095:政治的立場
【第三層群・1階ホール・六者会合】
「次に、このダンジョンのやり方、運営方針ですね。最初に決めないといけないのが、このダンジョンの政治的立場です。」
「このダンジョンを武蔵に持たせるには危険すぎます。確かに武蔵は我が毛の敵国ではありませんが、あまりに力の差が生じると危険です。」
「東が滅ぼされるのは構わないが、総の脅威になるのは困る。」
「相撲としては、武蔵に限らず、総でも毛でも国力を増すのは容認できない。」
高橋対馬守、岡本主油正、大膳亮入道が口々に武蔵の国力増強を警戒する。もちろんマリーと吉田西市佑にとっては予想通りの反応。
「この地域、足立は、一応は武蔵ということになっているけど、長年無人。ということですね。」
マリーが確認する。
「いかにも。武蔵22郡で、代官が置かれていないのは、無人の足立と文化が異なる新座・高麗だ。そして、府中は足立代官を派遣する予定は無い。もっとも、代官が居ても全域を掌握出来ていない郡はいつもあるが。」
「武蔵としては、代官を派遣して利権の独占を主張はしない。ということですね。」
「過ぎた力は身を滅ぼすからな。むろん、足立を放棄する訳では無いし、可能な範囲の利権は求めるが、このダンジョンを支配しようとして大火傷を負ったり、隣国を巻き込む戦乱を起こすのは避けたい。というのが府中の意向だ。」
「無理に手を出したらどうなるか。は、筑波内薬佑が身を以て立証しているからな。」
と、脂ぎった岡本主油正。
「道中、毛の者がいくらか逃げてくるのと遭いましたが、少なくとも別働隊に関しては、指揮系統が全く統一されておらず、攻城にも準備不足かつ作戦も稚拙、わざと負けるために攻め込んだように見えます。ですから、筑波に関しては、何らかの理由でわざと負けた可能性があります。」
狸獣人は筑波がわざと負けた可能性を指摘。
「ダンジョンに大量の生贄を与えて急成長させるためか。てっきり討たれたと思っていたが、どうやら内薬佑は策士だな。となると、討たれたのは影武者だったか。確か首が無いんだろ。」
筑波内薬佑が生きている可能性を指摘する大膳亮入道。
「道理で、本陣を前進させ野営地を一箇所に纏めていたわけですね。確実にダンジョン影響圏に入り、意図的に殲滅されるために。」
筑波内薬佑の奇妙な布陣に納得するマリー。
「あのガマガエルは父の仇ですが、残念ながら討たれてはいないのですね。」
「この場に和睦の使者などを送ってきていないということは、すぐに影武者と明かすのでは無く、おおかた筑波山中に潜んでいると思われる。山狩りするのも難しい。拙僧が思うに、機を見て挙兵し、このダンジョンを少人数で急襲して占領するつもりだろう。そうなると、この地域の力関係が崩れる危険がある。」
「なるほど、少人数での奇襲ですか。元から破壊工作には十分警戒していますが、筑波内薬佑が暗躍しているなら、さらなる対策が必要ですね。」
「奇襲対策はしていると。なら、大部隊で手順を踏んで攻城戦を挑まれたら防衛は可能なのか。」
大膳亮入道が問う。
「大部隊なら数十里の距離まで確認可能です。今後街道が整備され補給の心配が無くなったとしても行軍速度は1日8里、速くて10里程度。ダンジョン影響圏を田畑の外側まで拡大することで十分対応可能です。」
「ふむ、自衛は可能と言うことか。では逆に、生産力を増したこのダンジョンが大部隊を編成し近隣へ外征する危険はあるのか。」
大膳亮入道は逆の可能性を指摘する。
「可能か不可能かで言えば可能でしょう。ですが、ダンジョンにとって影響圏外への外征は全く価値はありません。ダンジョンは人間の感情や生命を力にしますが、影響圏外でいくら敵を倒しても意味が無いのです。ちなみに、ご存じかと思われますが、普通のダンジョンの怪物はダンジョン影響圏を出ることができませんから、騎士団を召し抱えたり出来ないダンジョンだと事実上『不可能』ですね。いくら強力な怪物でも固有法則の助け無しでは数には勝てません。」
「まったく、外に連れ出せるなら、我が総は今頃強力な騎馬隊を持っていたであろうに。」
中山競馬場のことだが、そもそも競走馬なので騎馬隊には全く使えない。
「ふむ、外征する意味が無い。というのは分かった。確かにダンジョンが遠くの町を攻める、など『石の神殿アスカ』みたいな特殊例だけだな。」
「あと、考えられるのは、何か変な固有法則を持っている場合、ダンジョンを使って悪事を為す黒幕が居てダンジョン自身の利害で動かない場合ですね。」




