表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お姫さまとドラゴン

作者: 杜木よよ




 魔王がいて、お姫さまがいて、勇者がいる世界のお話。


 お気の毒ですが、お姫さまは魔王に捕まってしまいました。

 薄暗い洞窟の奥深く。その隣には大きな大きな怖くて強そうなドラゴン。


 魔王がドラゴンに言い付けました。


「姫が逃げないように見張っていろ」


 ギラリとした鋭い目でずっとお姫さまを睨み続けるのです。

 蛇に睨まれたカエル。ドラゴンに睨まれたお姫さまはビクビクと震えていました。

 自分が食べられてしまうのが怖くてたまらなかったのです。


 まぁ、別にドラゴンは「見張っていろ」と言われただけなのでお姫さまを食べるつもりは全くありませんでしたが。


 ただ、お姫さまがあんまりにも泣きそうな顔で震え続けるものですから、ドラゴンも段々それが可哀相になってきて、ついに……


「あの……ボクは見張れって言われてるだけだから。

 キミを食べたら魔王さまに怒られるし。

 だからそんな怯えなくていいんだよ」


 お姫さまは突然喋ったドラゴンにビックリしました。


「な、なんでそれをもっと早く言わないのよぉぉ!

 っていうか喋れるの!? それにボクぅ!?

 あなたいったい何歳よ……?」


「え、ヒトに合わせた年齢で言ったら3歳だけど……」


 それを聞いたお姫さまは、はぁ~っと大きな溜め息をつきました。


「いくらドラゴン相手とはいえ、3歳のガキンチョ相手に

 一日中ビクビクして泣かされそうになってたなんて……

 情けなさすぎる……もう、ばかぁぁぁ!!」


 ドラゴンの肩がポカポカと優しく叩かれました。

 別にお姫さまは怒ってはいません。

 怯える必要が無くなったことと、話相手ができたことが嬉しかったのです。


 ドラゴンも、どう接していいか困りながらも悪い気はしませんでした。

 気まずい時間をずっと過ごすより、楽しくお喋りできる方が良いのは、ヒトもドラゴンも一緒なんでしょう。






(それがきっかけで、ボクはキミと仲良くなっていったんだ)


「ねぇ。その羽触らせてよ~」

「キバかっこいい! ほらもっと口開けてみせてよ!」


 そんなことを言って、ボクに触りまくるぐらいに慣れたお姫さま。

 怖がらないでいてくれるのは嬉しいけど、ちょっと遠慮が無くなりすぎじゃないだろうか。

 でも、そのおかげで色んな話をしたっけ。


 キミが話すヒトの世界のお話。

 ボクが話す魔物の世界のお話。

 知らない世界が広がっていくみたいで、ボクは魔王さまに言い付けられた仕事をしているはずなのに、生まれてきてから一番楽しいと思ったんだ。


「へぇぇ、やっぱり魔物たちも皆が皆、仲良しってわけじゃないんだ?」


「それはそうだよ。同じドラゴンでだって喧嘩するし、酷い時は殺し合いになったりさ……」


「え、あなたもそういうことするの……?」


「まさか! ボクは……その」


 お姫さまは歯切れの悪くなったボクに首を傾げた。


「……気が、弱いから」


 恥ずかしいけどキミなら笑わないで聞いてくれると思ったボクが馬鹿だった。

 この前まで泣きそうな顔をしていたのが嘘みたいに、お姫さまは大笑いした。


「あはは……ごめんごめん!

 だってこんなに強そうで怖い見た目してるのにね」


「ふんっ、ボクだって好きでこんな風になったワケじゃないってば」


「怒るなよ拗ねるなよぉぉ。

 可愛いやつめ、ほら、うりうりぃ!」


 そう言いながらアゴの下をくすぐってくる。

 ……ボクは猫じゃないんだけどな。


 楽しい……なぁ。

 こんな時間がずっと、ずっと続けばいいのに。


 でも、そんなボクの気持ちはキミの一言で壊れてしまった。


 ある日お姫さまが言ったんだ。


「……ねぇ。ここから、あたしと一緒に逃げよう?」


 その瞬間、世界が歪んだ。


 ああ、ここから逃げるために今までボクなんかと仲良くしてくれてたんだって。

 考えてみれば当たり前なのに勘違いしてたのが本当に馬鹿だ。

 お姫さまと仲良くなれるわけなんてないのに。


 もう、あんな風にお喋りできないんだと思ったら、生まれてきてから一番悲しかった。


「ボクはキミを逃がさないよ。

 だって魔王さまの言うことは絶対だから。

 それを破ることは死んでもできないよ」


 そう言ってやるとお姫さまは申し訳なさそうに


「そ、そうだよね!

 ごめんっ! 変なこと言って……当たり前だよね」


 当たり前。

 そう、これは当たり前のこと。

 捕まっているお姫さまが見張りのドラゴンと楽しくお喋りしてたことがおかしかっただけ。


 最初から話しかけなければ良かった。

 そうしたら、こんな気持ちになることも無かったのに。


 それからボクは、死ぬまでお姫さまに喋りかけることは無かった。


 でも、これで良かったのかもしれない。

 だって、だってさ。ボクは、どうせ……


 だからこうなって良かったんだ。






 そして続いた沈黙の日々の中。

 お姫さまが静かに口を開きました。


「ごめん……もう逃げようなんて言わないから。

 また、喋ろうよ……」


 ドラゴンはその言葉に耳を貸しませんでした。


「違う、よ……あたしがあなたと仲良くなったのは

 逃げたかったからじゃないの。

 あなたと一緒に、もっと色んなところに行って、もっと……さ。

 今更こんなこと言っても信じてもらえないよね……ごめん、ごめんね」


 お姫さまは大粒の涙を流しながら言いました。

 それを見てドラゴンは何か言いかけましたが、言葉が出るより先に、そのお腹に勇者の剣が突き刺さったのです。


「姫さま。ドラゴンの気を引いてくださってありがとうございます。

 助けに参りました」


 魔王がいて、お姫さまがいて、勇者がいる世界のお話。

 そんな世界で捕まっているお姫さまを勇者が助けに来ることは当然の結末です。


 痛みと共に意識が薄れていくドラゴン。

 そのまま力尽きてしまいました。


 ……しかし、このままめでたしめでたしとはなりません。


「何すんのよこの馬鹿ぁぁぁぁッ!!」


 強烈なパンチが、助けに来た勇者の頬に炸裂します。

 勇者は一瞬何が起こったのか分からずに、目を白黒させていました。


 そしてお姫さまは有無を言わせない口調で勇者に言います。


「……出しなさい。死者を蘇らせるような伝説の道具。

 持ってないなんて言わせないわよ!?」


「え、え? あ、あるにはありますが

 これは私がやっとの思いで手に入れた……」


「いいからッ! 早くッ!」

「は、はいッ!!」


 お姫さまのあまりの剣幕に、勇者は慌てて首に掛けていたペンダントをドラゴンに向かって供えました。


 するとペンダントの石が輝き出し、そこから溢れた光がみるみるうちにドラゴンの傷を治していくのです。


 やがて光が消え、傷が完全になくなるのと同時に石は粉々に砕け散ってしまいました。

 一度死んだドラゴンは、こうして蘇ったのです。


「あ、れ……ボク、どうして?」


 お姫さまは目を覚ましたドラゴンをすぐに抱きしめました。


「何、簡単に刺されて死んでるのよぉ……馬鹿、ばかぁ……!

 言ったでしょ!? あなたともっと色んなとこに行きたいって……

 あたしの、本当の本当の本当の気持ちなんだからね!!」


 そう言ってわんわん泣くお姫さま。

 勇者は何が何やらという感じで状況を理解できません。


 でもドラゴンは……お姫さまの本当の気持ちがようやく分かって、嬉しそうに泣いていました。


 そして……少ししてようやく泣き止んだお姫さまが叫びます。


「あたし決めたわッ!!」


 急なお姫さまに対して、ドラゴンと勇者はどちらもキョトンとしていました。


「……魔物に好き勝手命令して人間と争わせてる魔王よ!

 なに、なんなの? なんで皆で仲良くしないわけ!?

 こんな純粋なコにまで戦わせてさ、ありえないわよ!!

 だからね……行くわよ」


「え、どこに……?」


「魔王のところ! 一発ぶん殴ってやんなきゃ気が済まないわ!!」


 えぇえ!? と、ドラゴンと勇者が同時に言ってもお姫さまは止まりません。


「ほら、すぐに行くわよ!! 飛んで! 飛ぶのよ!」


 そう言ってお姫さまは大きなドラゴンの背中に乗りました。


「いや、ここ洞窟! 外へ出なきゃ飛べないって!

 それにボクは魔王さまの命令には逆らえないってば!」


「あなたへの命令って、姫を見張ってろ、でしょ?

 だったらあたしとずっと一緒にいて見張ってればいいじゃない!」


「ええ!? そ、そういう話なのかな……?」


 無理矢理なお姫さまを、もう誰も止められませんでした。


「ほら、勇者さまも! さっきはひっぱたいちゃったけど

 あなたがいなきゃ始まらないでしょう?

 姫を守るのは勇者の務め……よね!」


 すっかり置いてけぼりだった勇者でしたが、お姫さまにこう言われてしまっては逆らうことはできません。

 魔王と魔物の関係と一緒な気もしますが、気のせいでしょう。


「じゃあ、しゅっぱーつ!!」


 洞窟を出た二人と一匹は、お姫さまの掛け声と共に大空へ吸い込まれていきました。


 魔王をぶん殴ってやりたい気持ちのお姫さま。

 これからどうなるのだろうと思いつつもワクワクしているドラゴン。

 未だに状況がよく分かっていない勇者。


 さぁ、ちょっと変だけれど楽しい冒険の始まり始まり。


 終

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ