五 最強バディ、夜を駆ける
東京の夜は、何かを隠すために深い。
誠と悠真が裏社会で渡された次の「仕事」は、ただの使いっ走りではなかった。荷物の受け取りなのだが、暗号めいた指示に「花束を持って二番街のドライクリーニング店」「零時ぴったりに店の前に立て」とだけ書かれていた。
「新手のヤマだな。どう思う?」悠真が鼻を鳴らす。
「テストだよ、俺たちに何ができるか確かめてるんだ」
誠は暗号を解くみたいに、地図と店の営業時間、それに警察の巡回ルートを頭の中で組み立ていく。
「普通に行ったら罠かもな。扉が閉まってるタイミングであえて“花束”という目立つもの持たせるのは、囮か陽動に使われる。たぶん監視もいる。深夜だし、警察も不審に思う」
誠の考察を聞きながら、悠真は「じゃあどうする?」と身を乗り出す。
「……おれらは“別の花束”をダミーで作って持ち込んで、ごく自然にゴミ箱へ。そしたらその場の動きに合わせて荷物を受け取り、移動する。そこにはこの暗号通り知らず知らずのうちに囮に利用されてる奴がいるはずだ。なら、おれらはそいつを利用するしかない」
現場には予想どおり、クリーニング店の明かりだけが灯り、裏路地に数人の大人が目を光らせていた。
誠は、目立つ“花束”をわざと大げさに持ち込む一方で、小太りの店主にわずかに目配せ。店主がカウンターの下に手を伸ばす。
店横のゴミ箱に花束を投げ入れ、悠真が何気なくその前にしゃがみこむと、別の従業員が小窓からすっと小箱を差し出し、素早く受け取る。
その直後、交番から巡回の警官が二人、まるでタイミングを見計らったかのように現れた。
「おい、夜分に何やってる」
悠真がおどけて「彼女にプレゼントの花束、でもフラれちゃってよぉ」と能天気に答える。誠は冷静に「こいつを慰めに……」とすごすご道を戻るふりで、そのまま警戒網から離脱。
ほんの数分後、店の前にいた別の使いが警察から慌てて立ち去るのを見届け、裏通りを抜ける――。
「やっぱ、やばい橋だな。でも、正面突破じゃなく頭使うとなんとかなっちゃうから怖えよ、誠」
「それは悠真が演技してくれたおかげ。俺だけじゃ無理だった」
荷を預かったまま、ふたりは次の現場へ。そこで渡された報酬は、コンビニ五日分の小銭と、次の仕事――今度は「廃ビルに隠された赤い封筒を持ち帰れ」だった。
誠は廃ビルの設計図と治安情報をネットカフェで調べ、地元の酔っ払い親父から「今週は二階の一角だけ人が集まってる」「午後十時前は出入りが多い」という話を聞き出す。
一方悠真は自販機の下で、にゃーにゃー鳴き真似をしながら野良猫と遊んでいるフリをして地元のガキんちょから「ここ最近ヤクザの兄貴たちが夜にだけ何か運び込んでる」と細かい裏情報を収集。
「今回は“普通”に行ったら怪我するだけだ。出入りが多い時間帯はカモフラージュになりやすいけど、何かあればすぐ標的にされる。……俺らは分散して別行動。悠真が正面から二階へ、俺は従業員搬入口から裏手を回って一階へ入る。もしもの時は三階にロープ垂らしとくから、緊急サインで上に回避」
「合点。お前の作戦、信用してる」
「俺の考えた作戦は百通り。けど、悠真となら一通りで十分だ」
「最高だな。まぁ、俺達NIGHTLINEだしな」
そんなことを話しながら、二人は予定通り廃ビルに入る。悠真は物怖じせず、雑貨箱を運ぶバイト風を装って大人の間を縫うように通った。誠は身を低くして警備員や用心棒の死角をすり抜け、裏階段からそっと二階へ。
赤い封筒があるはずの一角で、見張りの男たちの話が聞こえる。
「最近、マジでムカつくやつが混ざってて警戒増やしたらしいぞ」「西の夜凪組の目もあるしな」
“夜凪組”の敵も味方も張りつめた空気感。その名はますます都市伝説じみて落書きのように広まっていた。
誠は巧みに空調ダクトから中へ侵入。悠真は二階の隅で「怪我をした」と演技し、数人の注意を引きつけていた。誠は堂々封筒を手に取り、窓の外の花壇に落とす。悠真が「通報だ!」と叫び、その場に居合わせた裏社会の匂いは瞬く間に濃い焦りを滲ませる。そして散漫な隙に、誠は一階裏口から無事脱出。
外の道端で、誠は自然な仕草で落下した封筒を回収。悠真と軽口を交わしながら、指示された場所へそれを運ぶ。
報酬を受け取ると、渡す相手の大人が唸った。「ガキのくせに、なかなか器用にやるな……。誰に仕込まれた?」
誠は無言で肩をすくめるだけだった。
その晩、二人は川沿いの影になったベンチで数日ぶりに温かい弁当を分け合った。 「さっきの封筒、本当に中身知らなくていいのかな。やばいもんだったら?」
悠真が心配したが、誠は「俺たちがこれ以上中身に踏み込めば、今度は逆に飲み込まれる」と冷静だった。
小さな川べりで、二人は「自分たちなりの正義」について語る。
「どんなに辛くても、犯罪に魂までは売りたくない。でも誰かを守るためなら、策も体も使うって決めた」
「俺は誠の言うことなら信じる。家族も、もっかい作ればいい」
ふたりは揃って夜空を見上げた。
そしてその夜のビル街では、またNIGHTLINEの噂が広がる。
「NIGHTLINE?なんだそれ」
「俺は知ってる。最近“面白いガキ”がいるって、西の夜凪組も目を光らせてる」
自分たちはただの駒の一つなのかもしれない。でも、それでも生き続けなきゃいけない。
その“面白いガキ”だという噂に、夜に同化したような影が、ふと興味をもって小さな溜息をついた。その正体――夜凪楓――は、まだまだ表舞台に姿を見せてはいない。だが、誠と悠真の行く末に、ごく短い視線を落とし始めていた。
夜がまた深まる。
誠はノートの端にこっそり「抜け道」「警察の抜け番」「物音で伝える警告信号」などを記していく。悠真はベンチの下で筋トレをしながら冗談を言い、空気が張り詰めたままの誠を笑わせる。
そうすれば、今度は少し気の抜けた表情で、誠が言葉を漏らした。
「俺らの“正義”って、何なんだろうな」
「……いつか答えが見つかったら、それを家族って呼ぶんじゃねえの?」
夜風がふたりを優しく包み込んだ。