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NIGHTLINE  作者: 高嶺玲
一章 家族と正義
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六 この闇の先に


 春の雨は、ただ冷たいだけでなく、ふたりの逃亡者を容赦なく追い詰めていった。

 誠は倉庫街のコンビニ横に身を潜め、悠真は自販機裏でパンの耳を齧る。ふたりが裏社会の「端っこ」にいる現実はどこか夢のようだった――が、足元の冷えと咽喉の渇きは、残酷な現実そのもの。


「なあ、誠。次の仕事どうする? あの仕切り屋、見た目だけでガキって馬鹿にしてたけど、こっちの度胸試そうとしてる感じしたぞ?」


 悠真がパンの耳を齧りながら、警戒を滲ませる。

 誠はコンビニのガラス越しに交差点を見据えた。


「たぶん、こっちがどこまで“仕事”できるか計ってんだよ。変に目立つことしたら、危なくなる」

「お前、計算高いな。ほんと、ガキじゃねぇみたいだ」


 構わず誠は、小声で情報を共有する。「今夜、役所前の公園に集まるよう指示された。参加者は顔馴染みじゃない連中が多い。……おそらく、物の受け渡しというより“人材確認”」

 

 やがて約束の時間。

 路地裏には薄汚れたジャンパーを着た少年たちに混じって、大人も数人立っている。現場には張り詰めた緊張。

 仕切り屋が口火を切る。「お前ら、この荷物をそれぞれ“渡し先”に届けろ。場所と番号はこれだ。失敗すれば報酬もなしでいいな?」


 誠は周囲をゆっくり観察する。地図、受取人リスト、巡回警官の足音――小さな兆候も拾い集めて即応。

 悠真が「さて、どこから行く?」と目配せしてくると、「俺たちは南回り。あそこは昨夜トラックが鳥居前を通るの、裏手から見てた」と、細かく指示を出す。

 他の少年たちは大通りをわたわた歩き、案の定ひとりが警官に止められる。悠真が「そっち危ねぇぞ!」と小声で仲間に声をかける。しかし自分が犯罪に手を染めようとしている最中でも、犯罪者に関わりたくないのか、誰も悠真の声を聞き入れなかった。

 仕方なく誠の指示通りその少年たちから離れた悠真は誠と共に作戦を進めていく。そして作戦は成功。

 誠と悠真は、ほかの“駒”たちがトラブルに巻き込まれたりしている最中、それらを囮に警備の目を盗み見事渡し先まで辿り着き任務を果たす。

 受け取った男は感心したようで、「坊主、要領いいな」と声をかける。だが誠は無駄な愛想はしない。

 報酬と言って渡された小銭とおにぎりひとつ。それでもいまは生きる糧となった。


 *


 夜、廃交差点でふたりはガードレールに腰かける。


「おまえ、今日もすげぇな!依頼人の兄ちゃん、誠の地図のメモと顔見て、目を白黒してたじゃん。子供だと思って舐めてたもんな」


 悠真が子どものように笑うが、誠は冗談でも緊張を緩めない。


「“最強タッグ”を侮らせておいた方が、まだ隙が生まれる。しばらくは、他の連中から目を付けられないように動かないと」


 けれど、そうやって気を抜かず生きていたはずのふたりに、思いがけない連絡が舞い込む。


「明日夜、神田の市場裏。“三号倉庫”で手下の出来損ないが揉めて困ってる。下っ端のガキ同士の問題だ。収めてこい……って、何で俺たちに?」

 誠が眉をひそめる。「たぶんこれは“テスト”だ」


 *


  次の夜、三号倉庫。

 静かな闇に、若い声が交錯していた。蛍光灯の下、金髪の少年たちが倉庫の柱にもたれていかにも不機嫌そうに腕を組んでいる。その向こう、学生服姿の中学生グループが肩を寄せ合い、荷物の詰め方や重さ、報酬額の話で顔を赤らめて言い合っていた。


「てめぇら、こっちの荷物が多いって言ってんだろ!報酬が同じとか、ふざけんなよ」


 金髪のリーダー格が、箱を蹴る。「文句あるなら今すぐ出て行けや」


 黙っていないのは、学生服のほうの生意気そうな少年。「数で脅すなんて卑怯だろ。ちゃんとリストも見てみろよ、こっちが損してる!」


 睨み合いに、周囲の空気もじりじりとピリついていく。

 金髪グループの他の少年たちも威圧的に一歩前へ出るが、それに反発して、中学生チームの何人かも男気を示すように前に並んだ。その一触即発の雰囲気。


 棚の影から様子を伺っていた誠は、一瞬で頭の中をフル回転させる。


(下手に揉めれば血沙汰や報復騒ぎ。だが、自分たちが大人に頼らず現実を回している面子は守りたいはずだ……)


「悠真、今から俺が“仲裁役”をやる。お前は金髪連中のリーダーの背後へ回ってくれ。威嚇にならず、でも逃げ場も塞ぐ感じで」


 悠真は静かにうなずき、棚の隙間から体を滑り込ませていく。


 誠は全体に聞こえるよう、そして敵意や軽蔑が生まれぬよう微妙なトーンで口を開いた。


「ケンカはもう終わりにしないか。現場で揉めて得することなんてない。――もし本気で決着つけたきゃ、このあとボクシングでもやるといいけど、今日はまず仕事を片付けよう」


 ざわめきが走る。一部の少年が戸惑い、金髪リーダーが睨み返す。そのタイミングで、悠真がまるで自然に、彼の背後で箱に腰かける。あくまで挑発せず、逃げ場も与えた構えだ。


――その存在が、リーダーに無言の圧をかける。


 誠は続けざまに、両方のグループに等分に視線を配った。


「お互い納得いかないなら、ここに明日の責任者の名前を書いておく“サイン箱”を作ろう。資材整理は両方でしっかりやる。自分の分だけサインしておけば、明日もし大人が何か言ってきても、ここにいるやつらで事情を説明できるようにしておく。それなら、きみらが理不尽に責任をなすりつけられることはない」


「……サイン、そんなもんで済むのか?」


「もちろん。倉庫の作業、きっちりやった証拠であり盾にもなる。どっちにも恩がある形にするから、あとで困ったときには俺に来てくれていい」


 誠は“少し大人ぶった余裕”と“現場の当事者意識”を同時に漂わせ、間違いなく両グループの顔と名前を覚えている、という意思表示も体で見せていく。


 金髪リーダーは悠真の背後の気配に小さく肩をすくめ、勢いを削がれて「……しゃーねえ、やってやるよ」と言い、

 中学生チームは「それなら、こっちも納得できる」と静かに応じた。


 空気がふっと緩み、少年たちは荷物の位置を調整し始める。

 その合間、誠は双方にひとことずつ声をかけ“恩”の種を蒔いていった。


「困ったときは、お互い様だからな」


 さりげない一言と万が一の備えのおかげで、二つのグループも徐々に協力の空気を帯びていく。


 ――こうして、三号倉庫の一夜は、誰ひとり失わずに静かに乗り越えられたのだった。


 夜遅く、無事ふたりとも外へ出た。

 その足で裏通りのラーメン屋へ。「よぉ、ガキども」店主が温かいスープを二つ並べる。


「悪いな」「明日はどうする」


 小さな店に流れる会話は、どこか本物の家族のような、静かな幸せだった。


 *


 ここ数日の働きぶりは裏社会の大人たちの目にも止まるようになった。噂が本人の耳にも届くまでに。


「最近の小僧、誰か教え込んでるのか?」

「誠って少年、あれはただものじゃねえぞ」

「夜凪の若、何か嗅ぎつけてんじゃねぇの?」


 彼らの話題のなかで“夜凪楓”の名はよく上がるが、本人が目の前に現れることはない。

 誠はどこか無表情な眼差しでこれらを聞き流す。


(俺が、悠真が、ただ“面白い駒”として使われるなら、それでもいい。でも、もし本当にここでしか生きていけないのなら……)


 誠の頭のなかでは、いつも最悪の状況を想定し、新たな“隙”や“抜け道”を地図のように描いていた。


 *


 だが、裏社会は甘くなかった。

 ある夜、いつもの仕事帰りに路地を歩いていると、突然不良グループに囲まれた。


「よぉ、新入りのちっこいの。ここ通るには通行料払ってもらうぞ!」


 悠真が前に出ようとするが、誠は冷静だった。


「払えば見逃すんだな?」 「ああ?」  


 誠はポケットの小銭を投げるフリをして地面にばら撒き、その瞬間「悠真、背中!」と叫んだ。


 悠真は即座に飛びかかり、二人で敵の中心を突破。「ちょっと痛い目見た方が早い」「だな!」

 殴り飛ばしても敵はひるまず追ってくるが、誠は近くのラーメン屋のチラシ立てをひっくり返して進路を塞ぎ、悠真はその隙にフェンスを乗り越えて逃げ道を作る。


 細かい知恵と瞬発力――“最強タッグ”を自ら証明するような一夜。

 追いつかれても、誠は近隣店舗の警報ボタンを点検済で、悠真に「三秒間しか警報鳴らない。通過してから窓使うぞ!」と指示を出す。

 うるさいサイレンに、混乱する不良たち。ふたりはまた逃走に成功。


 逃げ切った夜道で、息を切らせて並び立つ。


「お前、ほんっとスゲーな」

「悠真がいるから、やれるんだよ」


 ふたりは乾いた手を叩き合い、また生き抜いた実感を得た。

 その姿を、闇の中から誰かがわずかに見ていた。そしてそれは微かに口元をゆるめた気がした。


「やっぱり強いな。助けるまでもなかったね」


 どこか愉しげな男の声。

 夜空の彼方、恐るべき未来への胎動を孕みながら、「最強タッグ」の物語は静かに深みへ潜っていく。


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