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NIGHTLINE  作者: 高嶺玲
一章 家族と正義
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九 闇の仮面と白き真実


 夜の底。それは濃密な闇と怯えが混じり合う、ごまかしのきかない世界だ――と誠は思っていた。だが、今だけはもう少しだけ、目の前の希望を信じてもいいのかもしれない。


 数日前、オークション会場で少女を救った誠と悠真。あの一見偶然のような脱出劇の裏には、まだ自分たちが明確に気付いていない大きな流れがあった。

 そして今夜。高額で危険すぎる“仕事”の依頼を受けたふたりは、鬱蒼とした廃工場へ、違和感を感じながらもいつも通りの仕事だと、なにも知らぬまま足を運んだ。


 だが――、裏社会での"裏切り"の代償は大きい。


 工場の闇に並ぶ、怯える高校生たち。

 縛られた彼らを運ぼうとする大人たちの顔は、間違いなくクズだった。誠はひと目ですべてを悟った。


(これは臓器狩りだ。俺たちだって――他人事じゃない。罠だ)


 しかし罠だと気付くも悠真に伝えるより先に体力面で劣る誠は捕らわれてしまい、気を取られた悠真もあっさりと捕まり、縄で縛られてしまう。


「こんなところで終わるのか……?」そう漏らす誠たち。

「――まだだ。諦めるな」


 不意に、隣で同じように縛られていた黒髪黒目の“高校生”が、静かに口を開く。


「オークション会場から逃げた残党がいるとは聞いていたけど、表にまで手を出すなんて、所詮下っ端のやることだな。それか、これも何かの縁だったりするのかな。君たち二人にこうして会えるなんてな」


 男の声は静かながら、楽しげな感情を微かに乗せた。しかし男が誠たちから視線を目の前の男たちに戻した瞬間、空気が切り替わるのを感じた。


「お前は……?」誠がぽつりと呟く。


 黒髪の青年は、そのまま見張りたちにため息混じりに尋ねた。「こんな稚拙な縄で本当に人を縛れると思ってるのか?」


 一拍のあと、男は音もなく縄を解き、滑るように見張りの男の背中へ。一人、二人……あっという間に舞うようにしなやかな動きで武術を繰り出し制圧してゆく。そんな男の様子に、自分たちも諦めていられるかと縄を解くべく暴れだす誠と悠真。

 工場に響く怒号。


「ヒッ……人質が暴れてるぞー!」


 闇の中で、誠は悠真とアイコンタクトを交わす。それだけで十分、互いが“何をするべきか”理解できていた。

 誠は足元の金属片で自分の縄を切断し、一瞬の隙をついて敵の手から武器を奪う。悠真は側に転がっていたパイプを振り抜き、敵の足元をすくう。高校生たちも混乱の渦に巻き込まれ、必死に逃げ場を探す。


「捕まってる奴らを全員ここから逃がすぞ!!」


 誠の号令に、黒髪の青年が笑みを浮かべた。「良いね。お前の指示なら、悪くない」


 敵のリーダー格が叫ぶ。「ふざけるな、てめぇら何者だ!特にその黒髪のガキ!てめぇ制服着て変装してやがったのか!?」


 黒髪の少年はフッと唇の端を上げ、大胆にウィッグに手をかける。黒髪を外せば覗く白銀の髪。黒いカラコンを外せば、青い瞳が闇の中で氷のような閃きを放つ。誠も悠真も、周りの男たちの驚愕した声でそこで男の正体を知った。


「失礼だな、俺は本物の高校生だぞ」

「な、夜凪楓……!?」


 敵がたじろぐ中、その正体が一気に浸透する。


「馬鹿な!なんで若頭がこんな所に……!?」「夜凪組……っ!」


 楓は、楽しげに肩を竦めた。

 敵が慌てて銃を抜く。

 だが楓は恐怖一つ見せず、滑るように横移動して敵の懐へ。拳、掌、蹴り――舞うような武術。乱闘劇は一瞬で優劣がはっきりした。

 そんな彼の圧倒的な強さを前に、誠は「あれが、夜凪楓……」と思わず口にする。


「こっちの奴は俺が抑える!誠、お前は巣立ち口の高校生を誘導しろ!」悠真が敵の腹へ膝を撃ち込む。

 楓は敵の攻撃を手の甲で受け、逆に肘を極めて床に叩き伏せた。

 誠もすぐに傍の高校生の縄を解き、「大丈夫、今なら逃げられる。走れ!」と背中を押した。

 どこかでガラスの割れる音。外では黒塗り車複数台が急加速で迫り、続々と夜凪組の男たちがなだれ込んでくる。

「若ッ!!」「てめぇら若になにやってんだ!」駆けつけた幹部たちの怒号。


「若!お怪我は!?」

 楓は余裕たっぷりに手を振る。「それ聞いて俺が怪我してたことないだろ?ほら、今度は逃がすなよ。お前ら、一人残らず捕えろ」


 楓の言葉で、組幹部が次々敵を押さえ、工場を制圧していく。そんな様子に敵のリーダー格が蹲ってうめく。「……全部、最初から見抜かれてたのか……!?」


 楓は冷ややかに言い放つ。「お前ら、関西でも派手に暴れたみたいだな?こっち(関東)に逃げて安心したようだが、俺が東京にいる限りお前達は明日の朝日を拝めない」


 そう語る楓の背には、弱い者を踏みにじる屑への徹底的な怒りがあった。敵が全員制圧されると、今まさに命を拾った高校生たちは混乱した声を漏らす。「俺ら、助かったの……?」


「あぁ。あとは家に帰るだけだ」と誠が安心の笑みを見せる。その後ろで悠真も、安堵でその場に座り込む。その場にいる人間すべてが、楓の力と存在感に圧倒されていた。

 楓は、安堵で座り込んだ誠たちの元に寄ると「あの時オークション会場で女の子を助け出したこと、俺は本当にすごいと思ってる。お前ら、大したもんだな」と話す。

「えっ……あの時?」悠真が目を丸くする。しかし誠はそこでようやく違和感の正体に気付いた。

「あの時警備を止めたのは……」

「勇気と理屈の両立は、案外できないもんだからな。俺はあの場でお前たちの正義に賭けた」

 楓の言葉に誠は肩をすくめた。「助け合いじゃん。……それは今日のあんたも同じだろ?」


 楓はにやりと青い瞳を細め「……俺はお前たちの正義を認める。これから困ったことがあったら一声かけてくれ。力になる」と小さく告げて、背後から駆け寄る組幹部に指示を飛ばす。「逃げ損ねた子たちのケアと、証拠書類の処理もよろしく」


 工場の闇が、白髪と青い瞳に照らされる。仮面を脱いだ実力者と、新しい連帯。

 誠も悠真も解き放たれた高校生たちも。今夜ここに、ひとつの「正義」を信じて動く者たちが生まれたのだった。

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