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拝啓、親愛なる悪役令嬢へ。

 拝啓、親愛なる悪役令嬢へ。

 私はあなたを蹴落として、王妃となりました。

 あなたはなんの罪もなく、公爵家の籍を奪われ、平民となったでしょう。

 一方、私は綺麗な服を着て、美味しい食事をして、贅沢をおくる毎日です。



 拝啓、親愛なる悪役令嬢へ。

 他国で商売を始めたそうですね。

 まだまだ小さなお店だと聞いています。でもきっと、あなたにふさわしい場所なのでしょう。

 私の周りには貴族たちが群がります。権力の前では、人は盲目になるのでしょうね。



 拝啓、親愛なる悪役令嬢へ。

 かなり大きなお店になったそうですね。あなたの店の商品が、お城にも届きました。あなたの本性が現れる商品ですね。

 この国では、陛下が貴族にも税金をおさめるよう命じました。きっと貴族の反発も大きいことでしょう。



 拝啓、親愛なる悪役令嬢へ。

 他国では民主主義という政治体制をとっていて、あなたは民から選ばれた議員になったそうですね。一商人から成り上がるとはさすがです。

 私と陛下は神によって選ばれた、崇高なる存在。


 私たちは、平民たちにこの権利を奪われてはならない。

 私の子どもたちに、未来永劫王家は続くのだと……。



 ■

 

 最後の手紙を書いた時、軋む音を立てて牢屋の扉が開いた。


「……朝食は、何を召し上がりますか」


 私を処刑場まで連れていくその男性は、あの狂乱に満ちた民衆とは違い、とても理性的な目をしていた。

「いりません。もう準備は済ませました」

 それでも、その繊細な魂が酷く摩耗していることは、手に取るようにわかる。


「私はここを出ていくけれど、あなたはずっと、ここにいるのね」


 私は彼にそう言わなくてはならない、と思った。

 きっと、彼らの地獄は、私がこれから行く地獄よりずっと苛烈で、神の慈悲などないところだ。

 貴族の扱いを受けながら、人として見られることのない、処刑人の一族。

 こうやって秩序になくてはならない存在は、しかし人々から歓迎されることも追放されることも無く、汚れ仕事を押し付けられるのだろう。

 首ひとつはねただけで終わる私なんて、彼らの地獄と比べたら大したことはない。


 だから、私の死に悲しまないで欲しかった。

 これは私が選んだ道で、その果ての物語だ。


 



 今まで沢山の手紙を書いた。

 そして私は、その手紙を置いて、この牢屋から出ていく。

 あの手紙は捨てられるだろうか。燃やされるだろうか。どちらでもいい。

 私は最初から、この手紙を彼女に届ける気などないのだ。


 白い服の上に、ばらばらと切った髪が落ちる。

 それと同時に、鐘の音が響いた。まるで祈るような鐘の音だ。

 何を祈るのだろう。新しい時代の祝福だろうか。それとも、私が無事地獄へ落ちるように、だろうか。

 肥桶の荷車から見下ろすと、民衆たちが腕を掲げながら罵声を吐いている。が、ほとんどは聞き取れなかった。

 松明の黒い煙が空気を汚す。彼らの口臭もきっとこのような匂いなのだろう、と私は嗤った。だが、私にはもうほとんどわからない。

 ネズミや人の糞尿、パイプの煙、かびだらけの石の壁。それらが私の嗅覚を狂わせた。もう何の匂いもしない。


 そう思っていたのに。


「ねえ。百合って、この時期咲いていたかしら」

「いえ。まだ半年は先のはずですが」

「そうよね。……こんなに冷え込む時期だもの」


 それでも微かに香る、百合の匂い。

 変ね。

 あの子の顔も声も忘れたのに、あの子の匂いは、今も覚えているのが不思議だ。

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