6話 邂逅
うーん……見切り発車になってしまったけど、精霊って何処に居るんだろう?
俺は気配を消して移動しながら考えていた。すると、前方に人影らしき物体を目視で確認できた。
「何者だ!!」
その声の主は、ロイと同じくらいか少し年上くらいの女性で肩から大きなバッグを掛けていた。
まずい!気づかれた!?こんなところに人!!?
気配を消すことに集中して、考え事をしながら走っていたということもあり、周辺への魔力探知を怠ってしまっていた。
こんな森の奥に人が住んでるなんて、ロイからも両親からもそんな話を聞たことはない。森のマナ濃度は、林よりも高くて場所によっては、人が踏み入れること自体が難しい領域も存在するからだ。
とりあえず……ここは逃げよう!
「待てっ!!名を名乗れ!」
待てと言われて待つわけには行かないので、自身の身体を魔力で強化して、来た道を全力疾走で戻ろうと、足を踏み出したとき……一つの考えが頭をよぎった。
このまま戻るのはダメだ!ロイの居る場所に、この女を連れて行くことになる!
進路を変えて急遽、右側の茂みを突っ切ることにした。
目の前の女がどこの出身でどういう身分か、それがわからない限り、のこのことロイの居る場所まで連れて行くのは危険だ!!
「ちょっと!!待てって言ってるでしょ!!!」
そういうと女は慌てた様子で追いかけてきた。
*****
走り始めて3分ほど経っただろうか。
もうそろそろ振り切れたかな…?そう思い、走りながら一瞬だけ後方に視線を落とす。すると、驚くことに女は、俺の後方4メートル程の距離にまで近づいて来ていた。
嘘だろ!?こっちは魔力で身体強化をしてるんだぞ!!
まずい———早く振り切らないと限界がくる。
魔力操作を継続的に行うには限界がある。身体の中の魔力を継続的に操作できた俺の最長記録は4時間30分だ。だがしかし、それは座禅を組んで身体を動かさない状態だから出来たのであって、実際に身体を動かしながらだと、いつ集中力が切れて魔力操作が途切れるか分からない。
身体強化が切れれば、確実に距離を詰められて捕まってしまう……。
俺とロイが捕まれば、無断で森に入ったことが父と母に知られることになるかもしれない。それに、俺の身勝手な行動でロイを危険に晒すわけには行かない。
なんとしてでも———振り切らないといけない!!!
身体強化を高めて移動速度を上げようとした、次の瞬間———俺の身体から力が抜けて足が止まり、その場に棒立ちになってしまった。
「ギリギリ、射程圏内。悪いけど強硬手段を使わせてもらったから。待てって言ってるのに、話も聞かずにいきなり逃げ出したそっちが悪いんだからね!」
「な……なに………これ………」
「それにしても……普通は地面に倒れると思うんだけど、直立不動は初めて見た」
女はなにやら訳の分からないことを呟いていた。
「あー待ってね!もうすぐ動けるようになるから!先に言っておくと、私は君に危害を加えるつもりは無いから」
こいつは何を言っているんだ?今まさに、どういう仕組みか分からないが、危害を加えられていると思うんだが?
そう思ったが、ここは素直に従うふりをしよう。どのみち動けるようになっても、集中力の切れた今の状態では魔力操作は安定しないから、身体強化は出来ない。そんな状態では、この女からは逃げられそうに無い。
「わかった……」
口は動かせて声を発することができたので返事をした。
返事をしてから、数十秒経ったあとに抜けていた力が徐々に戻ってきた。
嘘は言ってないようだが………まだ油断は出来ない。
「君に聞きたいことがいくつかあるんだけど、質問してもいいかな?」
「答えたくない、と言ったらどうする?」
「それはそれで、仕方ないかな。まあ強制するつもりはないし」
意外だな。無理矢理にでも言うことを聞かせに来ると思ったけど、あっさりしているな。
「とりあえず、そこの木にでも座ろうか?」
そう言うと、女は横に薙ぎ倒されている木に座ったので、女とは少し距離を置いて同じ木に座った。
「強制はしないけど、答えられることがあれば答えてほしい。じゃあ、勝手に質問するから答えてもいい質問があれば言ってね!」
敵意も感じないし、答えても問題なさそうな質問には答えた方がいいかな?そんな考えを巡らせていると、さっそく女から質問が飛んできた。
「まず一つ目。君はこの森に住んでるの?それとも旅をしていて偶然立ち寄った感じ?」
「…………………」
この質問はスルーだ。林を抜けた先に住んでるなんて言えない、家がバレたら家族を危険に晒すかもしれない。
「沈黙……ということは、この質問には答えられないと受け取るよ」
最初に言っていたように、深く追求してこないな……不気味だ。こんなの全部の質問に答えなければいいだけなのに………なにが目的で俺に質問してるんだろう?
「二つ目。この森に“精霊”って住んでるかな?」
「…………!?」
タイムリーな話題が出て思わず目を見開いてしまったが、幸いにも顔を伏せていたので気づかれてはいないはず………。
「やっぱり!!知ってるんだ!!」
突然、興奮したように、こちらを向いて問いかけてきた。
気づかれた!?いや、そんなはずない!!これはブラフだ!!
「どういう質問にしようか悩んだんだよね!精霊の存在を知っているか?ていう質問の場合、精霊の存在なんてある程度の人は知ってるから、それだと紛らわしくなるので“この森に精霊が住んでいるか?”ていう、いきなり核心を突いた質問の方がわかりやすいかな?と思ったけど、こっちで正解だったね!」
女は流暢に俺に対して、この質問をしてきた経緯を語り出した。
「精霊について知ってる人なんて珍しくないだろ!?絵本や過去の逸話にも出てくるし!!」
俺はたまらず反論してしまった。
「うん。精霊について知っている人は珍しくないよ。でもね、状況が状況なだけにそうも言っていられないんだよ。この森の異常なマナ濃度の中で、あれだけの魔力操作を見せられたらね。」
「魔力操作ができたら……何だって言うんだよ!!」
「ごめんね。今からさっきの比じゃないくらい、強力な術を君に掛けるから。痛みは無いから、そこは安心して!数時間後に副作用でふわふわするかもしれないから、そうなったら何か楽しいことを考えて現実逃避してね。術の効果は、明日の朝には解けると思う……たぶん!!」
女は、口早に今から起こるであろう出来事について説明してきた。
「ごめんねって言うくらいなら!!最初からやるなよ!!!」
訳の分からない説明が余計に俺の頭を混乱させて、女に対する語気が強くなる。
「ほんとにごめん!!時間が無いからもう始めるね!」
女がそう言うと、俺の身体から力が抜けていった。
また、あの現象が起こっている!!?まずい!!逃げられない!!!
「ま…待って!!」
俺の言葉を気にも止めず、女は俺の額に右の手のひらを当てた。すると、次に俺の胸の真ん中あたりに左の手のひらを添えた。
「待てって言ってるだろ!!!」
俺は声を張り上げた。その直後に、眠りにつく前のような、意識がゆっくりと消えていく感覚に襲われた………意識が完全に無くなるであろう直前に、奇妙な気配を感じ取った。それは、ゆらゆらと蠢く芋虫のような胴体に羽が六つ生えている、全長1メートル程の『なにか』だった。
その『なにか』は、ゆらゆらと蠢く様子からは想像しがたいが、軽やかではあるが俊敏な速さで森の深部へと舞って行った。
「えっ!!!??今のって!!!」
女はその光景に動揺していた。それから数秒経ち、慌てた様子で立ち上がった。その際に、肩から下げていたバッグが座っていた木の太い枝に引っかかり、バッグの中に入っていた物が周辺に散乱してしまった。
慌てて散乱したそれらを拾い集めて、女はその奇妙な『なにか』を追いかけて森の深部へ消えていった。
「いったい何だったんだ……」
女が俺に何をしようとしていたのか、気になってしょうが無いが……それ以上にさっきの蝶みたいな生物?が気になる………。
あれは何だったんだろう…?もしかして、あれが『精霊』だったりして……もしそうなら俺の想像していた姿とは、あまりにも違いすぎる。
童話に出てくる精霊は、手のひらサイズの小人で、その背中には蝶のような羽が四つ生えている。
さっき通り過ぎたアレは、童話に出てきた精霊の容姿とかけ離れていた。
いずれにせよ、あれが精霊かどうかなんて今はどうでもいい。
アレのおかげで、女の興味がそっちに向いたからこそ、俺は危機を脱することが出来た。
今はあの蝶のような『なにか』に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。
そんなことを考えていると、段々と身体に力が戻ってきた。さっきと同じ感じなら、もう少しすれば全快するはず!
全快するまで待って、魔力操作に問題が無い事を確認したら、身体強化をして全速力でロイの居るハニーベリーの場所まで戻ろう。
そう思い、来た道を眺めていると座っている木の近くの茂みに、握り拳程の大きさの緑色の球体が落ちていることに気づいた。
ぱっと見ただけでは、茂みの緑と混同してしまい見逃しそうなほど同化していた。
俺は近づいて、その球体を拾った。すると、落ちている状態では気づかなかったが、球体には数字の『6』のようなものが記されていた。
6……?少し考えたが、数字の意味はさっぱり分からなかった。
こんなことしてる場合じゃ無い!!急いで戻らないと!!!
俺は数字の書かれた球体を握りしめたまま、ロイの待つハニーベリーの木まで全力疾走で向かった。