第五話
「おい、シュンどうしたんだよ。途中から、何か変じゃなかったか?」
楽器を片付けていると、さっそくベースのマサトに声を掛けられた。
「うん、いつもお前は冷静なのに、今日はイマイチだったね。なんか緊張してた?」
ケイタにも言われてしまう。
「ごめん……。」
やっとのことで、そう答えた。
仲間の声が耳に痛かった。
みんなに申し訳ない気持ちと、マリのことと、全身が絶望に包まれて、恥ずかしいんだか悲しいんだか、何がなんだか分からない状態だった。
「俺、ちょっと外出てくるわ。」
僕は仲間に悪いと思いつつ、控え室を飛び出して客席へ向かった。
惨めな気持ちでいっぱいだったが、でも、とにかくマリに会わなければ、と思った。
マリはどこにいったろう。
さっきまで居たはずの場所に、彼女は居なかった。客席を見回すが、それらしい姿は見えない。
僕はライブハウスの外へ出た。
祭りの喧騒を離れたような静けさの中、ライブハウスの外には、ちらほらと人が居た。
今出てきた人、これから入る人。対バンのメンバーらしき人達。
マリは…。
「マリ!」
彼女はライブハウスの隣の建物の壁際、薄暗い闇の中に目立たないようにうずくまっていた。
「どした?ライブハウスで、気分悪くなった?」
僕はおそるおそる聞いた。
「……ひどい。ダメ。ぜんぜんダメ。」
「え?」
彼女の激しい口調は僕の胸を突き刺した。
「音がバッラバラだよ。絵が、色が、ぐちゃぐちゃで、もう見てられなかった。」
彼女は責め立てるように言った。
僕は思わずかっとした。
「俺達の演奏が、バラバラだったって?ぐちゃぐちゃだって?どこが悪かったんだよ、具体的に言ってくれよ。他の客はみんな満足してた!」
マリの感覚が異常なんだ。
初めてバンドサウンドを聞く者に、何が分かるって言うんだ。
俺たちが、どんだけ練習してきたと思ってるんだ?
「お前、変だよ。いっつもそうやって分けわかんないこと言って。」
マリははっとしたように僕の顔を見て、涙を浮かべながら言った。
「そうだよね、ごめん。」
急に謝られて、僕の怒りは行き場を失ったようにたじろいだ。
「シュンー何やってんだ?」
この声はケイタだ。
僕は、この場をどう取り繕おうか必死で考えた。
女と二人きりである上に、彼女は泣いていて、しかもそれがマリと来てる。
万事休すだ。
「ごめん。私、帰るね。」
マリは立ち上がって、さっさと歩き出した。
僕はどうしていいか分からず、彼女を止めることも出来ず、ただその後ろ姿を見送った。
バンドのみんなにはさんざん冷やかされたが、その場は適当に誤魔化した。
僕は途方に暮れて、マリをライブに呼んだことをひたすら後悔するだけだった。