独り言のように力のない言葉を呟いた。
「誰に狙われているか分からないし、ギルドには敵がいる……。
狙われる理由も全く分からないんじゃ警戒のしようもない」
「………」
話を聞いていたカイが、ふと焚き火から視線を落とした。
ミルシャはベッドから起き上がり、再び丸太の椅子に腰かける。
「ねぇ、カイ? 何か思うところがあるんでしょう?」
「………」
前回の依頼の時に見せていた、カイの考え込む仕草が気になっていたミルシャ。
カイは三人を見渡すと、一度大きく深呼吸して語り始めた。
「差し戻した依頼の時よりも、少し前の話だ。
俺は誰かに後をつけられた事があった」
「尾行!?」
突然の話にアイリスも手を止め耳を傾ける。
「ヘルパーギルドから家に戻ろうとした時に、ずっと後をつけられたことがあったんだが、それが酷くお粗末な尾行でな。
物陰に隠れて尾行しているのはいいが、やたらと周りを気にしながらつけてくるものだからすぐに気付いたし、俺との距離もどんどん縮まっていた。
捕まえて問い詰めてもよかったんだが、その時は急いでいたから撒いて無視したんだ」
カイの話を聞きながら、ルゥが焚き火に薪を入れた。
僅かな火花が飛び散り、家の中を赤く彩る。
「何事もなかったの?」
ミルシャが身を乗り出してカイに質問した。
「その時はそれっきりだった。
後日にまた来るかとも思ったが、それ以降誰かにつけられることは無かった」
「そう……」
「そんなある日、俺は冒険者ギルドに取引先へ支払う貨幣を受け取りに行った時だ。
顔見知りの受付嬢に呼び止められ、数日前にAランクを探していた男に俺を紹介したと言われた」
「え? 勝手に紹介したの?」
「ヘルパーギルドやハンターギルドでは、個人を紹介することは無い。
それは、依頼がそのメンバーに適しているのか、ギルドが選考して決断するからだ。
だが、冒険者ギルドでは、荷物の運搬以外の依頼は受け付けてはいない。
ギルドに荷物の搬送依頼を出しても、ギルドがメンバーを指名するわけではなく、そちらの方面に行くメンバーが、運搬の希望場所を言って依頼を受ける形だ。
とはいっても、素性の分からない奴に個人を紹介することはしないだろう。
その尋ねてきた男は、ハンターギルドのCランクだったらしい。
当然、冒険者ギルドにも登録していて素性は確かだった。
だから、ギルドの受付嬢も安心して俺を紹介した」
「もしかして、それがカイを尾行していた人?」
「確信は無い……が、容姿を聞いた限り間違いないと思う」
「会っていないの?
ハンターギルドに行けば会えるんじゃない?」
「ああ、俺もそう思って、その足でハンターギルドに行ってみたんだ。
ところが運悪く、そいつは荷馬車の護衛依頼を受けて出発した後だった」
「じゃあ、後日また行くことになったんだね」
「予定では五日程度という事だったから、それを待って再度行ってみた。
だが……」
「帰ってなかったの?」
「……その護衛依頼は失敗して、依頼主ともども盗賊に襲われ帰らぬ人となっていた」
「そんな……」
「そういえば少し前に、ハンターギルドで護衛依頼を失敗したと聞きました。
それがその方だったのですね」
「そうだ」
その時ルゥが首をかしげた。
「ハンターとはいえ、Cランクが護衛の依頼っておかしいと思う」
荷馬車の護衛依頼は、盗賊に狙われる確率が非常に高く、Bランク以上のパーティが妥当とされている。
「ああ、本来であればCランクパーティには頼まないだろう。
ハンターギルドに色々聞くわけにもいかず、何も分からないまま終わってしまったんだ。
そして、そのあと直ぐに、フォルテシモ王国の護衛依頼が舞い込んできた」
「………」
「流石に俺も躊躇してな。
いつもなら依頼書を受け取ってから、お前たちを招集するところだが、その時は口頭で依頼を聞いただけで招集させてもらった。
正直、反対してもらって助かったんだ。
俺は昔、ギルドマスターと同じパーティだったから、面と向かって頼まれると断れん」
「そうだったんだ。 それであの時、浮かない顔していたんだね」
「余計な心配させないようにと言わなかったんだが、こんなことになるとは思わなくてな」
「……え? この依頼と関係があるの!?」
ミルシャは驚き立ち上がった。
「わからん。 だが、殺されたハンターは俺を名指ししたわけではなく、あくまで受付嬢の紹介だった。
それがもし、Aランクのパーティを探すためであり、俺が感ずいたことで消されたとしたらどうだろう」
「意図は分からないけど、僕たちを王都から遠ざける目的で最初の依頼を出した。
だけど断られたから、今回の依頼を出して全滅させようとした……というところかな」
「ああ、そういうことだ」
「……そうなりますと、最初の依頼にかかる日数は三十日前後であったと考えられますから、その間に王都で災いが起こるという事でしょうか?」
「災いって……」
「三十日は順調にいった場合の期間だが、そうみておくのが妥当かもしれん」
「それじゃ、すぐ帰らなきゃ!」
青い顔をしているミルシャが焦りを言葉にした。
「落ち着いてください、ミルシャ」
「う……ごめんなさい」
「気持ちは分かる。 だが、すぐに帰っても何もわからない」
「ギルドの敵を探すとかは?」
「俺たちが戻ったら敵は隠れてしまうか、消される可能性がある」
「うっ……そっか」
「だが、逆に言えば、戻らなければ気を許して尻尾を掴みやすくなる」
「え? 戻らないって、どういうこと?」
「俺たちが生還すれば、敵は慎重になって身を潜めてしまうだろうが、全滅したことになっていれば、敵は油断して次の段階に進むはずだ。
それにはまず、陛下に会って安全な情報網を張る必要がある」
「うん」
「朝になったらここを出発して、まずはラングレイの町に泊まる。
そこから、できれば直接王都へ行く乗合馬車に乗って戻る」
「……ルベイユには?」
ミルシャは出発するときの約束を思い出していた。
「ルミナちゃんかい?」
「約束したから……」
「たとえルベイユに寄ったとしても、同じ宿には泊まれないよ。
生存がばれてしまうからね」
「………」
「だから、全てが終わったら僕と一緒に遊びに来よう。
きっと、その方が楽しいよ」
「うん……そうだね。 うん、わかった!」
約束を破るのが好きではないミルシャだったが、今回はルゥの言うことに頷き、必ずルミナに会いに行くことを心に誓った。
「話は決まったな。
明日、日の出と共にここを出発する。
徒歩でも昼過ぎには着くだろうから、まずはそこで体を回復させよう。
今日は交代で仮眠を取って明日に備えるぞ」
「わかったわ」
ミルシャの返事に、ルゥとアイリスが頷き、最初はミルシャとアイリスが仮眠をとることになった。
アイリスはランタンを直し終わってから、ミルシャと一緒に横になるつもりでいる。
ランタンは魔道具というわけではなく、単純な構造で油を燃料にして火を灯している。
だが、ルゥのランタンは異常に各部が細かく設計されていて、中に使われている鉄の管がとても細く、その精密さから、普通のランタンでは考えられないほど小さな炎が灯せるようになっていた。
それだけに、今回のような異物の含んだ水には特に弱く、アイリスも細い管の掃除に苦戦していた。
とはいえ、魔道具に術式を加えるのは、もっと繊細な作業であり、そういった道具を持っているのであれば、掃除をすることは可能だった。
「これで掃除は終わりです」
バラバラになっている部品の掃除を終えたアイリスが呟いた。
「ありがとう。 助かるよ」
「いいえ。 後は組み立てれば終わりですので、油の用意をおねがいします」
「わかった」
アイリスが微笑みながらルゥにお願いをした。
組み立てるのは難しいものではない。
やはり、知らない構造を分解する方が難しく、試行錯誤して切り離した部品は、後で同じものを作る知識に役立つ。
アイリスは手際よく組み立てていくと、最後に底面についている油を入れる容器を手に持った。
(あら? これは……ただの容器ではありませんね)
掃除している時には気付かなかったが、底面に付ける容器の更に底が外れるようになっていた。
あまりに綺麗に設計されていて、汚れていた時の状態では分からなかった。
アイリスは、それも分解して掃除しようと、慎重に中を開けた。
すると驚いたことに、中には小さな水晶と、何かを起動させるための魔法陣が刻まれていた。
アイリスは、その魔法陣が着火の魔道具と同じであることに気付いたが、火をつけるだけの物ならば水晶は使わない。
内側に刻まれた魔法陣だけで、魔力を火属性に変換することができる。
(この感じですと、底面を触って魔力を送ると着火する仕組みですね。
でも、この水晶の役割は……個人の識別でしょうか。
単純ですが、この発想は素晴ら……しい……!?)
次の瞬間、アイリスの表情が凍り付いた。
魔法陣の隣に刻まれていた、模様と名前に心が締め付けられる。
(私の……印が……そんな)
そこに刻まれていたのは、紛れもなくアイリスが刻む自分の印。
アイリスに限らず、魔道具師は魔道具のどこかに、自分が作ったものであるという印を刻む。
これは魔道具師の決まりであり、責任を持たせる意味合いがある。
アイリスの場合は表に刻まず、魔法陣の近くに自分の家紋と名前を刻んでいた。
その印が、このランタンに刻まれている。
(……この文字の癖――間違いなく私の印ですね。
でも……私はランタンを作ったことはありません。
これはいったい……)
手が止まり、放心状態になってしまうアイリス。
「何か問題でもあったかい?」
油の準備をしていたルゥが、手元の止まったアイリスに言葉をかけた。
「……いいえ、底面が変わった設計になっていたものですから、少し気をひかれてしまいました。
ルゥは火をつける時は、どうしていますか?」
「この着火の魔道具を使っているよ」
油と一緒に用意した魔道具をアイリスに見せた。
「……そうですか。
ご存じなかったようですが、このランタンには着火の魔法陣が組み込まれています」
「え?」
「とりあえず、組み上げてみますね。
その上で魔力を送ってみて、点かないようならば調整します」
「……わかった」
ルゥはやや俯き、曖昧な返事をした。
自分の印の事は話さず、手際よく組み立てると、ルゥの用意した油を容器に注いだ。
そして、アイリスは底面に手を添えて魔力を送ってみた。
(着火しませんね……でも、魔力を吸われた感覚はありましたから、水晶の魔力識別に引っかかって魔力が消されたのでしょう。
これは……ルゥに点けられるのでしょうか。
ルゥは教会に捨てられていた時に、このランタンと金貨が傍に置かれていたと言っていました。
もし、それが本当であれば、ルゥの魔力波長を記録してはいないはず……。
さっきの様子では、着火の魔法陣が有ることも知らないようでしたから)
アイリスは完成したランタンを前に出し、にっこりと微笑みながらルゥに渡した。
「とても単純な着火方法です。
底面を触って、魔力を送れば着火します」
「……わかった」
底面に触ることを少し躊躇していたルゥだったが、何も言わずに手を添えると優しく魔力を流した。
――ポッ!
可愛い音と共に小さな火がランタンに灯った。
「これは便利だね。
今までずっと、硝子を外して着火していたよ」
「はい。 今回の掃除で構造は分かりましたので、合間を見て同じものを制作いたします」
「ありがとう。 助かるよ」
アイリスは微笑みながら目を閉じた。
(私の知らない、私が作ったランタン。
ルゥの魔力波長が刻まれた水晶。
そして何より、ランタンに付いている傷は長年の使用で刻まれたもの……。
信じられるものではありませんが、この条件から見いだせる答えは一つだけです。
――未来からの旅人
本当にそんなことがあるのでしょうか……)
アイリスは自分の出した答えに疑問を投げかける。
(私を助けてくださった魔人族……。
未来から来たルゥ……。
今日は私にとって忘れられない日になりましたね。
今は何も聞かず、行く末を見守りましょう……)
アイリスは道具を片付けると、ミルシャを起こさないように隣に横になった。
最初は寝付けないでいたミルシャも、今は深い眠りについていて、アイリスが隣に来ても起きることはなかった。
そして、夜は更けていく――
夜明けの時間。
交代で仮眠を取るはずだったが、カイやルゥも鞄を枕に眠っていた。
それは、ミルシャとアイリスが、疲れのあまり起きることができず眠り続けていたからだった。
流石に二人を起こすのは気の毒になり、その後の焚き火の管理は二人でやることにした。
ルゥが最後に入れた薪で焚き火は夜明けまで燃え続け、家の中が寒くなることはなかった。
ミルシャとアイリスは、起きたと同時に平謝りしていたことは言うまでもない。
朝日と共に行動を開始する四人。
カイは岩の家を消滅させ、他の者は必要な物を選別して荷物をまとめている。
馬車で持ってきた荷物は意外に多く、全てを持って帰ることはできない。
仕方なく最低限の物だけを選び、持てないものはルゥの精霊術で焼却した。
まだ終わってはいない。
無事王都に帰るまでは気を抜くことはできない。
「さぁ、まずはラングレイの町を目指して進もう」
「うん!」
「じゃ、出発だ!」
「わかった!」「うん」「はい」
森を出てしばらくは、山沿いの道を進むことになる。
ミルシャは一人も欠けず帰れることが心から嬉しくて、笑顔が戻っていた。
今回も最後までご覧いただき、心より感謝申し上げます。
※挿絵はMicrosoft Copilot による生成画像です※




