第六話
きっとマリはもう来ない。
そう思いながらも、次の金曜日が来ると、僕は学校に向かわずには居られなかった。
せみの声がうだるようだ。
自転車をこぐ僕の額から、汗が噴き出した。
マリは、僕がどんなに早く着いても、いつも必ず僕より先に視聴覚室へ来ていて、決まってピアノに近い、最前列の右から5番目の席に座って待っていた。
清潔な白いブラウスと、灰色のプリーツスカートをはいて。
案の定、マリの特等席は空だった。
誰も居ない教室は突き抜けるように空虚だった。
いつもはこの空間を、音楽と、マリの、歌うような言葉と笑い声が満たしてくれていたのだ。
僕は心が重く暗い空気に満たされるのを感じた。
僕とマリの接点は金曜日の視聴覚室だけだった。
僕はマリの日常を何も知らない。
どこに住んでいるのかも。携帯の番号すら知らないことに気づいてしまった。せめて電話番号ぐらい聞いておくのだった。もう、これきりか。新学期が始まるのを待つしかないのか。
僕は空虚さに耐えられず、ピアノの前に立った。ピアノを弾いていれば、マリがやって来るかもしれない。
僕はグランドピアノの重い蓋を開けた。
マリだ。
僕は鍵盤に掛けてある紫色の毛氈のカバーの上に白いメモが載せてあるのに気づいた。マリは今朝、ここに来ていたのだ。
「日曜日、国立美術館の二階のホールに来て。
あなたが音楽を愛するのなら。」
さらりとした筆跡でたった二行の文が書かれていた。
なんて突飛なんだろう。
マリはいつも僕を戸惑わせる。
しかし、日曜日はちょうどよく暇だった。
僕はなんだか少々悔しい思いをしながらも、国立美術館へ足を運ぶことにした。