第三話
マリと出会ってから一月半、週に一度の「ピアノの時間」をちょうど4回経験して、夏休みに突入した。
僕とマリは相変わらず金曜日の、しかし放課後ではなく朝の涼しい時間に秘密の練習会を続けた。
僕はますますうまくなり、ピアノ教室での評価もすこぶるよかった。
最近シュンは練習熱心だと、教師にほめられたものだ。
はじめは彼女の扱いに少々戸惑い気味だった僕も、その多少風変わりな部分にも次第に慣れていった。
あるとき僕は、軽音楽部のライブにマリを誘った。
「シュンくん、ドラムもやるんだよね。初めて聴く。絶対行くね。」
彼女は快く承諾してくれた。
夏休み中に企画されているライブには、必ずマリを誘おうと心に決めていたので、僕はピアノと同じぐらい、軽音の練習にも力を入れていた。
いつも部活が終わるとさっさと帰ってしまう僕が、珍しく遅くまで残ってドラムを叩いている姿を見て、バンドメンバーも驚いていた。
「シュン、昨日も一人で朝ドラム叩いてたらしいじゃん?どういう風の吹き回しだよ?」
バンドメンバーのケイタが不思議そうに聞く。
「いや、来年は俺らも受験だろ?バンドに力入れられるのって、今年ぐらいなんだなーって思ったら、ちょっとやる気出てきちゃって…」
苦し紛れの言い訳だったが、半分は本心だった。
「来年は今年ほどは練習できないんだ。最後だと思って、頑張ろうぜ?」
僕は現金にも、そんな柄でもないようなことを口走っていた。
実は目当てがマリだなんてこと伝えたら、怒られるだろうけど。
「そうだよなー。……よしっ!俺も今日は残って練習付き合うわ。」
「マジ?」
ギターボーカルのケイタは真面目でいい奴だ。楽器の実力としてもメンバーの中で飛び抜けてうまいから、何かと頼ってしまう。
僕は心の中でゴメン、と手を合わせながら、ケイタに付き合ってもらった。
僕とケイタにそういう流れが出来ると、自然と他のメンバーもなんとなくやる気を出してくれて、バンドはすごくいい雰囲気で進んだ。
「彼女、来るんだろ?」
ケイタの言葉に、ギクリとしてその顔を見る。
「ん、たぶんね。今回はちょっと良い出来になりそうだから、呼んでみた。」
はにかむような顔をしてぶっきらぼうに答えたのはベースのマサトだった。
なんだ、マサトに言ったのか。
「そっか、他校の子だっけ?マサトの彼女って。」
僕は心の動揺を抑えながら、さりげなく話を合わせた。
「こいつ、やりおるよなー。噂によると結構可愛いらしいよ。」
「いいじゃんいいじゃん。そりゃ、しっかり練習しなきゃだな、マサト。」
僕はさりげなくちゃっかり発破を掛けておいた。ベースのマサトが頑張ってくれないと、完成度が上がらない。
じつは俺も…、と、喉元まで出掛かった言葉を、僕は飲み込んだ。
僕はマリとのことを誰にも話していなかった。
一週間に一度、空き教室でピアノを聴かせる。こんな奇異な関係を、誰かに話すことなどできようもなかった。
別に付き合ってるわけじゃないし、「五組のマリが俺のドラムを見に来るんだぜ」って吹聴して回るのも、何か違う気がした。
僕とマリの関係は、何か、そういうのとは違うって気がする。
もっとイノセンス……って言うと気持ち悪いけど……、好きだとか嫌いだとか、友人同士で噂し合って、告るだの告らないだの、そういう話題にしてしまうのは、違う気がする。
だったら何なのだ、と聞かれても上手く説明できないのだが。