遺骸
道路の上に転がっているボロ雑巾のような物を視界に入れた瞬間、ピリッと肌がヒリついた。
来た路を引き返したくなる衝動を、太ももを叩いて抑える。一回、二回、三回目でようやく震えが止まるのを感じ、目線を再び路上に戻す。
黒ずんだ何かの上に、柔らかそうな茶色い毛が、風に吹かれている。
もっと近づけばアリがたかっているのが見えたのだろうが、とりあえず近寄るのはよしておく。遠くからで問題はない。
深呼吸し、カバンに手を突っ込み、固い感触を探る。布ゴム木プラスチック、ガサゴソ、ガサゴソと漁る。
取り出したのは一台のカメラだ。
両手にすっぽり収まるようなサイズ感のデジカメで、真っ黒なフォルムは、少し安っぽいけど、気に入っている。
丸いボタンを押して電源をつけ、起動している間に、レンズを覆っていたキャップを外す。本体と紐で繋がっているため、パッと手を離せばぶら下がってくれる。
暗い画面に光が灯る。ポチポチといじって感度や設定を調整していく。
まだ使い始めたばかりでよくわからないが、なんとかそれっぽものを選んで、カメラを路上に向ける。
その瞬間、何があったわけでもないのに、カメラがずしりと重たくなったような感覚に襲われた。さっきまでのお手軽感が嘘のようだ。画面に間接的に映る被写体がそれを思わせるのだろうか。
お前に背負えるのか、お前が楽にしてくれるのか、
道路に転がるものがそう言っているようにすら感じられた。
僕は白い息を吐きながら考える。
アレに何を言えば良いのだろうか。
冷えたアスファルトの上で、美しかったであろう茶色い毛を血に塗れさせ、ボロ雑巾のように横たわっている。いつあのようになったのかも、僕には見当がつかない。
僕だったら何も言われたくない。そのカメラをしまって家へ引き返してくれ、と懇願するかもしれない。でも僕はアレを撮りたい。撮って確かなデータとして保存しておきたい。手の中に収まる電子機器のメモリに焼き付けたい。アレを見つけたことを忘れたくない。
自分のために相手が嫌がっていることをする。そんなときに言うべきことは一つしかない。
「ごめんなさい」
震えた声に、乾いたシャッター音が続いた。