16.ご縁結び
目の前を賑わう一行が通り過ぎていく。
有名な祭りだけあって、他県や海外からの客もそれなりに訪れるようだ。そしてそれに混じって、好々爺があたりを眺めていたり、色っぽい美人が煙管をしならせていたりする。
明らかに人だけではない様子を見て、あえて口を挟まないように、鳴は口を閉じた。
ただ、無視をするのもきまりがわるいので、そういった者らがいるあたりでお祈りをしてみる。
すると、興味深そうな視線が鳴に視線が集まった。そのまま拝んでいると、彼らはうんうんと頷いて離れた。
「鳴、何してるの。あんまり離れないで」
「うん、今いく」
母親が心配そうに声をかけてくる。
それもしょうがない。
病院に搬送されて目が覚めたかと思えば、また昏倒して意識不明に陥っていたのだから。おかげで一日様子見で帰れるはずが一週間も病院生活を送ってしまった。
そして気づけば、十一月の真ん中である。
鳴はその経緯の記憶がすっ飛んでいた。
墓参りに行こうとしていて倒れたなんて、初耳だった。近所の雨田継という同級生が助けてくれたのも。
元気が取り柄な鳴が急にそうなったので、さすがの仕事大好きな母親たちも焦ったようだった。快気祝いには気晴らしにどこか行くかと言われて、鳴は一もにもなくこう頼んだ。
――お忌みさんに、行ってみたい。
療養中に聞いた、地域で有名な祭りがずっと気になっていたのだ。
それくらいならと休みを取った母親たちによって、一家揃って大社詣でに来たのだ。
「昔住んでたころは、なかなか来なかったけど、久しぶりに来ると変わったわねえ」
「そう?」
「そうよ。ねえ、おじいちゃん」
母親が光生に声をかける。光生は、うなずいて同意した。
「よその人もよう来るようになったけん、町も賑やかになっちょうわ」
「でしょう。ええと、次のパワースポットは」
もともと住んでいても、詳しくはないらしい。母親がパンフレットを開くと、父親がやってきた。手にはお守りが握られている。
「いろいろあったから、たくさん買っちゃった」
「あなた、そんなに?」
「ほら、鳴にも。お義父さんにも」
にこにこ笑って、家族分のお守りを渡す。黄色い守り袋には家内安全とある。そして飾りには、白い勾玉がついていた。
「鳴にはこの色が合う気がしたんだ」
「ありがとう。綺麗」
鳴は礼を言って、手のひらでお守りを右に左に傾けた。ころころと勾玉が揺れる。
「あっ、わかった。次あっちだわ」
母親が指をさしてパンフレット片手に進みだす。人が多いと文句を言ったわりには、どこかわくわくしているように見える。
本殿周りをぐるりと回って、おみくじを引いて、鳴は目を瞬かせた。ラッキースポットに墓所とある。そういうことがあるのだろうか。
おみくじ掛けに、くじを結んでいると隣に影が差した。邪魔になるかと思って横に良ければ、声をかけられた。
「どうも。病院ぶり」
「病院ぶり。偶然だね、雨田のとこもお参りなんだ」
「うちは毎年恒例」
継は一番高いところにくじを結んでから、こちらを見た。じろじろと鳴を見て、うん、とうなずいた。
「なんもなっとらんな」
「もうそうそうないと思うなあ」
「あんとき何度も幽体離脱しちょいて、何言っちょう」
呆れたように継は言う。
鳴を運んでくれたらしい継も、その後大風邪を引いてしまったのだ。なんでも、鳴を助けた休日にそのまま出かけて、雨に打たれて風邪を拗らせたそうだ。そして偶然にも、鳴と同じ病院に入院した。
そしてさらに偶然なことに、病院は小規模だったために多人数部屋で一緒になったのだった。
その間に起きたことを今思い出しても、鳴は苦笑いがでてくる。
生死の境をさまよった弊害なのか、鳴は入院期間中に幽体離脱したのである。それも何度も。
誰にも気づかれなくて困っていたら、これまた偶然にも見える人だった継が助けてくれた。
二重三重の恩人である。
そういうわけで、鳴は継に言われると弱い。
「離脱癖は抜けたと思う。たぶん。神様っぽい方々にも、うんうんってうなずかれた」
「本当か、それ」
「いっぱいいたよ。子だくさんの方とか超美人な方とか、もりもりマッチョも」
「子だくさんは大国主さんか……? というか、理由になっちょうんか、それ」
怪しむ視線に、鳴はゆっくり大きくうなずいてみせた。
「こんな感じ。仕事ができますなあって感じにうなずいてた。安心の頷きだと思う」
「どんな感じだよ。いや、まあ、もうなんともないんならいいけど」
「雨田って結構心配しいだよね」
「それ、どの口で……」
言いかけて、継は頭を掻いた。
「ああ、もうそういうことでいいや。じゃあ、ばあちゃんら待っちょうから」
「あ、うん……っと待って。おみくじにさ、ラッキースポット書いてなかった?」
背を向ける継に声をかけると、継の足が止まる。
「墓所」
「同じだ」
継がそう言えば、鳴は真面目ぶって言い返した。
そして互いに見合って、沈黙すること少し。
鳴は小さく笑ってから言った。
「そんなことある? 被るんだ」
「墓所っていってもなあ、どこのだって話なんよ」
「墓参りとか? うちのおばあちゃんの墓が山にあるんだ」
「俺んとこもじいちゃんの墓があるな……多分、同じ墓地山だと思う」
話しながら、なんとはなしに既視感を覚える。鳴はそのことに首を傾げてから、提案した。
「じゃあさ、今度の休み、行ってみようよ」
「まあ、大会がない日なら」
そして今度こそ、二人はそれぞれ軽く手を振ってその場を後にした。
秋風が吹いている。
もう冬も間近なのに、場違いなくらい暖かな小春日和の風だ。その風があたりを撫でて、くくりつけられたくじを揺らす。
そのくじに細い指がそろりと触れる。
多くの人が行きかうはずのその場所は、奇妙なことに誰も寄り付かない。指先はするりと二つのくじを取ると、大事に胸元にしまいこんだ。
それから、跳ねるように足を進めた。小さな足取りが進んだ先に、頭を垂らした白い鹿がいる。
少女の足は、やがて小走りに早くなり、安心しきった様子で白鹿へと進む。
「さあ、次の仕事をしないと」
弾んだ声で、鹿に話しかける。そしてそのまま満足そうに姿を消していった。
了
ここまでお読みくださり、大変ありがとうございました。
伝奇ものいいよなあ。そういえば神在月だったなあお祭り行きたかったなあ、といった気持ちからこねこね始めたお話です。
こういうお話は古今東西いっぱいありますが、好きなので自分でも書きました。
なんぼあってもいいもんです。
ただ著作権とか、権利・規約もあるため、出したいけど出せない所ちょこちょこあったのが心残り……稲荷は、稲荷は大丈夫なはず!
架空のものを出すには、現実に魅力的すぎる神社がたくさんあるのです。
しまね良いとこ、一度はおいでくださいな。
少しでも楽しんでくださったのなら、幸いです。