精霊の加護⑥
「それではまず、ルゥに質問させてほしい」
「はい」
食事をしていた時のシートはそのままに、三人はゼルを真っすぐに見ながら、横一列に座った。
ゼルは一呼吸置くと、警戒されないよう静かに、ルゥへと問いかけた。
「ルゥは『精霊使い』という言葉を知っているかい?」
その言葉に眉をひそめ、しばし沈思黙考するような表情を浮かべた。
「噂話程度に聞いたことがあります。
魔人族の魔法のように、他を圧倒する力を持つ人達と……」
ルゥの様子から、精霊使いが置かれている状況は理解しているらしく、あまり好ましくない反応を返してきた。
ゼルは核心に触れる前に、あえて遠回しに話し始めた。
「うん、当たらずとも遠からずといったところだね。
知っていると思うが、この世界には『火・土・風・水』の四属性がある。
エレメントとも言われ、その四属性を使い奇跡を起こす術が、精霊術と言われているものだ。
そして更に、光属性の精霊使いと、闇属性の精霊使いが存在している。
光属性の詳細は不明だが、闇属性は魔法と同じ、魔力を使っていることが判明している。
以前読んだ魔導書には、上点を示す『光』と下点を示す『闇』が、四属性とともに魔法陣に記されていた」
魔導書には、二重の円の内側に『正位の三角形』と『逆位の三角形』が重なった図形があり、正位の三角形の頂点を上点として『光』と定め、正位の底辺には『水』と『土』が配置されている。
そして、逆位の三角形の頂点を下点として『闇』と定め、逆位の底辺には『火』と『風』が配置されている。
これは魔道具に施される魔法陣の元となり、三角形を包む二重の円に、組み込みたい属性位置から魔導文字を刻むことにより、希望の属性魔法の効果を具現化する。
「その魔導書が正しければ、心力が光であり、魔力が闇であると理解できる。
それらを体に纏い、魔法のように使う術を精霊術と言っているんだ。
そして、精霊術を使う人を『精霊使い』と呼んでいる」
「光と闇は初めて聞きました。
では、魔人族の使う魔法と、闇の精霊術というのは同じなのですか?」
「魔人族の魔法の原理はわからない。 この大陸には居ないらしいからね。
魔道具を例にするなら、魔力を使うという点では同じだが、魔道具はイメージを具現化する魔法陣を刻み込み魔力を与えるのに対し、闇の精霊術は魔力を使っている自覚がないらしい。
正直なところ、闇に限らず、どの精霊術でも四属性の恩恵を受けている感覚がないんだ」
ルゥは視線を下に落とし、今まで聞いた内容を整理しようとした。
「いきなり全てを理解するのは難しいだろう。
ここは『四属性と光と闇』と、言った方が理解しやすいね。
闇・土・風・水の精霊使いは、実際にこの目で見て確認している。
しかし、後の二属性の精霊使いは、まだ出会えていない。
そしてルゥ、君は水の精霊使いとして、覚醒している可能性がある」
「えっ!?」
突然の話に、ルゥは言葉を失った。
こんな場所に来て、精霊使いの話を持ち出した時点で、薄々そうではないかという予感がしていたが、やはり面と向かって言われると衝撃は計り知れない。
精霊使いは、魔人族と並ぶほどに人知を超えた力を持つ存在であり、意志ひとつで人間を消し去ることができるとも言われている。
それだけに、精霊使いは魔人族と同等の災厄とみなされ、そうではないかと噂されただけでも、その地に住むことはできなくなる。
「僕が……精霊使い。 根拠はあるのですか?」
「それを確かめるために、ここに来たんだ」
「………」
レリーナとミルシャに視線をうつすと、そこには穏やかな笑みを浮かべながらルゥを見守る二人の姿があった。
この二人にとって、『精霊使い』は忌むべき言葉ではないようだ。
「私と娘のミルシャは、水の精霊使いなんだ」
「!?」
「そして、同じ属性の覚醒した精霊使いが近くにいると、引き寄せ合うような感覚がおこる。
ルゥが研修に初めて来た日からずっと、私はそれを感じ続けているんだ」
「それで私を医院に誘ってくださったのですか?」
ルゥは少し残念な表情を見せた。
「それもある。 だが、単純に私と似ていたから、放っておけなかった。
私も孤児で、いろんな人に助けてもらって今がある。
その人たちに恩を返すことは難しいが、君の歩む道を一緒に考えてあげることはできる。
とはいっても、私は道標を示しただけで、歩む道を決めたのはルゥ自身だよ。
君は自分で医師になることを決めてここにいる。
もし、ほかの道を選んでいたのなら、この話を聞くことはなかっただろう。
水の精霊使いは、医師のためにあるような精霊術なのだから」
ルゥはミルシャのあどけない笑顔を見て、精霊使いが危険な存在では無いことを感じた。
「精霊使いの覚醒は、心に大きな負担によるものが原因とされている。
ルゥも心当たりがあるのではないか?」
「………」
肯定はしなかったが、その表情は辛く、今にも泣きだしそうに歯を食いしばっていた。
「覚醒していても使いたいという意思がなければ、精霊術は顕現されないから心配しなくていい。
だが、もし使う意思があって術を暴走させてしまうと、自分は元より他人に怪我をさせてしまう。
だからルゥには、正しく理解し使えるようになって欲しかった」
「………」
「このまま精霊術を習得せずに、医師として生活するのもいいと思う。
それはルゥ次第。 どうするね?」
ルゥは暫く考え込むと、深くお辞儀をしてはっきりと答えた。
「よろしくお願いします。
少しでも人の為になるのなら覚えたいです」
「そう言ってくれると信じていた。
使いこなせるように頑張ろう」
「はい!」
それからルゥは、精霊術を習得するため、静かに心を研ぎ澄ませていった。
精霊使いは、加護と同じ属性が近くにあると、属性に応じたオーラを導き出すことができる。
湖の畔は、水の精霊使いにとって一番いい練習場所といえた。
そして、オーラを纏えるようになった時に、精霊術が顕現されたと判断している。
「まずは手本を見せよう」
ゼルはルゥの前に立ち、両手を前に出すと、その手と手の中間を見て精霊術を使った。
精霊術に詠唱はなく、強く思い願うことが求められる。
ゼルの周囲に小さな水滴が漂い始め、それが少しずつ手と手の真ん中に集まり始めると、やがて大きな水の玉となり、最後に羽根の生えた人の形になった。
「水の精霊術は、水の生成、水を使った造形物を空中に作り出すこと。
物体の水の流れを感じることもできる。
大きくはこの三つだが、その一つ一つの能力は多彩な応用が利くんだ。
応用は後で勉強するとして、まずは水のオーラを纏ってみようか」
「はい」
「オーラを安定して出せるようになれば、後は自室でも練習できる。
安定していないとオーラ顕現と同時に、加護が暴走し周辺を水没させる危険があるから、こういった広い場所でなければ練習できないんだ」
ルゥは言われた通りオーラを意識し、手と手を肩幅に離して向かい合わせた。
鼻で息を吸い、ゆっくりと口で吐く。 昔、学院で習った呼吸法を試みる。
しかし、ゼルのような水滴のオーラが現れる感じはしない。
次は目を閉じ、自然の音に意識を向けないように、心を静め無心になろうと努力する。
草木が風に踊り、サラサラというリズムを奏でているのが分かる。
数分後、ルゥは心の言葉を忘れたかのように、静かにその場に立ち尽くす。
まるで精霊術の存在すら忘れてしまったかのような、深い静けさだった。
「ルゥ?」
――はっ!
ゼルの呼びかけにはっと我に返ると、頭を大きく左右に振り、再びオーラを顕現すべく水滴を纏うイメージを思い浮かべた。
(体の周りに水滴が回るイメージはできる……。 けど――それだけだ。
それが現実になっていく感覚はまるでない。
本当に僕は精霊使いなのだろうか?)
大きく深呼吸したり、運動して肩の力を抜いてみたりと色々やってみるが、それでもオーラは全く現れない。
過度の緊張に疲れがかさみ、無駄に力が入ってしまっているのが自分でもわかる。
ゼルの期待に応えたいという焦りが、念じる思いを激しくしていった。
あれこれと手を尽くしている内に、気付けば一時間が過ぎようとしていた。
ゼルの表情には、次第に焦りの色が滲み始めていた。
覚醒しているのであれば、オーラを顕現するのは難しくないはずだった。
ミルシャが七歳でオーラを纏い、水を作り出していたのだから。
ルゥは休まず試行錯誤を重ね、その額からは汗が流れ落ちている。
それを見ていたレリーナは、持ってきていたティーセットと甘いお菓子の準備を始めた。
「少し休憩しましょう」
「そうだね。 ルゥも疲れただろう?」
その言葉に、ルゥは全身の力を抜いてその場に座り込んだ。
呼吸が荒く、肩が上下に激しく揺れている。
ただ念じているだけだというのに、ルゥの疲労は何十キロも走り続けた後のように、体はだるく沢山の体力を奪い取っていた。
(どういう事だ?
確かにルゥからは、水の精霊使いの加護を感じている……、なのにオーラは現れない)
何が必要なのか解らず、今までしてきた精霊術の練習を思い返すゼル。
「ミルシャ。 薪になるものを拾ってきてくれる?」
「はぁ~い!」
レリーナに頼まれ、木々の近くに落ちている枯れ枝を、テキパキと拾い集めるミルシャ。
ルゥはお茶の準備ができるのを待つ間に、もう少し切っ掛けを掴もうと、重い体を気力で起こし、再びオーラの顕現を強く念じた。
ミルシャが周囲にある枯れ枝をたくさん集めると、石を並べ即席コンロを作っている母の元に、これ以上ないほど誇らしげなどや顔で戻ってきた。
レリーナはミルシャの枯れ枝と、千切った紙の繊維を即席コンロに入れると、上にケトルを置いて火打石で慎重に火をつけた。
――ボンッ! パチパチパチ!
その瞬間!
ルゥの体の周囲に、パチパチと小さな火花を散らすオーラと、それと共に人の頭ほどの大きな火の玉が、前方に出していた手と手の間に出現した。
「うわぁっ!」
あまりの突然の事に両手を離し、そのまま後ろに転んでしまうルゥ。
手を地面につき、目の前の火の玉を呆然と見つめている。
炎は渦を巻くように回り、落ちることなくその場にとどまっていた。
「火の……精霊使いだと!?」
ゼルは呟き、その目線はレリーナのつけた焚火に向けられた。
「そうか、近くに火を焚いたことで、オーラの顕現とともに精霊術が使えるようになったのか」
ここは王都から離れた場所であり、火山でもないこんな森に火が存在しているはずがない。
もしあったとすれば、それは紛れもなく森林火災だろう。
――ピシッ!……ピシッ!
突然目の前の火の玉が、不快な軋み音と共に、その色を黄色く明るい炎に変えていく。
「いけない! 火の玉が暴走し始めている!」
「え!?」
「ルゥ! 急いでその火の玉を湖に投げるんだ!」
「で、でもどうやれば!?」
「移動させるイメージで、この場から動かせるはずだ!」
「ええ!?」
ルゥは大慌てで立ち上がり、何度も遠くへ移動するように念じた。
だが、一向にルゥの傍から離れようとしない。
その間にも、火の色は明るい黄色に変わり、軋み音も硝子がひび割れるように大きくなっていく。
「ルゥ! 実際に玉を掴むようにイメージして、体を使って投げてみて!」
「わ、わかった!」
ミルシャの提案に、ルゥはボールを掴むイメージで手を握り、火の玉を掴むように強く念じると、全身を使って全力で投げきった。
――ヒュンッ!
火の玉はグニャリと形を変え、凄い勢いで湖の真ん中に向かって飛んでいった。
――カッ!
「伏せろ!」
ゼルはルゥの体を引き寄せ、かばうように地面に伏せると、後ろに居たレリーナとミルシャに叫んだ。
レリーナは咄嗟にミルシャを抱き、焚火から離れ地面に転がった。
――ドーーーン!
「きゃあぁぁぁ!」
ミルシャの悲鳴が上がると同時に、水滴交じりの爆風が四人の体に降り注ぎ、周囲の木々が激しく傾き軋んだ。
爆風に焚火は吹き消され、ケトルは遠くへ転がっていった。
舞い上がった水が激しく降り注ぎ、豪雨のように辺り一面を濡らしていく。
それも一瞬の出来事で、豪雨が納まると、まるで何も無かったかのように静けさが湖に戻っていた。
幸い怪我をした人はいなかったが、その威力は噂に聞く、魔法の『火球』そのものの破壊力のようだった。
オーラを顕現すべく強く願いすぎていたルゥ、完全に精霊術が暴走してしまっていた。
「………」
茫然自失の四人……。
(なぜだ……)
ゼルが驚愕していた。
精霊術を使うには、その属性が自分の近くにあることが条件となる。
休憩しようと提案したレリーナの焚火が、ルゥの精霊術を顕現させる切っ掛けとなった。
(私が火の精霊使いを感じるはずがない。
現に今もルゥから水の精霊使いを肌で感じている。 これはいったい……)
ゼルは答えの出ない悩みを抱えることとなった。
「わぁ~、びしょびしょだ~」
レリーナに抱かれているミルシャが、自分の服をつまみ上げて言った。
「着替え、持ってきてないわね」
地面に落ちた水は静かに土に吸い込まれ、もうすでに乾き始めている。
しかし、濡れた衣服はそうはいかず、このままでは風邪をひいてしまうだろう。
「今日は帰るとしよう。
火の精霊使いに出会うのは初めてだから、慎重に練習を進めていく必要があるね」
「はい……」
ルゥは疲れ果てている上に、希望していた水の精霊使いではなかったため、もう何も考えることができず、そのまま仰向けに転がり空を見上げた。
「では、馬車の所に戻って急いで家に……」
「ねぇねぇ! なんか出て来るよ!」
ゼルが気配を感じて話を止めかけた、その時、ミルシャがはしゃぎながら、湖の中央を指さして言った。
全員がその方向を振り向いた時、湖の真ん中から激しい轟音と共に、人の背丈の三倍はある水柱が立ち上がった。




