第四話
ライブは近隣の高校のバンドも数バンド出演するもので、ライブハウスは観客で一杯だった。
僕はステージ上でセッティングをしながら、その中にマリの姿を探した。
フロアの真ん中あたりに、すぐにその姿を見つけた。
今日のマリはライブハウス仕様だった。
いつも背中に流している長い髪をポニーテールにまとめて、耳には銀のわっかが付いている。
よく考えると、僕は今までマリの私服姿を見たことがなかった。
制服を着た清楚なイメージとは全然違う。
女の子ってすごい。
そんなことを考えながら彼女を凝視していたら、当然目が合う。
マリはにこりと笑って、小さく手を振った。
そこだけスポットライトで照らされてでもいるかのように、僕の目にマリの笑顔がくっきりと残った。
僕は誰かに見咎められやしないかどきどきしながら、ぎこちない笑みを作って、軽くうなづき返した。
僕は一人で緊張していた。
マリはライブハウスは初めてだと言っていた。
音楽が混じるのがダメ、と言っていたデリケートな彼女が、このような場に来て平気だろうか。
ライブが始まる。
僕は気を落ち着かせてカウントを出した。いつも通りやればいい。
練習は十分やったし、ミスさえしなければ普通にやってまず失敗することはない。
練習でなかなかうまくいかなかったベースの入りのフレーズが、しっかりと合う。
滑り出しは良好。
ノリのいい観客達は音楽に乗せて思い思いに体を揺らしている。
二曲目はとくにテンポの速い乗りやすい曲だった。
僕はスティックに力を込めて、ドラムを思い切り響かせた。
今日は上手く行きそうだと思っていた。
今年の夏は、これまでにないほど練習に力を入れてきたのだ。
だけど、僕はマリの姿を見てギョッとした。
マリは、揺らめく観客たちの狭間で凍ったように身をすくませて、微動だにしなかった。
その姿は、大海原にぽつんと立った孤島のように、一人明らかに浮いていた。
三曲目に入る。マリは身を硬くしたまま目を閉じてうつむいていた。
僕は不安になってきた。
なぜだ?
特に僕らの演奏にまずいところがあるとは思わなかった。
他の観客はみんな楽しんでいる。
なのに、マリだけはまるで苦行にでも耐えているかのようだった。
僕は彼女を誘ったことを次第に後悔し始めていた。
いいよ、辛いのなら聞かなくても。
僕はたたきながら、マリにそう叫びたい気持ちになった。
今すぐ演奏をやめたかった。
しかしさすがにそれはできなかった。
僕は気もそぞろな中、全五曲をやっとのことで終えた。