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NIGHTLINE  作者: 高嶺玲
13/20

十三 守る勇気と涙


 空は午後に向かって青みを増し、町に春らしい陽射しが降り注いでいた。

 誠と悠真は朝早くに依頼を受けた仕事にでかけ、妹の紗希はひとり静かなリビングで窓の外を見つめていた。二人はいつも、「決して俺たちがいないときは外に出るな」と念を押す。でも今日は、どうしてもその約束を破りたかった。


 いつも兄二人が自分に黙ってなにか危ないことをしていると気付いていた紗希。それが自分を守る為だということも分かっていた。守られるばかりの自分が、少しでもそんな二人の力になれたなら。


(……お兄ちゃんたちに、何かお礼がしたい)


 紗希は二人から家族になった記念のプレゼントとして貰った白いレースのワンピースをそっと身につけると、勇気を振り絞って玄関のドアをあけた。

 公園までの道は近い。それでも一人で歩くと心臓がどきどきして、春なのに冷たい風が吹いているような気がした。


 小さな公園では子どもたちが何人か遊んでいたが紗希は声をかけず、花壇の脇にしゃがみこむ。指先でぷちぷち摘む小花がふるえる。

(これを飾ったら、ふたりともきっと喜んでくれるかな……)


 その時、不意に背後からざらついた声がした。


「おい、そこの子」


 紗希が振り返ると、黒ずくめの男たちが数人、こちらを向いていた。不気味な笑みと、大きく伸ばされた手。


「――いやっ!やめて、離して!」

 

 逃げようとした足がもつれ、強引に腕をつかまれる。


「うるさい、静かにしろ」

 

 紗希は乱暴に車へと引きずられていく。

 そして車の中に捕らわれているのは自分だけじゃなかった。知らない子たちがすでに車に詰め込まれ、泣き声を押し殺して震えている。車のドアが、「バタン」と冷たく音を立てて閉まった。


 *


 それから少しして、誠と悠真は仕事から戻った玄関で、凍りついた。


 「ただいまー……紗希?」


 呼べど応えがない。室内には人の気配もない。

 テーブルには、小さな手紙が残されていた。


 ──「お兄ちゃんたちに花をあげたくて、公園に行ってきます。紗希」──


 二人は顔を見合わせ、青ざめる。


 「誠、近頃この辺りで子どもの失踪が増えてるって……まさか」

 「大丈夫、大丈夫だ。絶対、紗希は絶対俺たちが見つける」


 悠真は歯を食いしばり、誠は怒りと焦りで手が震える。二人はすぐに公園へ駆け出し、手がかりを探した。花壇のそばには誰かに踏み荒らされたような跡。不審車両の目撃者はいなかったが、誠のスマートフォンが裏社会の連絡網で得た情報を伝えてくる。


 「ここ数日、人身売買の組織が暗躍してる……もう行き先は絞れる」    


 二人は楓に連絡する余裕すらないまま、その居場所──町外れの廃工場へ向かった。


 *


 吹きつける夜風の中、廃工場は不気味な沈黙に包まれていた。鉄の窓枠から漏れる明かりが頼りない。


 工場内部では、コンクリートの床に何人もの子どもたちと若い女性が座り込んでいた。手荒にまとめられてはいるが、誰かが真ん中で皆を励ましている。


 その女の子の名前は蝶野りりか。高校生程のようだ。

 彼女はふんわり広がる白とピンクのワンピース、きれいなピンク色の髪をハーフツインにしてリボンをつけ、泥にまみれながらも堂々と背筋を伸ばしている。時折小さな子が泣き出すと、優しくハンカチで涙をぬぐい、傷ついた自分よりまず他の子の安全を気遣って動く。

 紗希はそんなりりかの傍らで、すっかり彼女を信頼しきっていた。


「大丈夫だから、今は絶対に騒がず、みんなで静かに待とうね。きっと助けが来てくれるから」


 敵の男たちが「なまいきな女だ」と毒づくほど、りりかは毅然としていた。屈辱的なこともあったはずなのに、ほんの少しも動じない。その目は、楓を思い浮かべる程どこか遠い強さで真っ直ぐに敵を見返していた。


「りりかお姉ちゃん、こわいよ」「……大丈夫だよ。りりかお姉ちゃんがいるから」


 紗希と、泣きじゃくる幼い子たちがりりかの膝に集まり、りりかはそっとその頭や手をなでながらずっと守っていた。

 何故そんなにも、彼女は立派なのだろうか。


 りりかは子供たちを慰めながらも、心の中で一人の名前を紡いでいた。


(……たすけて、楓くん)


 護身術を教わっているりりかだが、子供が多いこの場所でりりか一人で暴れるのは逆に危険すぎる。 ぐっと唇を噛んで、ただただその拳は震えていた。


 *


 廃工場の裏手。誠と悠真は静かに鉄柵越しから内部を窺った。奥に妹らしき姿、そして……花のように可愛らしい少女を見つける。

 しかしそこに後からやってきた敵の一人が、紗希たちを連れてきた下っ端に怒鳴り声をあげた。


「て、テメェらの頭は綿飴か!?なんて奴を連れて来てんだ!!そのピンク頭は……、夜凪組若頭の婚約者だぞッ!」

「本物か!?マジでかよ…あんなの抱えたらヤバいだろ!」


 誠と悠真は硬直し、その少女があの“夜凪楓”の婚約者だと初めて知る。

 同時に、りりかは敵の叫びを聞き、ぐっと自分の後ろに紗希や幼い子を隠した。


「紗希ちゃん、絶対私の後ろから離れないで。絶対に、傷つけさせないから」


 りりかはまなじりをあげていた。その背中は震えながらも大きく、小さな子たちをすっぽりと隠していた。

 誠は、ごくりと唾を飲み込む。本気でやるべき時が来たのだ。


「悠真、行くぞ!」


 二人は数で勝る敵を相手に飛び込み、死に物狂いで立ち向かった。しかし、敵の屈強な男たちの反撃で、すぐに形勢は圧倒的に不利へ。誠の頬に鉄パイプがかすめ、悠真も苦しそうに歯を食いしばった。


 そのときだった。


 廃工場の窓ガラスが砕け、眩しいライトとともに人影が踊った。


 「――そこまでだ」


 響きわたる低く鋭い声。夜凪楓だ。その背には彼の幼馴染でありながら夜凪組幹部である大和、さらに屈強な部下たちが数名。


「お前たち……雑魚相手だ、組の名を汚すなよ。行け!」


 大和の一声で部下たちは即座に敵を叩き伏せる。 楓自身も殴りかかる男たちを無駄のない動きで沈めていく。


「お前ら、誰の婚約者に手出したか分かってるよな?」


 りりかはその声を聞き、見失いかけていた表情に、安堵の色が溢れた。


「楓くん……」


 制圧は一瞬だ。組の力を目の当たりにした敵は、次々と地べたに倒れた。


 ――助かった。

 紗希も泣きながら兄の胸へ飛び込み、無事を確認する。りりかは小さな子たちの顔をひとりずつ撫でてから立ち上がった。

 誠と悠真は、その時のりりかの凜々しさが強く印象に残っていた。


(あんなに可愛い格好をしてるのに……勇気も優しさも、本物だ)


 だが次の瞬間だった。

 楓がりりかに駆け寄ると、りりかは堪えきれず楓の胸に飛び込んだ。


「うぉ、どうした?」

「楓くん……っ、ごめんなさい、わたしひとりじゃ全然戦えなくて……。ちゃんと皆を守りたかったのに」


 しがみついて、くしゃくしゃの顔で泣くりりか。

 それを、楓は何も言わずしっかり受け止め、背中を落ち着かせるようにさすった。


「お前がいなかったらもっと悪化してたはずだ。よくこの場を守ってくれたな、ありがとう」    


  涙で声を詰まらせているりりかを見ながら、誠と悠真は顔を見合わせてつぶやいた。


「さっきまで子どもたちの盾になって、堂々と敵に立ち向かっていたのに……」

「楓さんの前では、ああして素直に泣けるんだな……格好いいだけじゃなくて、本当に強い子だ」


 ただ人前で涙を見せず、誰かを守るために耐えていた。愛する人の胸で涙を流せる強さ、誰かに頼れる強さ。

 それが、りりかという女の子の本当の姿なんだと、二人は胸に刻んでいた。


 *


 その後、夜凪組の部下たちは急いで子どもたちと若い女性たちを安全な場所まで移動させた。

 廃工場の夜風に、りりかはまだ頬を紅く腫らして楓に寄り添い、最期に小さな声で紗希に「がんばったね」と微笑む。


 やがて救助が一段落した頃、部下が青ざめた顔で楓に話しかける。


 「若頭……!あの、今回の出動、組長にどうご説明を……これ、ただじゃ済みませんよ……」


 その部下の言葉に、りりかだけでなく誠や悠真まで体を強張らせる。

 そうだ、楓は本来動けなかったのだ。なのにここに来たということは、だ。


 だが楓はわずかも動揺せず、静かに口を開いた。


 「“四十八番倉庫”の情報――組で好きに使っていい。損失分なんてすぐに取り返せる」


 楓の言葉に大和は笑って答えた。「出た、楓の裏情報貯金」


 そうして夜が明ける。

 紗希は兄たちの両腕にしっかりと包まれ、りりかは涙の跡を残したまま楓に寄り添って笑う。

 “誰かを守る強さ”と、“素直に泣ける勇気”の大切さを、誰もが静かに心に噛み締めていた。

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