始まりの夢②
――昨日の昼下がり――
ヘルパーギルドにある食事処の一角に、周囲を気にせず大声で話すミルシャがいた。
「なんなのよ、その依頼は!
フォルテシモ王国からの依頼なんて、どう考えても王宮騎士団が派遣される案件じゃないの!?
仮に民間に回されたとしても、ハンターの仕事! あたし達の仕事じゃないわよ!」
「まあまあ、ミルシャ、抑えて抑えて……」
冷や汗を浮かべながら落ち着かせようとしている青年は、二十歳にはなっていないであろう容姿に、水色の髪に緑色の瞳をしており、手を振りながらミルシャをなだめていた。
楽しい昼食のひとときに、大きな声で騒がれたら、普通は文句の一つも言いたくなるのが人情。
しかし、騒いでいるのがギルドでは有名人であり、その実力も折り紙付きとあれば、誰も文句を言えず、黙って座っているしかなかった。
ギルドの食事処は量が多く、ギルドメンバーには格安ということもあり、昼と夕方の混み具合は、王都で評判のお店にも匹敵するほど人気がある。
ギルドという場所柄ゆえに、食事をしながら情報収集できることからも重宝されている。
そんな食事処のテーブルに座り、店内はもとより、外にまで聞こえる大声で騒いでいるミルシャ。
――ミルシャには四つの特技がある。
一つ目は、最も大切にしている医師としての務めであり、たとえ本業の裁縫師の仕事が忙しくても、合間に父の医院に顔を出すほど、人命を何よりも優先している。
二つ目の特技である裁縫師は、国家に正式登録された立派な職業である。
だが、彼女が裁縫師を志した理由は、三つ目の特技である、ヘルパーギルドとの関わりに深く起因していた。
この国には『冒険者ギルド』『ハンターギルド』『ヘルパーギルド』の三つのギルドが存在し、いずれのギルドも大陸全土に支部を持ち、共通のランク制度『A~E』を採用している。
ギルドへの登録は十二歳以上からとなり、その国の住人であることを証明できれば、『C・D』いずれかの、適性を判断する試験を受けることができる。
ただし、ヘルパーとハンターは、依頼の重複を避けるため同時に登録はできない。
Eランクはギルド見習いであり試験は無いが、国で義務付けられた基礎教育を受けていることが登録の条件となる。
ルーファス王国では、十二歳までに住居近くの教会にて、一年間の基礎教育を受けることが義務づけられている。
あとは、各ギルドで働きながら実務と護身術を学び、各支部のギルドマスターの判断で、Dランクへの昇格試験が行われる。
Dランクは、常に需要のある植物の採取業務が中心で、個人からの依頼は受けられない。
その代わり危険性は低く、安定した収入が得られるため、日々の生活に困ることはない。
Cランクになると、日帰りで行える獣相手の護衛や、戦闘を伴う食糧調達など、技量に応じた依頼が紹介可能になる。
ただし、盗賊などとの対人戦が想定される依頼は、安全面から紹介されることはない。
Bランク以上になると国を跨ぐ護衛や調査など、守秘義務を伴う仕事が中心となり、報酬も月給制に切り替わる。
Bランク以上の場合には、依頼者の負担も高額となり、指名依頼は極端に減ってしまう。
給料制にするのは、優秀な人材を手元に留めて置きたいためで、特別な依頼を円滑に達成する為にも、Bランク以上への待遇は良くし確保している。
だが、いくら手当が出たとしても、依頼がひと月無い事もあり、その間ずっと遊んでいたのでは生活に困ってしまう。
そういった理由から、Bランク以上の者は本職を持つ者が多く、生活のためではなく、時間を持て余さないために職を持つというのが実情だった。
これは、低ランクの仕事を奪わないための配慮でもある。
また、ヘルパーギルドには、結婚の為にハンターを辞めた女性が、Cランクとして多く登録されている。
そんな女性陣が実に好評で、荷馬車護衛などの危険な依頼はさせず、簡単な子供達の世話係など、安全で信頼できるとして大変喜ばれた。
ミルシャがヘルパーギルドに登録したのは、医院で使う薬草や、裁縫に使う染料を採取するのに都合が良かったからだ。
幼い頃から父に護身術を叩き込まれていた彼女は、ギルド試験にて、試験官がトラウマになってしまうほど、容赦なく打ちのめしてしまった。
当然のように、最年少でCランクに合格した。
では、なぜ彼女は裁縫師を目指すことになったのか?
それは、初めてギルドを訪れた時、そこにいたギルドメンバー達の、機能性だけを重視した無骨な服装を目にして、思わず口をついて出た。
――美しくないわ!
その一言から、すべてが始まった。
その言葉を聞き笑い飛ばす者もいたが、裁縫師となった一年後のミルシャは、動きやすさと防御力、そして何より美しさを兼ね備えた防具を完成させていた。
もちろん、裁縫師だけでは防具の完成は難しく、革素材や、防御力の要である鉄素材も必要となる。
ミルシャは高価な素材は使用せず、どこの防具屋にでも捨てられている、壊れた防具の鉄や革の部分を再利用し、それを磨いて彩りを整えて、美しい防具へと蘇らせていた。
残念ながら前衛職には、防御力不足で受け入れられなかったが、見た目良く軽いその防具は、女性陣に大好評となった。
何より、薬医師の知識を生かし、女性が一番気にする汗の匂いに対しても、抜群の消臭効果を付与していた。
そんなミルシャの姿を見て、かつて笑っていた者達も、今では彼女に一目置き、笑う者は一人もいない。
「だいたいね!
給料制のヘルパーギルドに、一人大金貨一枚の成功報酬をつけるなんて、なんでハンターギルドが怒らないのよ!
Bランクどころか、Aランクの成功報酬じゃないの! 本当に意味わかんないわ!」
報酬制を取り入れているハンターギルドでは、十日を超える長期依頼の場合、Aランクの基本料金は大金貨一枚が約束されている。
それはヘルパーギルドの給料、約三か月分に相当する金額だった。
依頼が先方の都合で長期化する場合には、それ相応の追加報酬が支払われることになっているが、未達成の場合でも約束の報酬は支払われる。
だが、それはパーティの全滅を意味している。
そんな長期依頼が月に一度は来るのだから、ハンターの危険度は計り知れない。
「だがなぁ、これは国からの依頼で……」
ミルシャの反論に、すまなそうに答える大柄の男。
髪の色は赤く短髪で逆立ち、筋肉質な体と相まって、実力は火を見るより明らかであり、三十歳は越えている貫禄がある。
この依頼をギルドの受付嬢から聞き、正式な依頼書を貰う前に、メンバーを集め確認を取っているところだった。
「だからってね、カイ! フォルテシモ王国の王都まで、急いでも十日はかかるのよ!?
十日なのよっ!
向こうでの滞在期間や、不測の事態を含めたら、三十日以上になるかもしれないじゃない!
そんなの、絶対に受けたくないわ!」
取り付く島もなく、叫び続けるミルシャ。
それを聞いていたもう一人の女性が、楽しそうに食事をしながら、ミルシャの言葉に同意する。
「私も長い期間は困ります。
本来でしたら、ヘルパーは五日以内で完了出来る仕事が基本です。
それ以上の長期依頼は、ハンターに出すのがルールのはずです。
皆さんも、三十日間仕事を空けるというのは、流石に現実的ではないのではありませんか?」
二十代前半であろうその女性は、長く美しい黒髪を揺らし、透き通るような茶色の瞳で”料理を見ながら”話している。
女性の言葉にはカイも困りはてたようで、頭を掻き目線を落とした。
この四人でパーティを組んでいるらしく、その話の内容から、彼らがBランク以上であることは間違いない。
ハンターであれば気の利いたパーティ名があるが、ヘルパーではパーティ名は付けず、リーダーの名前がそのままパーティ名になる。
ギルドには『カイのパーティ』で登録されていた。
カイは十五年以上もヘルパーとして活動しており、このパーティのリーダーとして反対する者はいない。
そんなカイに頭から怒鳴りつけているミルシャもまた、カイの実力はしっかりと理解し信頼していた。
「でもミルシャ。 馬車では片道十日掛かるかもしれないけど、港から船に乗っていくなら五日位だと思う。
それに、これ程遠くへ行く依頼は滅多に無いし、ミルシャの裁縫で使う染料の調達にも都合が良いじゃないかな?
フォルテシモ王国は温暖な気候から、彩色豊かな花が咲き、鮮やかな染物があると言うよ?」
(せ、染料……、ちょっと欲しいかも……いやいや!)
ルゥの言葉に、誘惑の影が心に忍び寄る。
「ル、ルウったら、それでも二十日はかかるのよ!?」
ミルシャの大声は、他のギルドメンバーにもしっかり聞こえていて、依頼の内容に対してミルシャの言い分はもっともであり、全員が断って当然という表情を見せていた。
「あたしがそんなに長い間、可愛い服を着られないなんて……それって、太陽が沈んだまま昇らないようなものじゃない!」
――!?
その言葉には、同意を示していたギルドメンバー達も、――ああ、やっぱりミルシャだ――と、苦笑しながら目をそらした。
「………」
ミルシャの冗談にも顔色ひとつ変えず、静かに俯いたままのカイ。
ミルシャはテーブルに乗り、グッと顔をカイに近づけると――
「ねぇ、カイ? ……何か隠しているでしょ」
冗談には反応しなかったカイも、ミルシャの鋭い問いには思わず顔を上げた。
「い、いやぁ、そんな事は無いぞ?
俺もさっき受付嬢から聞いたばかりの依頼だから、流石に困っちまってな~。 ははは……」
「ふぅん、なんか歯切れ悪いわね……」
動揺した反応から、カイが何かを隠していることは明らかだったが、あえてそれ以上は何も言わず見守る三人。
「と、とりあえずだな、アイリスの話も一理あるからな。
この後にでも、依頼を差し戻してもらえるように、ギルドマスターに話をつけてみるよ。
アイリスの言う通り、この依頼はヘルパーの枠を超えているからな、指名依頼を断っても違反にはならないはずだ。 それでいいか?」
ミルシャは納得のいかない目をカイに向けていたが、深掘りしすぎて依頼内容に近付いてしまう事態は避けたい。
「まあ、いいわ」
一同がそれに頷いて立ち上がると、個々の荷物を手に持ち、食事処を出て行った。
食事処の喧騒が去った後も、ギルドの空気はどこかざわついていた。
遠くフォルテシモ王国から届いた一枚の依頼書が、静かに波乱の幕開けを告げていた。
最後まで読んでいただきまして有難うございます。
※挿絵はMicrosoft Copilot による生成画像です※




