地質調査の旅⑥
カイは背後にミルシャを庇いつつ、大剣を大振りし、直進してくる魔族を切り倒した。
後方ではアイリスとルゥが、左右から来る魔族を精霊術で倒している。
カイとミルシャが戻ってきたことで、四人が一塊になり、四方の敵を睨みつける。
すると、さっきまで突進してきた魔族たちは、一定の距離を取り威嚇を始めた。
「ルゥ! お願いします!」
「!」
突然のアイリスの呼び声に、持っていた魔道具をその場に置いて、ルゥは即座に弓を構えた。
アイリスはルゥに目で合図を送りながら、ずっと右手に握りしめ、魔力を込めていた発光玉を、力いっぱい頭上高くへと放り投げた。
それを見たルゥは、発光玉が一番高くなる位置を見定め、狙いをつけて渾身の矢を放つ。
ルゥの放った矢は何の音も発せず、まるで獲物に狙いを定めた鷹のように、正確に発光玉の軌道を読み、透明な発光玉を射抜いた。
その瞬間、発光玉は砕けて欠片を散らし、強烈な光を開放する。
発光したのを確認したアイリスは、すぐに精霊術で風を起こし、その光の欠片を天井へと吹き飛ばし突き刺した。
発光玉は、昼間でも目くらましに使える程の光量があり、薄暗かった洞窟では、一瞬にして日差しの強い日中へと変貌させた。
突然の光に後ずさりする魔族たち。
だが、眩しいのは四人も同じであり、カイは咄嗟に外套を外すと、三人に隅を持たせ光よけを作った。
そして、四人は背中合わせに外套の中に入り、薄目を開け魔族の動きを読む。
四人の咄嗟の行動からも、発光玉を使った時に備えていたことがわかる。
しかし、光にさらされ現れた光景は、この世の物とは思えないおぞましいものだった。
天井一面に張り付いた、蟻の様な異形を持つ魔族。
それが地面に落ちてきて、光に驚き慌てふためいている様子は、もはや心的外傷を負ってしまうほどに気持ち悪い。
「ね、ねぇ……ただの蟻の変異種じゃないの?」
その魔族に顔をゆがめながら、ミルシャが聞いてきた。
「違うな、間違いなく魔族だ。
俺たちから見えない天井で、音を立てずに待ち伏せ、何の気配もさせずにお前の首を狙ってきた。
それ程の知能は、変異種だったとしても蟻では考えにくい。
武器こそ持ってはいないが、俺たちが扱う剣を見て覚えるかもしれん」
「え!? でも、あたしの持っていた魔道具、綺麗に斬られているよ!?」
「それだけ、あの牙が鋭いという事だ」
よく見れば、蟻と同じ牙がハサミのようによじれ、「ギチギチ」「ギチギチギチ」と音を立てている。
もし、ミルシャの背後に落ちてきた時に、カイの一振りがなければ、ミルシャの首がなかっただろう。
「このまま来た道を戻るぞ!
滝に作った橋を消せば、こいつらは渡って来られないはずだ!」
「でも、壁を登ってるよ!?」
「忘れたか? あの滝の壁は脆いから、必ず時間稼ぎになる!
急いで洞窟を脱出して、全て崩壊させるぞ!」
「わ、わかったわ!」
入ってきた洞窟に足を向ける四人だったが、すでに何層にもなった蟻の群れが、退路を塞いでしまっていた。
「くそっ!」
「あたしが水輪刃で蹴散らすわ!」
ミルシャは一歩前に出ると、片手でカイの外套を押さえ、空いている手で鋭く回転する水の輪を生成した。
「だめだ! ミルシャやアイリスの精霊術は、攻撃力がありすぎる!
外れた術が洞窟を壊しかねない!」
「ええっ!?」
カイの言葉に驚き、ミルシャはすぐに術を解除した。
「ルゥ! 通路までの敵を焼き払え!」
「わかった!」
「ルゥの火炎で、奴らが狼狽えているところを走り抜けるぞ!」
「うんっ!」
「はい!」
ルゥは、カイがランタンを腰に付けていることを確認すると、精霊術で顕現した炎を体に纏い、それを鞭のように前方へと繰り出した。
炎はしなりながら伸びていき、目の前の敵を焼き払っていく。
だが、次の瞬間――
――ブオォォォォ!
ルゥの炎は、冷えていた広間の気温を一気に上昇させ、内部に乱気流を作りだし、入ってきた通路から激しい風が渦を巻いて襲いかかってきた。
「きゃあぁぁぁ!」
「くっ! 天井に外に抜ける穴があるのか!?」
カイは咄嗟に精霊術で暴風壁を生成し、風が飛ばしてくる石を回避した。
暴風壁の両脇からは、風に巻き込まれた魔族が飛ばされ、奥の壁に叩きつけられる。
よく見れば、入ってきた通路以外に穴は見当たらない。
外に繋がる道は、天井のどこかに開いているのだろう。
アイリスも、広間から枝分かれしているのは気付いていたが、高低差は確認していなかった。
「みんな大丈夫か!」
カイはルゥにランタンを返し、先頭を託した。
「問題ありません!」
「大丈夫!」
「あたしも大丈夫!」
「よしっ! 走り抜けるぞ!」
カイの声で、一斉に出口に向かって走る四人。
最初にルゥが入り、中にいた蟻を矢で射貫くと、アイリスとミルシャが手を取り合って一緒に入って行く。
最後尾のカイは、精霊術に意識を集中しながら、通路に入った瞬間に土の壁で塞ぐ準備をした。
――ドコッ……!
「ぐあっ……」
「カ、カイ!!」
あと少しで通路というところで、突然飛んできた岩に、カイは頭を強打して、出口に入ったところで倒れてしまった。
「カイ! 大丈夫!?」
咄嗟に駆け寄るミルシャ。
「風の茨!」
アイリスは、カイとミルシャを庇うように、風の防御盾を展開する。
「早く治療をしてください!」
「うん!」
ミルシャはカイの頭を治療しようとするが、出血が酷く、石に当たった衝撃で意識がない。
「意識がなくて回復薬が使えないの!」
悲鳴にも似た声を出すミルシャ。
「とにかく止血するんだ!」
「う、うん!」
ルゥに言われ、鞄から布を取り出し患部に当てると、革のベルトで固定する。
それでも血は止まらず、じわりと当てた布が赤くなっていく。
治療には一刻を争うが、戦いながらの処置は難しい。
しかし、パーティで一番の巨体であるカイを、魔族から守りながら運ぶのは不可能だった。
――ズズズズ……
「このままでは、天井が崩れるかもしれません!」
絶体絶命の状況に、アイリスの言葉が追い打ちをかける。
アイリスの風の茨は、風を絡めて触れるものを切り裂く技であり、その有効範囲に壁があると、その衝撃で崩落させてしまう危険性があった。
「でも、カイを置いていけないよ!」
上半身を起こすことすらできないミルシャが悲鳴を上げる。
「僕が運ぶ!」
反対側にいたルゥが言った。
「運べるの!?」
「僕の火の加護は、腕力を強化するものだからね」
「火の加護って……なに?」
「知らなかった? なら、ここを出たら教えてあげるよ」
「う……うん」
ルゥは心を静め、精霊術を唱える。
すると、小さなパチパチと弾ける火が、ルゥの体を回り始めた。
その小さな火は、ルゥの体に吸い込まれるように消えると、今度はルゥ自身が淡い光を纏い始めた。
ルゥは急いでカイを担ぎ上げると、まるで軽い綿でも持っているように、颯爽と走り始めた。
「す、すごい! アイリス、行こ!」
「はいっ!」
アイリスに声をかけて、ルゥの後を追う二人。
「あれは精霊の加護ですか?」
走りながら聞いてくるアイリス。
「そうルゥは言ってたけど……」
「精霊の加護には制限があるのです。 間に合えばいいのですが……」
「え!?」
不安なことを言うアイリス。
「理由は分かりませんが、加護が途切れる前に術を解かないと、意識がなくなってしまうのです」
「どのくらいで途切れるの!?」
「わかりません。 使うたびに継続時間が異なるのです」
「そ、それじゃ、もし出る前に途切れたら……」
「二人が意識を失うことになります」
「!?」
男二人が倒れてしまったら、女二人では運ぶのは不可能になってしまう。
気持ちが焦るミルシャ。 前に出す足も、泥が絡みついて滑り走りづらい。
それでも後ろから来る魔族を警戒しつつ、力の限り走り続けた。
魔族たちは、先ほどのアイリスの精霊術に躊躇しているのか、追ってくる様子がない。
知能があるのであれば、目の前で切り裂かれる同胞を見れば躊躇もするだろう。
このままルゥの精霊の加護が続いてくれれば、洞窟を抜けることができる。
幾度も泥に足を取られ転びそうになるが、その度にアイリスとミルシャが支え、必死に外への距離を詰めていく。
だが、カイを背負い走っていたルゥが、突然その足を止めると、絶望の表情を見せていた。
「どうしたの――!?」
「橋が……無い」
来るときにカイが作った、滝の前の橋が綺麗に消滅していた。
その時初めて、来るときは無かった泥の道を走っていることに気付いた。
「カイの意識がなくなったから、歩きやすいように作ってきた道も、滝の橋も無くなってしまったんだわ……」
「これでは外に出られません……」
眠っているだけなら、精霊術で生成されたものは消えない。
だが、術者の意識がなくなると、全てが無に還り消滅してしまう。
「そんな……」
滝の音が容赦なくミルシャ達の心を押しつぶそうと響き渡る。
――ドサッ!
「ルゥ!!」
ルゥは突然倒れ、カイの下敷きになってしまった。
慌ててカイを仰向けにして寝かせ、ルゥをその隣に寝かせる。
「ルゥ! 起きてよ! ルゥ!!」
どんなに体をゆすっても起きないルゥ。
緊迫した状況に、ルゥは加護を解いていなかった。
「加護を限界まで使ってしまうと、突然意識を失ってしまうのです。
でも大丈夫、しばらくすれば目を覚まします。
――ですが、魔族は待ってくれないようです」
「!?」
滝の音で聞きにくいが、重い振動が洞窟の空気を震わせ、魔族たちが近づいていることを知らせていた。
「ミルシャ、私が時間を稼ぎます。
その間にカイの意識を取り戻して、回復薬を飲ませてください」
「そんな……」
「生還できる方法はそれだけです」
「うん……わかった。 でも、無理しないでね……」
「わかっています。
それと、すみませんが、この拡大鏡を預かっていてもらえますか?
この装備で本気を出すと、どこかに落としてしまいそうですので」
そういうと、アイリスは馬車で使っていた拡大鏡をミルシャに渡した。
受け取った拡大鏡を握りしめ、不安な目をアイリスに向ける。
「必ず取りに戻ってきてね……」
「もちろんです!」
アイリスはミルシャに微笑むと、逃げて来た道を広間の方に走り出した。
ミルシャの姿が見えなくなり、僅かな距離を進むと、目の前に魔族たちが現れた。
先ほどの精霊術を警戒しているらしく、「ギチギチギチ」と牙を鳴らしながら威嚇してくるが、いきなり襲ってくる様子はない。
「あの頭の傷では、カイはもう助からないでしょう……。
でしたら、あの子たちは私が守らねばなりません!」
そう言いながら、二本のレイピアを両手に持ち、数回振って手になじませる。
そして精霊術を唱えると、僅かに光を発した風が体を回り始めた。
その風は体へ吸い込まれると、まるで鳥が翼を広げるように、背中に大きな美しい翼を形作った。
それは、風の加護である絶対防御。
しかし、もし術を解かずに意識を失ってしまえば、その場に倒れ、ミルシャ達も守れなくなってしまう。
もはや、魔族たちを足止めできる方法は一つだけだった。
「それでは皆様、奥の広間まで、どうぞお付き合いください」
アイリスは魔族の中へと飛び込んでいった――。
今回も最後までご覧いただき、心より感謝申し上げます。
風の便りのような気まぐれな更新を、そっと見守っていただけますと嬉しいです。
※挿絵はMicrosoft Copilot による生成画像です※




