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9.手がかり


 西のイナリ様に話が通じたのかは、すぐにわかった。

 休み明けの学校で、鳴はその効果を実感したのだ。


「古曳ー。お前さ、まだ鏡集めしてんの?」


 委員会活動時間に長貴が声をかけてきた。同じ保健委員会として、来月の保健だよりと掲示物を作成しているなかで、手持無沙汰になったのだろう。


「え、うん。全然集めてる」

「こないだ鑑定番組の再放送でさ、お前が探してそうな鏡出とったぞ」

「古い鏡? 丸くて銅鏡みたいな」

「たぶん。うちの母親がチャンネル変えてくんなくて、たまたま見とったんだけど。そこに出ててさあ」

「まじで? アーカイブあるかな」

「たぶんあるんじゃね。あとでURL送るわ」

「助かる。中野ありがと」

「おう」


 鳴はポケットに手を当てた。バイブレーション機能がついたかのように、ポケットに潜ませた手鏡が震えている。

 今日の手鏡は、鮮やかな刺繍がはたた姫のお気に召したらしい。津和野に出かけたときに駅で買った民芸品だが、コンパクトミラーより随分マシと褒めていた。

 手鏡はすぐにでも探せといわんばかりの反応ぶりだ。こそっと鳴は屈むふりをして呟いた。


「姫、雨田にも伝えてほしい」


 するとポケットの振動はたちまち止まった。


「古曳、腹でも痛めたんか」

「中野、蓬子ちゃんにそういうの言うとセクハラになるからやめなよ」

「言わねえし!」


 軽口を返して、鳴もまたそわそわと委員会の終わりを待つのだった。




***




 消去法で決まった委員会の予定を聞き流しながら、雨田継はあくびをかみ殺した。

 寝不足なのだ。ここ最近の出来事のせいに違いない。

 内心でこれまでのことを思い返して、またこみあげる眠気を飲み込む。


 ――全部、あの姫と古曳のせいだ。


 視界の端をちらちらと動く人物たちを瞬きをして追い払う。ついでに継にとって望ましくないものも見てしまったので、そうっとそこから目を逸らした。

 昔、雷に打たれて臨死体験をしてから、継には悪鬼を見る才能が芽生えてしまった。祖母曰く、雨田家に時々現れる『見鬼の才』だ。

 それで小さいころは分別もつかずにあれこれ話していたら、当然のごとく忌避された。いじめにもあったし不思議ちゃんだと遠巻きにもされた。中学を大人しく過ごして、高校に進学するときには偏差値が高めの地元の子どもがあまりいないところを目指したのに。

 部活動だってそうだ。弓道を始めたのは弓を鳴らすことが魔除けになったことと、矢先に集中すれば他に目がいかないからだった。


(俺と同じかと思って、話しかけただけだったに。なんでこうなった)


 あの時。

 堂々と明らかに浮いている着物の少女に、果物を分け与えている姿を見た時。つい、気になって話しかけたのがはじまりだった。

 まさかアレが地元の氏神で、自分の遠い祖先でもあって、神器を探せと巻き込まれるとは。


(大体、古曳が。あいつは絶対おかしい)


 見た目だけは、凛とした中性的な美しさがある。クラスメイトのなかにも、自分の推しの劇団女優と似ているとうっとりしている者だっている。

 中身はコミュ力お化けの能天気女だと継は思えてならない。もしくは擬人化した人懐っこい犬。度量が深いのか、異様に前向きなのか、全体的に陽気に溢れている。

 継から見る古曳鳴は、いわゆる陽の者で珍妙な生き物だった。

 誰に対してもニコニコと話を聞いて、友好的に振舞う。文句や嫌味を言われても、相手の悪口を言わないという話も噂に聞いた。


(なんか、ぴかぴかしちょるし)


 いうなれば、鳴は魂の健康優良児だ。

 きっと他者に悪意を持つことも、ほとんどないのだろう。あれば、継にはなんとなくわかる。

 悪意や害意に反応して、悪いものは寄ってくるものだ。そうなれば、見える。

 だが、鳴にはそれがない。出会ってからこれまで見ていて、一度もなかった。

 鳴の明るい気質に惹かれて、良いものが寄ってきて集まり、バリアを張っている。そうして良い循環を作り続けているから、悪鬼が寄ってくるようなことはない。さらに本人は無自覚。できることなら、継がほしい能力だった。


(だけん、変なのに気に入られやすいんかもなあ)


 鳴の誰にも友好的というのは、人以外にも強力な効果を発揮していた。

 あの遠出で行った神社でも、興味津々に鳴はイナリたちに見られていた。はたた姫の使いという名目でなかったら、姿を現してどうにかされていたかもしれない。

 帰り道のショートカットも、おそらく好意からだった。また来てねと継の耳には聞こえていた。


(けど、イナリ様。あわよくばだったに……ばあちゃん、あんな簡単に治るなんて)


 継の祖母は、今年の夏に入って熱中症を起こして入院していた。予後があまりよくなく、療養目的で今も病院にいる。

 西のイナリは失せ物探しのほかに、願望成就も受けてくれる。

 昔、祖母に教わったことを思い返して下心をこめてお供えを持参した。ついでに叶えてくれないかと柏手を打ちながら継は願った。

 用意したお供えは、大変気に召されたようだった。鳴がいて、目通りしやすかったのもあっただろうが、それは間違いない。

 帰った途端、祖母の経過が快方に向かって退院できそうと連絡があった。


(こんなことなら……)


 もっと早く神様に縋っていれば、継のこれまでの人生は楽だったのだろうか。

 そう考えて、その考えを打ち消す。上の存在からは、どうせお見通しだろう。人の理屈がいつも通るとは思えない。

 継のその予想を裏切らず、透明な窓ガラス越しにはたた姫が見えた。姿を直接見せないのは、依り代の出力不足なのだろう。

 はたた姫は何やら必死に両手で大きな丸を作って走るようなジェスチャーをしている。


(……姫も、大概変なんよなあ)


 神様らしい威厳はないが、機嫌を損ねると継が苦手とする雷を飛ばしてくる。無視をするわけにもいかず、怪訝な顔をして窓を見ていたら、はたた姫の姿はどんどん寄ってきた。そして変わらず何度も口を動かしている。

 継が耳を澄ますと、「鳴のところに来るのです」と言っているようだ。

 返事があるまで繰り返しそうだったので、継は「終わったらいく」と呟いた。はたた姫は、まあ良いでしょうとでも言いたげな顔をした。そのまま窓から窓へ飛び移るように姿が転々とし、やがて姿を消した。


(古曳が誑したせいか?)


 古来、日本の神様は人間臭いというが、はたた姫はとくにひどい。こんな元気で欲望に溢れた氏神は見たことがない。


(いやまあ、神様に知り合いはおらんけど)


 元の外の景色をうつす窓ガラスに変わったのをぼんやりと眺める。終わりの号令を掛け始めるのを聞いて、継は視線を前に戻した。




***




『――残念ですが、偽物だったとのことで……藤原さん、こういった鏡は以前本物が出たとの話でしたね』


 スマホに映った映像がぺらぺらとしゃべっている。

 鳴たちは早速、長貴に教わった鑑定番組のアーカイブを再生していた。

 教師に見つからないように、適当な空き教室に入って円座を組んでスマホ画面を見下ろす。はたた姫にいたっては張りつかんばかりに身を乗り出している。


『そうですねえ、かなり昔ですが、平安時代頃と推定される銅鏡が出されたことがありましたね。いやあ、あれはいい仕事をしてましたねえ』


 いかにもな着物姿の鑑定員の男が話す。VTRがパッと切り替わる。

 当時の映像ですと注釈が入り、古びた映像が流れ出した。画面では、化粧をしたスーツの女が笑顔を浮かべて鏡を持っていた。


「あっ」


 はたた姫が声を上げる。


「これ、これこれ、これよ! これです!!」


 興奮して繰り返し、はたた姫は画面を指さした。


「わたくしの鏡だわ! この女ね!」

「イナリ様効果すっごい。よかったね、姫」


 鳴が言えば、頬を真っ赤にしてはたた姫はこくこくとうなずいた。


「でも、この映像も相当前のだろ。番組に電話でもするん?」

「いや、しないしない。もっと手早くいきそうなんだ」


 鳴は疑問を口にした継に顔を向けると、実はね、と続けた。


「この審査員の藤原さん、蓬子ちゃんの叔父さんらしくて。話したら聞いてみるって」

「……そんな偶然ある?」

「神様の御利益、本当すごいよね。雨田の煮物がよっぽど美味しかったんじゃない。それか姫に協力しなきゃってなってくれたんだよ」

「そう? はあ? そういうもん……?」


 なおも不思議そうにする継に、鳴は笑った。


「またお礼に行かなくちゃ。神様にお願いして願いが叶ったら、お礼をするもんなんだよね? 雨田もまた行こう」

「いや。まあ、うん。それは」

「姫も、大事なものがきっともうすぐ戻ってくるよ。あとちょっと、がんばろ」


 言葉を濁す継をおいて、鳴ははたた姫にも笑いかける。はたた姫は感極まったように、鳴に抱き着いた。


「鳴~っ! あなたって、若君に似てるってずっと思っていたけれど、やっぱりとっても若君似じゃないのお!」

「なあに、姫」

「鳴も負けず劣らず、素敵ってことよお!」


 きゃっと言って、まるで犬猫のようにはたた姫が鳴にじゃれつく。それに一瞥をくれてから、継はまたスマホ画面に視線を向けて言った。

 画面の向こうでは、今後の未来予想図をギラギラした目で語る女がいる。


「じゃあ、あとはその連絡待ちをするだけなん?」

「たぶん。時間を作るのが大変らしいから、ちょっとかかるかもって言ってたけど。いいかな、姫」


 鳴が抱き着くはたた姫の肩を軽く叩きながら言う。はたた姫は、嬉しそうにまたうなずいた。


「ええ、ええ。あとちょっとなら、待ってみせましょう。きっと、ええ。だって、十年二十年、百年でないのですもの。あっという間のことだわ」



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