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14.空駆ける白光


 田舎の片道を歩きながら、継はスマホを取り出して電話をかけた。


「――……あ、もしもし。洋兄、俺。今、奥さんおる?」


 隣を歩いて耳をすませていると、継は小さくうなずいた。


「うん。うん、おるなら代わって。聞きたいことあって。は? ちがうわ、誰がちょっかい出すや」


 継の説明は略しすぎて、すぐに伝わらなかったのだろう。耳元からスマホを遠ざけて、眉をしかめている。鳴は継の肩を叩くと自分を指さした。


「代わって。私が説明するほうがいいでしょ」

「あー……ちょっと代わる。誰って、まあ、いいけん切らんで」


 そう言ってから、継は鳴にスマホを差し出した。メタルフレームのひんやりした感触がする。軽く一呼吸おいてから、鳴は電話先に挨拶をした。


「あの、初めまして。雨田……継くんとは仲良くさせていただいております。同級生の古曳鳴といいます」

『えっ? ああ、どうも?』


 困惑した男性の声が返ってくる。なるべく丁寧を心がけて、電話口の母親を思い浮かべながら鳴は話しかけた。


「実は、私の家が管理している墓所がありまして。そのことについて奥様にお聞きしたくて、継くんに頼んだんです」

『うちの奥さんに、ですか』


 電話先で男性がかしこまった様子が見えるようだ。


「はたた姫の墓というのですが」

『はたた姫? あっ、待ってくれ。妻に代わるけん。知っちょうらしい』


 ばたばたと電話先で音がする。男女が何やら話をしているのかと思えば、落ち着いた女性の声が話しかけてきた。


『はじめまして、姫宮小町と申します。私の母に関することでしょうか』

「はじめまして。古曳鳴です。仰るとおりで……単刀直入にお伺いします。鏡を、持っていませんか? 大事な鏡なんです」

『鏡……』

「銅鏡です。背面に雲が描かれた、手のひらくらいの」

『ああ……はい』


 すう、と息を吐く音が届く。それから躊躇いがちにだが、はっきりと小町は答えた。


『母の遺品として、持っております』


 あった。

 鳴は、思わずこぶしを握った。継のほうを見て「あった」と口を動かして、急いで電話口に声をかけた。


「それ、返してもらうことはできませんか。どうしても、必要なんです」

『もしかしなくても、母が盗んだのでしょう。話には、聞いていたんです』


 そして、小町は心底申し訳なさそうに謝った。


『母が、申し訳ないことをしました。だから、罰が当たったんだわ』


 雷のことか、それとも病気のことだろうか。蓬子に以前聞いたことを思い返して、鳴は相槌を打った。


「いいえ。所在がわかっただけでも、嬉しいです」

『お返しできたらいいのですけど、今、私は動けなくて。その、お産のために入院をしていて』

「大丈夫です。私のほうから、取りに伺いますから」

『本当に重ねてご迷惑を……洋さん、お願いしていい? ええ。ありがとう。では、古曳さん、いつでもいいのでご予定がわかったら連絡をください。夫が対応いたしますので』

「ありがとうございます。あの、出産がんばってください」

『ええ……ええ、ありがとう』


 通話が終わると、鳴は一息はいてスマホを見つめた。

 とうとう見つけたことに高揚した気分が湧いてくる。継にスマホを返却して、鳴はたずねた。


「雨田、ありがとう。それと」

「家の場所は、ここ」


 鳴に見せるように、継はスマホの地図アプリを開いて見せた。


「……うっそぉ」


 そこは、鳴が元々住んでいた場所の近所だった。







 在り処がわかるのなら、すぐに向かえるかというとそういうわけでもない。

 まず、鳴が暮らしていた東京までの距離は長い。足が必要だ。

 ここまで順調に情報があつまったのなら、そのままうまくいくかと思えば、そうもいかなかった。


「ない。ないない。ここも席ない……って、悪天候で休止!?」

「電車も飛行機も天気悪いと動かんか」


 鳴と同じように、運行状況とチケットを探して継がぼやく。


「さっきまでの幸運の揺り返しきちょうな。こっち、やっぱ電車はない」

「飛行機も。バスは明日明後日の便の空きなしだって。というか一週間以上間が開かないと無理って」

「郵送してもらったほうが早いんじゃないの」

「悪天候でも速達っていけるかな……って、あ」

「あ?」


 鳴は空を見上げた。ついさっきまでは晴れていたのに、ぽつぽつと雨粒が落ちてきていた。暗雲も広がり始め、本格的に振りだしそうだ。

 このままでは。じれったく思って視線をおろすと、道の先に白い影を見つけた。それは、鳴が確認したとわかったように、踵を返して跳ねていく。


「鹿いた」

「ここに?」


 継が鳴の方向を向いた頃には、姿はもう見えなくなっていた。


「……この先、神社あったりする?」

「どの神社かわからんけど、いくつかある」

「呼ばれた気がする」

「鹿に? 古曳、おい」


 言いながら、鳴は白鹿が消えた道へと一歩足を前に出した。

 視界が急に明るくなった気がする。水中の膜を突き破って顔をのぞかせるような、そんな感覚があった。

 ぴい。と甲高い鳴き声がした。

 夢で聞いたあの鳴き声だ。


(やっぱり、呼んでる?)


 声の響く先を探すと、点々と白く輝く痕跡が見えた。黒い靄が厄だとすると、これはいいものなのだろうか。そう思わせた。

 すぐに行くべきかと進む前に、継のくぐもった声が耳に届いて踏みとどまった。


「古曳、急になんがあった。おい」

「え、なんかってさっき話した鹿の声が」


 鳴が振り向くと、崩れ落ちた鳴を慌てて支えた継がいた。


「……あれ?」


 自分がもう一人いた。それも意識がなさそうだ。

 どういうわけか知らないが、鳴は体から抜け出したようだった。そうとしか取れない状況で、鳴は雨田の肩を叩いた。叩く、というより通り抜けそうになったので慎重にすると、わずかにパチッと指先に静電気が走った。集中すれば触れるらしい。


「雨田、雨田。おおい」

「何だや、今……はあ?」


 顔をあげた継が、驚いた様子で言葉を飲み込む。支えているはずの鳴の体と、目の前で手を振る鳴を見てもう一度間の抜けた声をだした。


「ちょっと、体預ける。今なら、多分行けそうだから」

「えっ、なん、ちょ」


 よろしくと継の両肩を素振りをして、鳴は言いながら足を動かす。早足は次第に駆け足へと変わり、勢いよく進み始める。


「なんとか待ってて。ちゃんと帰ってくるから!」

「おい待て、古曳、お前何しに」

「雨田のお兄さんに今から行くって言っといてー!」


 きらきらと輝く白い道が見える。

 そこに足を踏み入れてさらに駆けだすと、あっという間に周囲の景色が溶けていった。


 人が知ることのない領域の道に入ったのだ。

 砂糖菓子みたいにとろとろと溶けた住宅街と山の風景、湖、海が通り過ぎていく。

 そんな鳴の前を、軽やかに何匹もの動物が駆けている。白鹿の群れだ。

 彼らが蹄で大地を蹴るたびに、ぱちん、と白い電気が弾けた。その中でも一番後ろを走るほっそりとした牡鹿がいる。牡鹿はこちらを振り返っては、ついてこいとばかりに動いている。

 不思議と群れに混じって走れている。鳴の一歩が、大きく飛び、鹿と同じように跳ねるようになる。

 煙のように景色が遠のく。そして気づいた。

 いつの間にか、鳴はあの時見た立派な牡鹿と同じになっていたのだ。

 自分の意識はあるのに、牡鹿の中に鳴がいた。鳴を連れて、牡鹿が駆けていく。


 ――しゃん。


 鈴のような音が響く。

 続けて、蹄が蹴って進む度に、電気がぱちぱちと弾けて跳ねる。

 いや、違う。

 白鹿たちが進む道が雷を作っているのだ。群れが太い雷を成し、大地を、雲間を駆け抜ける。見たこともない速度で、跳ねるように飛び移るように雷があちこちに成る。

 まっすぐに進んだ群れは、目的地についたのか、蛇行しながら急上昇しはじめた。


(落ちる)


 落雷だ。

 白鹿たちは空に昇ると、あたりに散らばる黒雲と下界の暗闇に向かって真っ逆さまに滑降していった。落ちるように滑り、途中の建築物や遮蔽物に降り立っては、暗い靄に潜む何かに向けて襲い掛かる。

 閃光と轟音。

 仲間たちが勇ましく落ちていくなかで、鳴の牡鹿は狙いを見定めたように小高い位置にある社を目指した。ビル群が立ち並ぶ中で、コンクリートの坂を登ったところの、小ぢんまりとした社だ。

 火災除けのイチョウの木を蹴って、ささやかな土地の境内に降り立つと、牡鹿は頭を垂らした。言葉はなく、まるで祈るように社に向かって拝む仕草をした。

 それから振り向く。パッと白く輝いたかと思うと、狩衣姿の白い顔の男がいた。

 男は鳴をしばらく見つめて、静かに深く、頭を下げた。


 そして、気づくと鳴は一人でその境内に立っていた。


 手にはころんと白く光る勾玉があった。あの白い牡鹿を思わせる、けぶるような濃淡がある白だ。

 鳴はそれを握りしめて、牡鹿と同じように社を拝んで走り出した。

 ここから鳴の家だったあたりまでは近い。鳴の見覚えがある場所だ。坂を降りながら、神社の名前をみて、ああ、と息をつきたい気持ちを抑えて進む。

 空は、まるで過去のあの時のような悪天候だ。鳴の家が消し飛んだときの。


(お詫びなのかな……あの雷は)


 今ならなんとなく、あの雷は鳴の家がある地域一帯を狙ったんだと思えた。あの白鹿もずっと探していたのだろう。大事な姫の鏡だ。

 白鹿ほどではないが、不思議と疲れることはない。全速力で足を回して、鳴はかつての家の跡へと向かった。

 一度更地になって一年だが、もう買い手がついたのだろうか。さっそく新しい家が建ち始めている。見慣れた場所のはずが、知らない場所みたいだった。

 鳴はあたりの住宅の表札を見ながら、小走りに探し回った。このとき初めて、鳴は近所の人たちの苗字を知った。あっちだったら考えられないことだろう。

 そうして、一軒。また一軒。

 何軒もの家を回って、ようやく目的の苗字を見つけた。

 鳴は、深呼吸をしてインターフォンを押した。



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