山焼き
夜へとむかう登大路を
東へと歩く人の流れに乗って
父の後ろを歩いていた
家族で来たはずなのになぜか
覚えているのは前を行く父の背中だけだ
奈良公園にさしかかるころだったろうか
霙まじりの天気だったせいか「中止」という声が
前方からさざ波のように伝わってきて
がっかりしながら元来た道を引き返した
というのが子供の頃の山焼きの記憶だ
時がたち初めて見た山焼き
空が次第に暗くなり
今か今かと待つ人の数が増え続ける中で
予定時刻になると何の前触れもなく
山の稜線から空へと黄色い光の線が静かに上っていった
一斉にはしゃぎ声は止み 静まり返り
上っていく光を見つめる人々
そして薄暮れの夜空に華やかな花火が咲いた
様々な花火のしかけに合わせて一様に起こる歓声
賞賛 笑い 嘆息 驚き
予想以上の見事さに寒さを忘れた
そして 待ちに待った山焼きの点火
オレンジ色の炎が筋となって黒い山肌に浮かび
立ち上る煙がすっかり暮れた夜空の色を変える
しばし堪能し次々に戻っていく人々の流れのなかで
なぜか身動きできず揺らめく炎を見つめ立ち尽くしていた
最後の炎が消えるまで見届けたいとさえ思えるように
黒いシルエットの山のあちらこちらでまだ揺らめいている
赤い炎を探し続けた
子供の頃に父母と見られなかった山焼きを
自分の中で未完に終わった山焼きを
しっかりと目に焼き付けたかったのだ
そして心の中で呟いていた
今度はちゃんと見られたよ