ロイ・ブリゼール
「私のことなど見向きもしない婚約者に別れを告げたら縋り付いてくるのですが。何故?」
の侯爵家嫡男ロイの物語です。気になると言っていただきましたので書いてみました。
単体でも読めます。
ロイは幼少の頃から女性が苦手だった。隙あらば触ろうとしてくるからだ。
幼女から大人まで可愛いと撫でたがるのだ。五歳で貴族男子だ、愛玩動物ではないと威嚇の方法を身に着け始めていた。
髪は金色で柔らかい、パッチリとした碧眼で鼻筋が通っており、肌は陶磁器のように白く薄い唇が赤いので人形のように見えるらしい。
侯爵家嫡男という地位があるのに、何故このような事をされるのかといえば
相手が親戚筋の侯爵家かそれ以上の家柄の者ばかりだからである。
父親と城に行った時など同じ年の王女様にまで髪を撫でまくられた。我慢はしたけれど屈辱だった。
以来徹底した女性嫌いになった。父はその時のロイの気持ちなどわかっていないだろう。自分の身は自分で守るべく剣の腕を鍛えることにした。女性に対し有効かどうかは分からなかったが、貴族男子の必須科目としては大いに歓迎される考えだった。
侯爵家お抱えの騎士団長に頼み込み稽古をつけてもらうことにした。
嫡男として身につけるのはマナー、教養、ダンス、外国語、経済学、経営学、ピアノとバイオリンの稽古も入って忙しくて仕方がないが戦う力は必要だ。
ロイは歯を食いしばって全力で食らいついて行った。
弟が二人いる。母に似て黒髪で赤い瞳の三歳のギルバートと一歳で自分と同じ金髪碧眼のアルフォードだ。弟たちを自分のような目に合わせないように頑張るつもりだ。母に伝えているので被害は今のところ自分だけだ。
小さな弟たちの方がぬいぐるみのように可愛いと思うのに何故か自分が一番の被害者のようだった。不思議でたまらないロイである。
流石に両親もロイの危機感を感じ取っていたので、影をつけ、従者として騎士団長の息子のクリス十歳を付けた。二人は剣術の腕をきたえるべく切磋琢磨していった。
五歳と十歳では格段に実力に差があったが、良き遊び相手としてロイが慕っていたので、何も問題はなかった。
クリスは兄のようにロイと接していた。面倒見が良かったのもあるが、頑張り屋の小さな主が可愛かったからでもある。本当の妹はいるがまだ二歳で遊ぶというよりあやしてやるという方が近い。いつまで続くのかわからないこの立場を楽しもうと思っていた。
もちろん敵とみなした者に容赦はしない。口も達者なクリスだ。
「クリス、今日も稽古をつけてよ」
「いいよ、かかって来い」
侯爵家騎士団の訓練場で小さな剣士たちが果敢に戦っていた。汗をかいた二人に騎士団員が水を渡し声をかけた。
「もう少し肩の力を抜いてごらん。それに剣を握るだけじゃなく走ってみたらどうかな。持久力がつくよ」
「ありがとうお兄さん、ロイ水を飲んだら訓練場を走ろう」
「そうしてみよう、お兄さんまたね」
小さなデコボココンビが走っている姿を多くの団員が微笑ましそうに見守っていた。
それから時は経ち、ロイが十二歳の時に大掛かりなお茶会が侯爵邸で開かれることになった。三人の息子の婚約相手や従者になる者を見極めようとしているのだとわかった。多くの貴族に招待状を出したらしく令息や令嬢が親に連れられて参加していた。
「クリス、父上と母上は僕がどんなに女性が嫌いなのか分かっていると思ったんだけど」
拗ねた口調でロイが言った。
「ロイの相手だけじゃないだろう、ギルとアルの相手も探すんじゃないか?ギルは騎士に向いてると思うからいずれは侯爵家の騎士団長だろうけど、アルは何処かに婿養子に行かなくてはいけないと思っておられるんだ」
「仕方ないけど、憂鬱だな。あんなに大勢と顔を合わせないといけないんだよ」
「ギルとアルの相手を探すくらいの気持ちでいたらいいんじゃないか?」
「そうするよ、クリスも一緒にいてくれるんだよね。僕の従者なんだから」
「ああ、ロイが安心するように後ろにいる」
十七歳の若者は笑ってそう言った。
「クリスは騎士団に入らなくて良かったの?実力があるんだからそっちの道も選べたでしょう。団長のあとを継ぐのかと思っていたんだけど」
「ロイのことが放っておけないのもあるし、事務仕事も結構得意なの知っているだろう。侯爵様から是非このまま息子の側にと頼まれたんだ、期待されて断るなんてできないさ」
「クリスが側にいてくれると安心だけどなんか複雑だよ」
「心配するなって。自分で決めたことだ。訓練は欠かしたことはないしロイが学院に行く間は騎士団にいるつもりだ。六年もあるんだ」
ロイは大勢の貴族の前で凍りついた表情で立っていた。
我が子をという親世代の熱い視線が凄い。
ギルバートやアルフォードは兄が当事者だと思っているのか、リラックスしているようにさえ見えている。
父の侯爵が挨拶を終えると大人たちはそれぞれの社交に動き出した。もちろん父と三人の息子の前には長い列が出来ている。父は大人を引き受け、子ども同士で話せるように配慮をした。
たくさんのお菓子が用意され、子ども達が遠慮なく食べられるよう使用人が配置されていた。何かがあってはならないので会場の警備は騎士たちが目を光らせていた。
ロイの周りには親から言われたのだろう令息や令嬢が群がって来ていた。
ロイは氷のような貼り付けた微笑みで対応した。この中に果たして自分の中身だけを見てくれる人がいるのか甚だ疑問に思いながら。
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