地質調査の旅⑩
「どこかに移動したの?」
暗がりに目を凝らしながら、ミルシャは馬車の影を探す。
崩れた山の裾にあった森と違い、下車した場所の森は、月明かりである程度の距離を見通せる。
しかし、馬や馬車の影を見つけることはできない。
「いや……」
カイは道の草むらを見て否定する。
そこには何かが無造作に散乱しており、四人は注意しながら近づいていく。
「え?……あたし達の荷物!?」
「ああ、そのようだ」
そこにあったのは、馬車に積んであったはずの荷物が、無造作に投げ捨てられている。
カイはその場に腰を落とし、暗がりに目を凝らして地面を調べ始めた。
ルゥとアイリスは、散らばった荷物を手に取り中を調べている。
「馬車が襲われたの!?」
ミルシャは慌てて周囲を見渡し、御者の存在を確認しようとする。
馬車が襲われ奪われたと考えれば、御者は怪我して倒れているかもしれない。
探し始めるミルシャを、カイの一言が止めた。
「争った痕跡がない」
「え?」
「襲撃されれば無数の足跡が残る。
だが、ここにある足跡は、静かに馬を導いた足跡と、向きが変わった馬車の痕跡だけだ」
「荷物も物色されていません」
「車内から全て投げ捨てたみたいだね」
「え? どうして?」
「……どうやら俺たちは、この依頼を受けた時から、何者かの罠に足を踏み入れていたらしい」
「!?」
三人はぞっとして立ち尽くす。
「だって……ギルドの依頼だよ?
馬車だってギルドが用意して……まさか!?」
「ああ、ギルド内に敵の駒がいる。
馬車はギルド管轄ではないから、敵の仲間だったと考えられる」
「そんな……」
月明かりに静かな風が流れていく。
誰に狙われているのか、その理由も全く分からない。
このままでは、道行く人全てが敵に見えてしまう。
「とにかく、現状を何とかしよう。
お前たちは初めてだろうが、俺は野宿を何度もしているから要領を得ている。
幸い、今は四属性の精霊使いが揃っているから野宿もやりやすい」
「さっき流された時にランタンが消えてしまって、僕は加護が使えないんだ」
「それでしたら、私の鞄の中に着火の魔道具が入っていますから、それで焚き火をつければ大丈夫です。
ランタンは落ち着いてから修理します」
「ありがとう、アイリス」
「はい」
「あと問題なのは服だが……」
魔族との戦いで汚れてしまった装備は、最後の泥の濁流でずぶ濡れになってしまっていた。
もともと、布地の少ないミルシャとアイリスは、そのままでは風邪をひいてしまう。
濡れた服の不安が広がる中、ただ一人、服という言葉に目を輝かせた者がいた。
「それなら大丈夫!」
突然、手を腰に当てて自慢げな声を出すミルシャ。
捨てられていた荷物の中から、ひと際大きな白い包みを持ってくると、皆の前でニコニコしながら広げた。
「見て見てー! みんなのために作った農作業服!」
「は?」
広げた包みの中には、四人分の服が綺麗に畳まれて入っていた。
「ラングレイの町って農業で成り立っているって聞いたから、農作業がやりやすい服をデザインしてみたの!
これをみんなに着てもらって、町中で宣伝してもらうつもりで持ってきた!」
作った作業着を自分の体に合わせ、くるっと一周回ってポーズをとる。
「町中で宣伝というのが気になるが、今はミルシャの行動力に感謝だな」
敵に対して不安な気持ちは残るものの、ミルシャの仕草に皆の心が温かくなってゆく。
それからは、まずミルシャの精霊術で水を生成し、それを使って顔や手足を洗うと、ミルシャの仕立てた作業服に着替えた。
カイとルゥは同じデザインの洋服で、やわらかいが刃物を通さない生地のズボン。
上着は前合わせのジャケットに、ベルトを通すためのベルトループが縫い込まれている。
どちらも汗を吸いやすく着心地は抜群にいい。
ミルシャの着ている服は、肌を出さないフードの付いたワンピースの上から、エプロンのように着こなすジャケット。
足も丈夫な長めのスパッツに通気性の良いブーツで、完全に日焼けを考慮しているのがわかる。
もちろん装飾品も忘れない。
そして、着替えた四人の中で、ひと際目立つ服装のアイリス。
白いパフスリーブブラウスに、深い緑のコルセット風ベストを重ね、花刺繍入りの後ろがやや長い茶色のスカートと、わずかに見える白いペチスカートが優雅さを表現している。
「ねぇ、ミルシャ? ……これで本当に農作業ができるのでしょうか?」
アイリスは渡された服を着たものの、農作業ができる服装には思えない。
「可愛いでしょー! 家事に向いたデザインにしたつもりっ!
アイリスが着れば、街ゆく人からの注目間違いなしだよ!
ちなみに女の人用の作業服は、あたしが着ている服ねっ!」
「注目!?」
「うんうん!
男の人の服は、動きやすさ重視で地味に仕立ててみたから、あまり目立たないじゃない?
だから、アイリスに男の人の視線を集めてもらうの!」
「………」
「それじゃ、アイリスに視線が集中するだけじゃないのか?」
「そう! だからね、視線を遮るようにカイとルゥが間に立って、みんなに宣伝してもらうの!
もぉ~、あたしってば完璧だわっ!」
「………」
敵を作るだけしか思えない、頭を抱えてしまう段取りだが、今この時の恩はとても大きい。
渋々頭を縦に振る三人だった。
着替えが終わり、それぞれの役割を始める。
カイは道から離れた場所に、岩を模した窓のない家を生成。
所々に光の漏れない曲がった穴を開け通気を確保。
ルゥは燃やすための木の枝を集め、家の中央に焚き火を作り暖を取る。
精霊術で生成した火でも暖は取れるが、火そのものが浮いているので、ルゥが寝てしまうと風で移動しかねない。
アイリスは精霊術で柔らかい草をたくさん切って風で乾かし、それを家の中に入れると、布で包んで形を整え簡易ベッドを作った。
触り心地は悪いが、地面に横になるよりとても良い。
更にアイリスは木を輪切りにして、焚き火の周りに椅子を作った。
そしてミルシャは、捨てられていたみんなの荷物を家に入れ終えると、一段落したカイに頼みごとをした。
「ねぇ、カイ。 カップとケトル作れる?」
ミルシャはお湯を沸かしたくてカイに聞いた。
「作れるぞ。 ちょっと待ってろ」
そう言いながらカイは精霊術を使い、鉄のカップとケトル、それにケトルを吊るすための支柱を作り出した。
土の精霊使いは、砂鉄がある場所でならば鉄製の物を生成することができる。
剣や盾も、装飾品として形だけならば生成できるが、硬度を増すための焼き入れはできないため、生成する剣では果物の皮をむく程度の用途しかない。
みんなの協力もあって、一時間もしない間に立派な岩の家が完成した。
四人が家の中に入って入口を塞ぐと、どこから見ても大きな岩にしか見えない。
中に入って丸太の椅子に座ると、早速ミルシャはカイに作ってもらったケトルに精霊術で水を入れ、お湯を沸かし始めた。
生成された水は、沸騰させることで消滅しなくなる。
その場で焚き火に合わせたカイの支柱は、炎が当たるちょうどいい位置にケトルがあった。
「こうして火を囲むと、少しだけ安心できるね」
ルゥはミルシャの邪魔をしないように、焚き火を整えていく。
火力が強い事もあって、水は瞬く間にお湯になり、ミルシャは焚き火からケトルを外し地面に置いた。
そしてふたを開けると、手に持っていたものを中に入れる。
狭い岩の家に漂うカモミールの香り。
カイはその香りに安らぐ気持ちを感じた。
「まさか、ハーブまで持ってきていたとは」
「戦いの後こそ、心を癒す一杯が必要なの。
さぁ、できた! みんな、どうぞ!」
ミルシャはハーブティーをカップに注ぐと、皆に手渡した。
カップを受け取りゆっくり味わうと、ようやく落ち着くことができた。
「美味しいお茶を飲むと腹が減るな。
こればっかりは、明日ラングレイに着くまで我慢しないとな」
冗談半分にお腹をさすって笑い飛ばすカイ。
「お菓子ならいっぱいあるよ!」
「………」
ミルシャはニコニコしながら、見覚えのある包みを取り出した。
それは、来る時の休憩でミルシャが広げていた、お菓子がたくさん入った大きな包み。
「そういえば、そういうのも積んでいたな……」
「さぁ! 食べて食べて!」
広げたお菓子をみんなに配ると、ミルシャは美味しそうに食べ始める。
「加減の知らないミルシャと、荷物を捨てていった御者に感謝だな」
「うんうん!」
二人のやり取りに、みんなが微笑みを取り戻すことができた。
「それでは、今のうちにランタンを修理しますから、貸していただけますか?」
「ありがとう」
ルゥは、中に水が溜まってしまったランタンをアイリスに渡した。
「油はありますか?」
「ああ、それは捨てられていた荷物に予備があるから大丈夫」
「見たところ壊れている様子はありませんから、分解して乾かせば大丈夫でしょう。
それと併せて、新しいものを作るために構造の確認もしておきますね」
「助かるよ」
「はい」
アイリスはランタンを受け取ると、輪切りにした丸太の椅子を並べて白い布をかけ、その上に道具とランタンを置いて調整を始めた。
その時、アイリスは無意識に拡大鏡を掛けてしまう。
「あれ?」
拡大鏡に気付き驚いたのはミルシャだった。
「あ……えっと……これは……」
魔人族に渡されたことを忘れ、うっかり拡大鏡をつけてしまい説明に困るアイリス。
「ああ! さっき着替えた時、鞄に入っていたのに気付いたんだね!
すぐ返さなくてごめん! 大事な物だったのにね!」
ミルシャは両手を合わせて謝った。
「あ……いえ……少し開いた鞄から、偶然拡大鏡が見えたものですから……。
何も言わずに取ってしまってごめんなさい……」
「ううん! それより、無事返せたことがとっても嬉しい!」
「はい……」
疑うことを知らないミルシャに後ろめたい気持ちを隠しつつ、勘違いに救われたアイリス。
(ミルシャ、嘘をついてごめんなさい。
本当でしたら、魔人族の事を話さなければいけないのでしょうけれど……。
もし、今も傍にいて姿をお見せにならないのでしたら、きっと理由があるはずなのです。
だから、今はまだ……)
アイリスはミルシャに申し訳なく思いつつも、今は話さないことを心に決めた。




