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NIGHTLINE  作者: 高嶺玲
7/20

七 本格始動、最強バディの証明


 雨上がりの夜、東京の下町は獣のような息づかいを帯びる。

 誠と悠真はいつものように裏通りを歩き、溜まり場の空気に身を馴染ませていた。しかし、その夜の空は静寂のふりをしながら、嵐の予感を孕んでいた。


「なあ、今日の依頼って……何か雰囲気違くねぇか?」悠真が不安げに呟いた。

「俺もそう思う。依頼する側も複数だし、人数もやけに多い」と誠。


 路地裏のアジトに集められたのは、どこかの極道の下っ端やスキンヘッドの荒くれ者ばかり。その輪の中に、誠と悠真の姿は異質だった。けれど、その異物感すら彼らに「特別な役目」を与える理由だった。


「今夜は一発で信用を勝ち取れるか、それとも消されるかの分かれ道かもしれねぇな」誠は心の中でつぶやいた。


 依頼は“入れ替わる輸送ルートの撹乱”。

 本来は犯罪組織同士の取り決めで動かす高額な密輸品のルートを、どこかの警察筋か敵対組織が嗅ぎつけたという。闇ルートの現場で混乱があった際、“確実に物を隠し、敵の追跡を撹乱すること”が求められた。


「この手の指示が来たってことは、俺らの小技と度胸を評価されてるってことだと思う」誠は慎重に言述した。「けど、当然“失敗したら替えの効く駒”って意味でもある」


 準備は夜九時、集合地点を三度変え、輸送品のダミーケースと本物のケースを数組に分散。そのうちの一セットが誠と悠真の担当になった。


 裏社会の大人のひとりが指差す。「お前ら、囮役だ。警察に目をつけられても“絶対に捕まるな”。捕まれば全部お前らの責任、捕まらなければ“実は中身は空”って訳だ」

「つまり、本当に大事なケースは他に任せて、俺らは徹底的に注意を引き付けろってやつか……」返事を抑えて、誠は中身が空のケースを肩に下げる。

 だが誠は思う。「本物を運ぶ“本命”ルートがバレた時、囮が切り捨て駒で終わる保証はない」その不安の隙間を、綿密な作戦で埋めていく。


 夜の東京駅周辺、複数の警備隊が主要な通路をうろつく。悠真が「誠、そろそろ監視網に入るぞ」と耳打ちする。

 誠は「まず最初の連絡担当の足元、あのベンチ下にもう一つ小さいダミーを置いておけ。あそこが見つかれば、警察の意識は“俺らが不器用な素人だ”と錯覚する」


 その後、彼らはわざと警官の前をうろつき、不審者扱いされるよう動く。

 大人たちのフォローは一切ない。悠真は敢えて「このルートは絶対ダメだ!やっぱり俺らには無理なんだ!」と“トラブル”を演出。

 そのすきに誠が警察無線の傍受で“本命ルート”の動き、警戒区域や巡回パターンを記憶する。


 制限時間ぎりぎり、わざと落ち合い場所を間違ったフリをして路地裏へ。パトカーをうまく誘導し、ダミーケースは小さな公園のゴミ捨て場へ。

 警官のチェックを受けても「すみません」とすっとぼけて笑う誠。悠真は隙を見て裏通りのフェンスを跳び越える。


「すげぇ、うまく行ったじゃん!」悠真が笑う。

「いや、俺らが監視されてたのはここまで。本当に値打ちがあるのは、“俺らが警察網を引き付けているうちに、本命ルートで物がさばけるかどうか”だ」


 案の定、全ルート終了時点で本命組が危ない橋を渡る羽目になるトラブルが発生。しかし、誠が隠しカメラで抑えた巡回パターンのホットゾーンを提示し、他の仲間と連携して急遽ルートを変更。

 最小の被害、最速の撤収で作戦をクリアできた。


 *


 その夜遅く。組織の幹部筋が貸しスペースの薄暗い部屋で誠たちに接触してきた。

「このガキふたり、ホンモノだな」

「聞きたいことがある。お前たち、ウチの“専属”で動かないか?……単なる小遣い稼ぎじゃなくて、いい取り引きの“裏口”も用意してやる」


 大人はにこやかだが、目だけが冗談の通じないものだった。


 「組織の下につくのが一番安全だろ、とみんな考える。でも……」


 誠は口を引き結ぶ。「メリットは、確かに大きいです。でも、命まで売ってしまったら、出る杭はすぐに抜ける。……どちらか選ぶには、もっと知りたいことがあります」

「ほう、怖いもの知らずだな。裏社会は、いつでも命と引き換えだぞ」

「俺たちは大丈夫。まだ、二人でならできる作戦は尽きないから」


 しばらくの沈黙――。


 幹部はにやりと笑った。「いいガキどもだ。じゃあ条件だ。“今週の金曜夜、汚れ仕事を一つ引き受けてもらう。できたら“特別な情報”も約束してやる。失敗したら……ふん、まあせいぜい命乞いでも考えておくことだ」

 嫌な大人の冗談。だが、その裏に「何か大きな事件」が隠されているのは明白だった。


 *


 指示された夜、二人は組織の“連絡係”から詳細を受け取る。

「目玉は“オークション”だ。闇社会では珍しくない、人身・芸術品・珍しい“商品”が取引される」

 だが、今回のターゲットは“商品”ではなく「そこに潜り込んで異変を起こせ、客のリストと主催者の金の流れをかぎ取れ」というものだった。


 誠は小型の録音機、悠真は手慣れた身のこなしでスタッフになりすます。

 異様な空気に満ちたオークション会場。着飾った大人たちの隙間に、売られる“商品”として少年少女――とりわけ一人の少女が、怯えて舞台袖に立たされていた。


 明るい栗色の髪。まだ十五にもならぬだろう、小学生ほどの小さな体に不釣り合いな美しいドレス。二人からすれば妹のような年齢の女の子だ。

 誠は考えた。もしも、母と父と幸せな家族になれていたなら、自分にも妹がいたりしただろうか、と。


「……助けなきゃ」


 誠と悠真が同時に呟く。


「ここは“情報だけ奪って帰る”場所じゃないだろ。俺達の社会だ、俺達の正義貫こうぜ、誠!」


 悠真の言葉で誠の瞳が鋭さを帯びる。悠真は拳を強く握る。二人はすぐに作戦を立てた。

 まず誠がサーバーをハッキングし、オークションIDにバグを起こして、入札番号が全て「エラー」と表示されるよう細工。会場スタッフは「何だこれは!」と混乱、主催側は客あしらいに右往左往。

 一方、悠真は舞台裏で護衛役に「ちょっと手伝ってくれ」と言って鍵の受け渡し偽装をする。その隙に誠は少女にそっと近付き、「すぐに出たいか?」と目だけで問いかける。そうすれば少女は、微かに涙を浮かべてうなずいた。

 混乱の隙に、悠真が舞台袖のドアをバックヤードから開け、誠は少女の手を取り走った。

 怒号とアラート音。しかし電力まで落とされてしまいホールには怒号と悲鳴のみが響く。組織の人間たちが誠と悠真の裏切りに気付いて怒鳴る。「ガキども逃がすな!」


 だが、ルートは誠の頭に全てインプットされていた。ゴミ集積所裏を抜け、車の移動で警戒が薄れた瞬間を見計らい、施設の外へ脱出。


「おい、制止を振り切ったぞ!」「あのガキ達――何者だ!!」


 外に出た少女は、混乱のなかですぐに泣き崩れた。


「大丈夫、もうお前は商品じゃない」


 誠と悠真は少女に上着をかぶせ、「安心して、安全な場所まで連れて行く」と約束して、東の人気のないボロアパートまで三人で走り抜けた。


 この夜、ふたりの少年は、初めて“家族”になりうる誰かの手をしっかりと握ったのだった――。


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